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ディスクドッグ=ガール 完結したので読んでねという話(あとがき)

こんにちは。『ディスクドッグ=ガール』が完結したので、読み終わった方、これから読まれる方に向けて、紹介とあとがき的な振り返りを書きます。課金部分がありますが、全部読めます。

経緯

『ディスクドッグ=ガール』は、逆噴射小説大賞2021に応募した作品、『俺とシバ子の10の約束』を長編にしたものです。

この作品は、「ウマ娘がウケるんだったらイヌ娘もウケるだろう」「ディスクドッグはまだ誰も手を出していないスポーツ」「しかもバディものができる」「いわゆるケモノキャラを書きたい」「架空競技は厳しいって言われたからリベンジしたい」「サウナ以外もやるんだぞ」「パルプ民はしゃべる犬が好き」という要素を詰め込み、圧縮の技法も入れ込んで、そこそこ理詰めで作っていったものだったので、ハマればいけるかなと思ったのですが、ハマりませんでした。(というか、全作箸にも棒にも、という感じだったけど)
しかし、「スポーツで挫折した主人公が別のスポーツで再起する」という王道のストーリーライン、異種族バディものという強いフォーマット、イヌ人というキャラクターの描写についてはそれなりに強いと思っていたので、文字数の制限がない、ゆるやかなフォーマットであれば魅力を引き出せるのでは、という考えは常に持っていました。

そんな折、縁が合って『文体の舵をとれ』を一冊通して訓練することになり、それが終わったので、せっかくだから何か書いてみよう、という流れになり、せっかくついでにその内容は『俺とシバ子』にしようと思いました。というのも、ちょうど夏季・冬季オリンピックを見たことによって、自分の中にスポーツものが書けそうなアイデアのストックがたまっていたのがありました。
また、Creepy Nutsの『パッと咲いて散って灰に』という曲がかっこよすぎてそれを下敷きにしようと思っていたところもあり、この曲は春の選抜のテーマ曲にもなっていたので、そのへんがバチっとなってこうなった結果です。

春の風吹き荒れる土壇場で 雑音なんて消え去って 静かに笑ってる

Creepy Nuts『パッと咲いて散って灰に』

架空競技『ディスクドッグ』について

ディスクドッグは実在するスポーツです。

犬が好きなのと、ちょっと検索した限りは誰も手を付けていないジャンルなので、やってみようと思いました。
あまりメジャーなスポーツでないので、経験者からの突っ込みが少なそうという目論見もあります。(それこそ半可通で野球やサッカーを扱おうものならどうなることか)

現実と違い人間とイヌ人でやるスポーツなので、いろいろとルールを整える必要がありました。
この『ルール』というのがどうも曲者なのではないかと思った経緯があり、それが作中の展開に影響しています。

一番影響を受けたのは、スノーボードです。
平野歩夢選手がすごい演技をして、でも一回点数がすごく低くつけられたことが話題になりました。
それを扱った記事のひとつで、韓国の解説が『アジア人は背が小さいので演技が大きく見えず、それで減点されたのでは』というようなニュアンスを含んでいたかも、というのを見ました。

記事にもある通り、実際にはどのような事情があって点数が低くつけられたのかはわかりませんが、なんとなくそんなことは記憶のすみにおかれました。
(平野選手はそのあと、適正に評価され金メダルをとっていました。すごい)

また、ここから連想してもう一つ着想の元になっているのが、競泳やフィギュアスケートのルール改正です。
ご存じの方も多いかもしれませんが、競泳は過去に潜水泳法を使った日本人選手が活躍し、その後潜水泳法が禁止になったという歴史があります。

他にも、競泳については特定の水着をつけた選手が記録を更新しまくり、その水着が禁止されたという話もあります。
フィギュアスケートについても、近年日本人選手の活躍が目覚ましいのは、採点方法が変更になったからという説があります。

普段は自明なものとして扱われがちなスポーツのルール、規則ですが、ルールである以上決める側が存在し、そのルールに適応できる有利不利が存在しうる、ということです。

『俺とシバ子』の時点では、架空競技『ディスクドッグ』については詳細が決まっていませんでしたが、作中競技をスノボやスケートのような採点競技にしたのは、こういった題材を扱おうかな、と思ったからです。
加えて、作者がスポーツにあまり詳しくないので、単純に肉体的なぶつかりあいで勝ち負けを決める描写をした時のリアリティが確保しづらく、どちらかというと『ルールをハックする』という文脈での強さの表現のほうがしやすいかなと思ったのもあります。そういうのが好きなので。

余談1:現実のディスクドッグにはフリースタイルという、人間と犬がいっしょにダンスするような種目もあり、作中でも登場させました。大輔とサクラがフリースタイルをやるという展開も面白いと思います。

