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【試し読み】VTuber小説『仮想美少女シンギュラリティ』

今流行りのバーチャルYouTuber(VTuber)は人類進化の序曲だった…!? あの現役人気VTuberがクラウドファンディングで執筆&出版! 小説『仮想美少女シンギュラリティ』電子書籍で発売開始です!

小説の冒頭である「第一章 仮想美少女の目覚め」「第二章 電脳ツインテール」をこちらで無料公開します! 試し読みして頂いて、もし続きが気になったら本編を購入していだだけると嬉しいです!

※実際の電子書籍は縦書きレイアウトとなりますのでご了承ください。


◆ 以下、無料試し読み公開中 ◆


著者:バーチャル美少女ねむ

 2017年末のバーチャルYouTuberブーム黎明期において、雷鳴が轟く中で延々と自問自答を繰り返すという異様な雰囲気の動画が話題になり、「バーチャルYouTuber界のラスボス」として一部でカルト的な存在となる。企業ではなく個人が運営するバーチャルYouToberとしては世界初であると自称しており、個人がバーチャル活動を始める方法などを発信し、バーチャルYouTuberが爆発的に増えるきっかけとなった。全ての人類が美少女アバターを纏うことで究極の理想社会が訪れるとされる【人類美少女計画】を推進しているが、その正体・真意は謎に包まれている。


目次

第一章 仮想美少女の目覚め ※こちらで無料公開中!
第二章 電脳ツインテール ※こちらで無料公開中!
第三章 失われた島の記憶
第四章 ゲシュタルト崩壊
第五章 バーチャル・アイドル
第六章 オルタナティブ・テラ
第七章 絶滅した鳥の歌
第八章 仮想美少女は毎夜悪夢にうなされる
第九章 インディアン・ペール・エール
第十章 ガール・イン・ザ・シェル
第十一章 ブレイン・マシン・インターフェース
第十二章 仮想美少女シンギュラリティ
あとがき 人類美少女計画、発動
謝辞 ディア・カフェイン・プロバイダーズ


◆ ◆ ◆


第一章 仮想美少女の目覚め


 お前は誰だ?
 私の目の前にいたのは、簡素な白いワンピースを纏った、儚げな少女だった。
 吸い込まれそうな大きな瞳は、サファイアのような深い青色で、どこか神秘的な印象を受けた。幼く見えるが、整った顔立ち。黒髪のショートヘアを、左右の横髪だけは長く鎖骨まで垂らして、頭をわずかに傾げてそれを華奢な首元の横で揺らすさまは、幼さに似つかわしくない色気を放っていた。
 美少女であった。
 歳の頃は、十代前半に見える。幼い顔立ちと無表情には似合わず、その青い瞳はしっかりと見開かれ、こちらを確かに射抜いていた。
 私達は、向き合って見つめ合っていた。しかし、こんな美少女と向き合っているというのに、私はなぜか、ひどく不安な気持ちになるのだった。
 いったい彼女は、誰なのだろうか?

 耳をつんざくような雷鳴が響いていて、ときおり稲光があたりを照らした。
 彼女の周りには、青白い霧に包まれた暗い森が広がっていた。足元には墓石のようなものが並んでいているのが見える。霧に紛れてはっきりとは見えないのだが、彼女の横には大きな三角屋根の建物のシルエットがぼんやりと浮かんでいた。陰鬱な光景だったが、私はそれに見覚えがある気がした。ずっと昔、どこかで、あの建物をみたことがあるような気がする。どこで見たんだったろう?
 目を凝らしてその建物をよく見ようと、首を横に向けたその瞬間だった。
 目の前の少女の黒い横髪が怪しく揺れた。いや、少女もまた私と全く同じタイミングで顔を横に向けたのだ。こちらが動く「ちょっと前」でも、「ちょっと後」でもない。寸分たがわぬ、全く同じタイミングだった。こちらの動きに反応して動いたのではありえない。
 息を飲む。心臓の鼓動が高まる。
 顔を横に反らしたまま、ゆっくりと、ゆっくりと目だけで彼女を追う。すると彼女もまた、顔を横に反らしたまま、サファイアの瞳を見開いて、目だけでこちらを見ていたのだった。
 目が合った。
 彼女は、ぴったりと私と同じ動きをしているのだった。まるで鏡写しのように。
 鏡?
 そう、鏡だ。彼女は私の目の前に浮かぶ鏡――――正確には、20インチのコンピューター用のディスプレイ――――の中からこちらを見ているのだった。

 私の周りには暗闇が広がっていた。不自然なほどの完全な暗闇で、ディスプレイから漏れる僅かな光で、かろうじて自分の手が確かにそこにあるのを確かめることができた。私の体はまるで、闇の中に溶けて消えてしまったようだった。
 暗闇のなか、ディスプレイだけが私の正面に浮かんでいた。表示されているのは、嵐の中で不気味な森の前で佇み、じっとこちらを見つめる美少女の姿。それは、さながら荘厳な絵画のようであった。

「お前は誰だ?」
 眼の前の少女に向けて、声を出して私がそう尋ねたはずだった。だが、その言葉はその少女の口から発せられた。透き通るような高い声に、似つかわしくないセリフだった。逆に私自身の声は、雷鳴にかき消されたのか、全く聞こえないのだった。
 息を飲む。その瞬間、目の前の少女もやや不安そうな表情になり、私と一緒に息を飲んだのがわかった。頬を一筋の汗が流れる。彼女は変わらず、じっと私を見つめている。

「お前は誰だ?」
 もういちど少女に問う。いや、問いかけられたのは彼女ではない。…………私だ。私が問いかけられたのだ。雷鳴が高まるのを感じた。私は、誰だ? 体が溶けて消えてしまったような不安と、目の前で私とぴったり同じ動きをする少女。
 彼女はディスプレイに映っているのではなく、私は鏡に映る自分自身の姿を見ているのではなかったか? まばたきをすると、やはり、目の前の彼女もまばたきをした。もはや疑いの余地はない。
 眼の前に映る、この美少女こそが私だ。

「お前は誰だ?」
 三たび、問う。今度は、私自身がその少女であり、私自身の喉からその言葉が発せられたのだと、はっきりと実感することができた。雷鳴のなか、私の心臓の鼓動はいつのまにか落ち着いていた。
「私は、ねむ」彼女はそうつぶやいた。
「私は、ねむ」私もそうつぶやいた。
「私は、仮想美少女、ねむ」彼女はそうつぶやいた。
「私は、仮想美少女、ねむ」私もそうつぶやいた。

 そのとき、いままで一貫して無表情だった少女――――いや、私――――の口元が緩み、ほんの一瞬にやりと笑った気がした。
「私はすべてを、✕✕✕✕にする」
 とびきり激しい雷鳴にかき消され、最後の言葉は聞き取れなかった。

 ――――眼の前が真っ暗になった。


◆ ◆ ◆



◆ ◆ ◆


第二章 電脳ツインテール


 私は静かな暗闇の中で目を覚ました。
 心地よい暖かさを感じる。何一つ見えない完全な暗闇だったが、ただ背中の感触で、自分がゆったりとした革張りの椅子に座っているのがわかった。
 両手をゆっくりと左右に広げると、すぐに指の先が壁にあたった。壁の表面は毛皮のように柔らかく、ほんのりとした温もりを感じた。右も左も、手を伸ばしたすぐ先に壁があるのがわかった。私は、自分がひどく狭いところに閉じ込められていることを知った。
 異常な状況のはずだが、不思議と恐怖は感じなかった。それどころか、誰かに抱きしめられているような安心感を覚えた。こんな感覚は、いつ以来だろう。ずっと小さい頃、母に抱きしめられているときに感じていたような、懐かしい、浴びるような安心感。

 壁の表面を手でゆっくりと探っていくと、右手の指の先がひんやりとしたものに触れた。握ってみると、それが扉のノブであることがわかった。
 ノブをひねると、静かに扉が開く。鍵はかかっていなかった。私は、この心地よい時間が終わってしまうことに寂しさを覚えていた。
 扉の隙間から朝の光が目に突き刺さる。同時に静けさは止み、騒がしい朝の道路の音が遠くに聞こえた。なんだか、ようやく夢の中から現実に戻ってきたように感じた。
 夢?
 なにか、長い夢を見ていた気がする。誰かとずっと、話をしていたような…………

 扉から差し込む光の筋に照らされて、ようやく部屋の中が明らかになる。私は、二畳ほどの狭い部屋の中で眠っていたのだった。壁は真っ白で、部屋の中には私が座っている椅子と、正面に小さな机があった。机の上には20インチのコンピューター用のディスプレイ。足元には、寝ている間に外れてしまったのであろう、有線式のヘッドホンが転がっていた。
 操縦桿こそないが、どこか潜水艦の操縦席を思わせるような、狭い小部屋。それは、見慣れた実験用の電磁シールドルームの中であった。