余談2:ディスクドッグはフリスビーを投げる競技なので、投げる側の技術やフリスビー競技(アルティメットやディスクゴルフ)についても少し調べました。フリスビーは商品の名前なので、フライングディスクというのが正しい名称です。かなり遠くまで飛ぶことや、投げ方がいろいろあるのも面白かったです。作中に登場した「ディスクを蹴る」投げ方も実在します。

イヌ人について

ウマ娘から着想を得たのを大っぴらにするのもあれかとおもったので、『俺とシバ子』では「イヌ」と表記していました。「イヌ」って書いてあるけど犬じゃない生命体?みたいなフックとしても用意したのですが、有効だったかどうか。

第一話を公開したところ、BARメヒコでバチボコに様々な反応があり、それを受けてわかりやすく書き換えた結果が今の表記になります。
あと、第一話公開当初は現実の犬種にあわせて「〇〇種」という書き方をしていたのですが、それもちょっと様々な面倒な要素を想起しそうということで「〇〇系」という表記に書き換えました。「イヌ人」という単語も含め、これはかなり表現がマイルドになってありがたかったと思います。また、結果的にウマ娘という単語がよくできていることもわかりました。

もしかしたら「イヌヒト」にしたほうがよかったかもしれませんが、そうすると某ゲームと完全にカブってしまうので避けました。

余談3:第一話を公開した際、「犬人とは?!」みたいにパルプ勢が盛り上がった中で、かなり何度もイヌ人と人間に子供ができるかみたいな話題があがっており、『ズートピア』の監督が『ニックとジュディに子供ができるか?できるんじゃない、ウツネが。みんな気にしすぎ』みたいに言ってたのを思い出しました。『ズートピア』はいい映画ですよね。本作のリアリティラインは『ズートピア』ぐらいです。(肉食とかについて『BEASTARS』ほどちゃんと扱ってません)

余談4:現実にいる動物が作中世界にいるかどうか・イヌ人以外の〇〇人がいるのか・イヌ人と人間の恋愛などについては意図的に描写していません。が、前者については「いるかも」……日本には犬がおらずイヌ人が多いだけで、世界的に見ればネコ人が多い地域もあるかもだし、犬もどこかにはいて、現実世界でいうところの類人猿みたいな扱いを受けているかもしれません。後者については、明確な描写はしていませんが、現実世界での犬と人間ぐらいの距離感・かかわり方をベースにしているので、現実世界と同程度に「ありうる」んじゃないでしょうか。なので、イヌ人と人間の間の好意については『お腹をなでる』ぐらいが描写できて関の山ですし、作中世界ではそのぐらいがマジョリティです。

余談5:描写していない作中世界の歴史として、大航海時代ぐらいに人間がイヌ人を「発見」した、という経緯があります。それまでは狼男の伝承や獣頭人身の神として一部に伝わっていた存在が、ある時互いを「発見」し、そこから作中世界での人とイヌ人がともにある暮らしに徐々に発展していったと。リアリティラインとして、イヌ人と人間については現実の人種が違う人間ぐらいの政治的な扱い、という設定があります。なのでまあ、わざわざ書きませんがいろいろな事があった結果、作中の日本では今の感じに落ち着いているのでしょう。イヌ人の系統が分かれていることについては、たまたま現実世界と対応がとれているだけで、人間側による品種改良などは存在しません。(『BEASTARS』では一瞬そのへん触れかけたけど、流されたな…)

あとは単純に犬がかわいいので。いろんな犬が書きたかった。本当はハスキーやウィペットやポメラニアンやダルメシアンも出したかった。大型犬が好きです。アフガンハウンドとかいいよね。

作品のテーマについて

第一話を公開した時点では、ぼんやり架空競技イヌ人バディスポ根ものができればいいな、とおもっていたのですが、これもBARメヒコで、「この設定でこの競技をやる以上、どうしても人がイヌ人を使っている構図になるので、そこをなんとかしないといけない」みたいな話が出ていました。うーん、そういう社会派なものを書きたいわけではないのだけどな…といろいろ展開を揉んでいました。が、確かにそれは事実です。そういう読み方をされうる以上、何も考えていないでは理論武装が足りないといわれても仕方ないでしょう。(もちろん、ファンタジーなんでで押し切る方法はありますが)

しかし、そもそも、よく考えてみるとスポーツというのは、「誰かが誰かを使っている構造」のもとで成り立っているのではないか、とその中で思いました。
野球やサッカーではチームに監督がいて選手に指示を飛ばしま、文字通り使っています。プロスポーツチームは、企業がスポンサーとしているところがほとんどですが、それは企業の利益になるからでしょう。もっと言ってしまえば、コロッセオでの剣闘士の戦いからこっち、興行としてのスポーツは、スリルや興奮、そして感動を観客に与えるために人間を競わせて危ない目にあわせるものです。
卑近な例でいえば、甲子園です。炎天下のグラウンドで高校生を競わせ、それを消費するのは、「観客や主催が高校生を使っている」という構造にならないでしょうか。もちろんこれは現代の価値観に沿って問題として取り上げられ、様々に議論がされているところですが。
崇高で華々しく感動的なオリンピックだって、私たち観客は選手と違って汗一つ流さずに(前回に限って言えば、文字通りに)見て勝手に感動しているわけで、裏を返せばそのために選手は動かされているわけで。