 体を起こそうとすると、頭がなにかに引っ張られてうまく動かない。
 頭を触ってみると、私は薄い布の帽子をすっぽりと被らされていて、帽子のところどころに開いた丸い穴に、脳波測定用の電極がいくつも取り付けられているのがわかった。数えなくてもわかる。国際規格にのっとり私の頭皮上にグリッド状に配置された、全部で21個の電極。
 それぞれの電極からはケーブルが一本ずつ伸びていて、それが頭の左右で2本の束にまとめられて、椅子の背もたれから後ろに2本垂れ下がっていた。まるで、アニメのキャラクターのツインテールの髪型のようである。左右のツインテールが、それぞれ右脳と左脳の脳波を測定機器に送っているのだ。

「はぁ…………」私は大きなため息をついた。
 どうやら、実験中に寝てしまったらしい。自分が被検者になっての実験は数え切れないほどしてきたが、こんなことは初めてだ。よほど疲れていたのだろうか。
 両手を椅子の後ろの方に伸ばし、頭から垂れるツインテールを指先で辿っていくと、先端がコネクターになっていて後ろの壁の端子に接続されているのがわかった。左右2つのコネクターを握り、両手に力を込めて同時に引き抜いた。壁から外したツインテールを両肩にかけると、私はようやく自由になった。

 シールドルームを出た。立ち上がると全身が重く、喉が異常に乾いていることに気づいた。
 私が眠っていた電磁シールドルームは、広い実験室の中央に設置されている。微弱な脳波を正確に測定するため、そして、被検者を外界から遮断して課題に集中させるための設備である。
 朝の、誰もいない実験室。デスクが並び、コンピューターや測定器具の数々が雑然と置かれていた。デスクの上に置いてあった私のスマートフォンで時刻を確認する。
【2017年9月12日 07時58分】
 窓に近づき、外のビル街を見下ろそうと下を向くと、左右のツインテールが肩からずり落ちそうになった。慌てて両手で握りしめる。
改めて見下ろすと、交差点を行き交う大量の車や横断歩道を渡る無数の人々が、無数の点となって地面をうごめいているのが見えた。世界は何事もなく回っているらしい。いつ見ても、人工物で埋め尽くされたこの景色には、全く現実感というものがない。コンクリートで塗り固められた地面、立ち並ぶ巨大な高層ビル群。そのうちの一つで、私は日中の時間のほとんどを過ごす。ここは、本当に私のいるべき場所なのだろうか。

「おはよう、ご機嫌はいかがかね?」突然、背後から男の声が聞こえた。
左右の手でツインテールを握りしめたまま振り返った私を見て、呆れたように吉岡教授は言った。
「土曜の朝から、なにをやっているのかね?」教授は、痩せた体を小奇麗なスーツに収めていた。
「えっと………… すいません。きのう深夜まで実験していて…………」自分の声がひどくかすれていて驚いた。一瞬だれか別人の声かと思ったほどだ。
 吉岡教授は禿げた頭を震わせ、なにか言いたげな視線だった。査定の時期が近い。私は、契約期限付きの研究員として彼の研究室に置かせてもらっている立場だ。彼からの評価が下がってしまうと、私は非常にまずいことになる。
「…………途中で………… 寝てしまったみたい………… です…………」
 いい言い訳を考えたが、口からは出てこなかった。こういうとき、気の利いた反応を返せた試しがない。
「そんなことだと、フレッシュないい脳波は取れんよ」教授は脳波を果物かなにかのように言ったが、その目は笑っていなかった。
はい、と私は一言、枯れた声で答えた。
 一瞬の沈黙に実験室の中が静まり返り、私は居場所を失った。
「解析手法をどれだけ工夫しても、元の脳波の品質が悪いと全く意味がない」
吉岡教授は切り捨てるように言い放つと、踵を返して実験室から出ていった。その背中には、スーツに似つかわしくないスポーティなリュックサックを背負っていた。今日はどこかで講演をする予定だと言っていた気がする。

 また一人になった私は、実験室の片隅にある洗面台の前に座って、頭の帽子についた電極を一つずつ慎重に外していく。微弱な電位変化である脳波を測定するため、電極は粘性のある電導性ペーストでしっかりと頭皮に接着されていなければならない。だが、ペーストは一晩ですっかり乾いて固まってしまっていた。電極を一つ外すたびに頭皮に不快な感覚が走り、細かいペーストの欠片が髪の間からこぼれ落ちていった。
 私は、絶望的な気分になっていた。

「ブレイン・マシン・インターフェース」 通称、「BMI」
 つまり、脳(ブレイン)と機械(マシン)を直接接続するための接続装置(インターフェース)を開発するのが、私の研究テーマである。手で操作するのではなく、機械が脳から思考を直接読み取り、考えるだけで操作することのできる装置。あるいは逆に、情報を目や耳で受け取るのではなく、脳に直接送り込む装置。
 人間は、有史以来、手で道具を操り進化してきた。だが、インターネットが地上を覆い、無限の情報が超高速で行き交う現代、手や目・耳といった人間が生まれ持つ自前のインターフェースに依存し続けるのは、全く馬鹿げた発想だと、情熱に燃えていた学生時代の私は思った。脳と機械で直接情報をやり取りするのが一番効率的に決まっているではないか。BMIで世界を変えたい。そう思った私は、大学院を卒業後、生体工学をテーマとする吉岡研究室に入ったのだった。
 BMIは、障害を抱えた人が機械の腕などを操作して自由に生きる助けになったり、さらには、人間と機械を融合させることで人間を高次の存在に進化させる可能性があるのではいかと、かつて注目された研究分野であった。
 だが、ここ数年は脳が発する信号があまりに微弱で測定が難しいことが明らかになり、さらにそこから人間の高度な思考を読み取る方法に至っては、全く手付かずの状況が何年も続いていた。いまでは世界の天才達もこの分野に見切りを付け去っていった。ここ数年、私も成果らしい成果をほとんど出せていない。結果を重視する吉岡教授が私の契約が今年も更新してくれる保証はなかった。
 教授から押し付けられた雑務の合間を縫って、被検者を募集し、脳波を測定し、隅から隅まで様々な手法で解析して、そこに人間の思考の痕跡がほとんど見られないのを、毎日毎日、丹念に確認していく。疲れ果て、満員電車に押し込まれて、家に帰って眠る。研究に全く進展が見られないなか、そんな終わりない日々を繰り返した結果、かつて私の胸に燃えていた情熱も、今では失われつつあった。

 そもそも、魂のありかは本当に脳なのだろうか?
 人間の精神が脳神経に宿っているというのは、実は悪い冗談で、どこか全く別の場所に魂は眠っているのではないか。私が脳波を調べていることには、果たして本当に意味があるのだろうか?
 大した信号を発しない、見たこともない脳よりも、私の疲れ果てた姿や顔、皮膚や外見のほうがはるかに内面を投影しているように思える。それに魂が宿っていると言われたほうが、ある意味、はるかに説得力がある気がする。
 私は、そんなことを考えるようになっていた。

「先輩! 『バーチャルYouTuber』ってのがあるんですよぉ」
 昨夜のことだった。同じ研究室に所属している学生、遠藤加奈子が興奮気味にそう言った。彼女は世間で言うところの「オタク」「腐女子」だ。背が低く、眼鏡が隠れるほどに前髪を長く伸ばしていて、大人しそうに見えるのだが、アニメやゲーム、サブカルチャーの話題になると、いつも話が止まらなくなる。
 学生の中で唯一下火のBMIをテーマに選んでくれた彼女は、いつのまにか私を「先輩」と呼んで研究以外のことも話しかけてくるようになった。同じ研究室とはいえ、研究員である私と学生である彼女とはいわゆる「先輩」「後輩」ではないのだが………… 話下手で、普段人と打ち解けた会話をすることがほとんどない私にとって、実は彼女は研究室の中で唯一の心のオアシスだった。
 修士論文をまとめているはずの彼女の机のディスプレイには、動画配信サイト「YouTube」(ユーチューブ)が表示されていて、可愛らしいアニメのキャラクターの女の子が踊ったり喋ったりしていた。
「えっと、これって普通のアニメじゃないの?」私は困惑しつつそう言った。
「全、然、違いますぅ」加奈子は長い前髪の間から目を覗かせ、睨みを効かせた。

 彼女曰く、カメラを使った表情認識や、体の動きを検出するモーションキャプチャーなどの技術を使い、演者である「中の人」がその仮想キャラクターになりきって、リアルタイムで操作している。生放送では、観客のコメントに応じて会話することもできるそうだ。
 仮想(バーチャル)のキャラクターとして動画配信をする、バーチャルYouTuber(ユーチューバー)。そのキャラクターはそう名乗っており、世界初の試みらしい。その気さくで愛らしいキャラクターも相まって、ネットの一部で話題になっているそうだ。運営している会社や、動きを操作して声を当てている「中の人」の正体がなんなのかは全くの謎で、それも加奈子の興味を引いているらしい。
 
 話を聞きながら、ふと私は、バーチャルYouTuberをしている人間の脳波はどうなるのだろう、と思った。
私の前に立ちふさがっている障害となっているのが「どんなイメージを描いたときの脳波を使ってBMIを作るか」という課題だった。人間の肉体にもともと備わっている手や足の場合、人間はその手足をどう動かすか頭の中でイメージを描き、その命令にしたがって手足が動く。だが、肉体に備わっていない機械を操作する場合、頭の中にどんなイメージを描けばいいのか?
 例えば、実際に腕を動かさなくも、腕を動かすイメージをするだけで、腕を動かしているのと同じ脳波が測定できる場合がある。そこで、そのときの脳波で機械の腕を動かすことを試みたのだが、なかなかうまく行かなかった。「実際には動いていない自分の体を動かすイメージ」をするのは案外難しく、誰にでもできるわけではなかった。また、比較的うまく脳波を出すことができる人でも、その波動はとてもぼんやりしていて、とても本物の腕のように機械の腕を自由自在に動かすようなレベルではなかった。
 BMIの実現のためには、人間の脳から脳波を自在に引き出すことのできるイメージがなんなのか、その発見が課題だった。

 バーチャルYouTuberは、仮想空間上のアニメの世界に、自分の生身の体とは違う第二の仮想の体を持っている。その体は本人に連動して動くので、脳はその仮想の身体が自身の体だと「錯覚」しているはずだ。アニメのキャラクターなら、頭に思い浮かべて動かすイメージがしやすい気がする。自分自身の体を直接動かすイメージをするのではなく、自分の分身であるアニメキャラクターを作り出し、それを頭の中で動かすイメージを行うことで、誰でも様々なパターンの脳波を正規化された形で発することができるのではないか?

 加奈子とネットで調べてみた結果、いくつかのソフトをコンピューターにインストールするだけでそのバーチャルYouTuberと似たようなことができそうだとわかった。
二次元キャラクターのイラストの表情や動きをリアルタイムで動かすことができるソフトがあり、カメラを使って検出した顔の表情や体の動きに、そのキャラクターの動きを連動させる。
 ソフトやカメラの調整をし、バーチャルYouTuberの準備ができたのは昨日の深夜。電脳ツインテールをつけてヘッドホンを被った私が、せまい電磁シールドルームの中に座ってディスプレイに映ったアニメ調の美少女キャラクターと向き合っているのは、なかなかシュールな光景であった。
「せっかくなので声も変えちゃいましょう」と調子に乗った加奈子がボイスチェンジャー(音声変換)のソフトを起動すると、私が、あー、と喋るのに合わせて、キャラクターが口を動かしながらかん高い声で、「あー」と喋った。
 珍しく爆笑した加奈子が、「じゃあ先輩、私、見たい深夜アニメがあるんでぇ」と帰っていったあと、私はシールドルームの扉を閉めた。そして…………

 …………そして、どうなった?
 そのあとの記憶が全くないことに気付く。
 あのあとすぐに眠ってしまったのだろうか? たしかに昨日は、一日中教授に押し付けられた論文の査読をしていて、かなり疲れていた。だが、何一つ覚えていないなんてことがありえるか。
 実験用のコンピューターを立ち上げると、昨晩の脳波の測定データが大量に溜まっていた。実験は行われたのだ。最終保存時間は、深夜の3時。
 コンピューターを詳しく調べると、実験に必要なソフトだけでなく、見慣れないソフトがひとつインストールされていることに気づいた。それは、動画配信サイトで放送を行うためのソフトだった。
 おそるおそるインターネットへのアクセス履歴を調べると、動画配信サイトに何度もアクセスしていることがわかった。記憶にない。いったいこれは、何なのだ。意を決してサイトを開くと、大量の通知が来ていた。私に向けてコメントが来ていたのだ。その一つにはこうあった。

〈ねむさん この度は誕生おめでとうございます。衝撃的な放送でした。新作楽しみにしています〉



◆ 続きは電子書籍でお楽しみください ◆

※スマホさえあれば、Kindleアプリでどなたでもお読みになれます。


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