つまり、『ディスクドッグ』が『正しい』のかという問題は、敷衍していくと(競技・興行としての)スポーツという営為が帯びる、一種暴力的な構造に言及せざるを得なくなっていくわけです。

これは非常に面倒な話になってきました。なにせ、この問題は現実世界でも正解が出ていませんし、これにNOをつきつけることは紀元前から続くスポーツという文化と向き合っていかなければならないからです。未解決な問題(例えば戦争・人種差別・環境問題とか…)に触れて書くことは、何かしらの政治的主張を帯びてしまってあんまりよろしくないですし、ぶっちゃけ、かわいいイヌ人とスポ根バディが書きたいのであってそっちは主題ではないので、安易な手つきで触れたくない……。

ということで揉んでいたところ、先述した『スポーツのルールの恣意性』の話に戻ってきました。
様々なスポーツがありますが、たいていは体がデカいほうが有利ですが、それはスポーツにおいては「体がでかいほうが『正しい』」ということにならないでしょうか。ルールが公正であるなら、それに反することになった潜水泳法の日本人競泳選手はズルく、間違っているのでしょうか。めちゃくちゃ早く泳げる水着は、『正しくない』のでしょうか。(もちろんこの考え方は、詭弁を含んでいます)
そこに、Creepy Nutsの楽曲に込められた反骨の精神・気概みたいなものが練りこまれて、ひとつの考えが生まれました。

「知ったことか」と。

いえ、別に上述した議論とかに対してこれを言っているわけではなくて、少なくとも今まさに決められたルールの上で、自らの命を燃やして戦ってるスポーツ選手にとって、その瞬間は関係ないよな、という話です。どれだけ甲子園のやり方がよろしくなくても、そこで真剣に試合をしている子供たちには関係ないわけですし、『正しくない』仕組みの大会で勝ったとして、その価値は揺るがないわけです。(もちろん八百長とかまで話がそれると、限度がありますが…それを考えるのは外側の、大人の仕事です)

そこから、『正しさ』との闘い、というテーマが本作品に生まれました。世間やルールが規定する『正しさ』と反対の立場についてしまった者が、それでも自分の思いを貫く、という感じです。
単純に、「体の小さいやつがスポーツでがんばる」という王道のストーリーにも接続できるし、以前書いた『かつて天才だった俺たちへ』にも通じるところがあるなと思いました。

現代は過去に比べ、様々な場面で『正しさ』が求められるようになってきていますし、作者もできれば正しく、美しく、良いものや人とだけ関わって生きていたいと思っています。だから、創作の中でぐらい、『正しくない』ものを肯定することがあってもいいのではないか、と思いましたし、少なくとも冒頭の問いかけに対して、作中での回答にはなってるんじゃないかと思います。

◆以下は本作のネタバレを含みます◆

キャラクターについて

増田大輔

主人公であり基本的な視点人物。人間に興味がないので少し掘り下げが浅くなった部分はありますが、彼がいちおうサブプロットの「スポーツで挫折した青年の再起」の部分を担っています。信じて走る・信じて投げるというところで、『正しさ』を超えたところにサクラと突っ走っていくような……。
作者はチームスポーツをやったことがないんであれですが、自分のせいでチームが負けたらへこみますよね。そういうわけで挫折していますが、あくまで彼が「自分のせい」と思っているだけで石川たちチームメイトは(今は)そんなに気にしていません。
『野球経験者だからフリスビー投げるのが得意』というのはたぶんハッタリです。もちろん基礎的な筋肉とか運動の勘所みたいなものはあるんでしょうが。そのあたりを野球経験者に突っ込まれたらどうしようと思ってました。

余談6:イヌ人という、作中世界では当たり前だけど、現実世界からしたら不思議なものを描写するとき、作中世界人物視点で書くとかなり難しいことがわかりました。

シバ・サクラ(とシバ家の人々)

もう一人の主人公。「体が小さくて不利な女の子がスポーツで優勝を目指す」というログラインの根幹を担っています。実は後述のディアナのほうが先にキャラクターデザインが決まっていて、洋犬・背が高い・毛足が長い・理性的というディアナと対照になるキャラクターとして、和犬・背が低い・毛足が短い・直情的というキャラクターになりました。あとはランニングをしていると柴犬をよく見て、かわいいからです。
柴犬は鼻・耳・尻尾とわかりやすい特徴がたくさんあるのも良くて、もともと猟犬だったことから足がめちゃ速いスタイルともあっていてよかったです。
サクラにはもう、どしどし『正しさ』をぶつけて、最後にそれらを全部ぶっとばしてもらおうと思っていました。結果、迫力があるシーンになってよかったです。
彼女の祖父であり、ディスクドッグをやるオリジンとなっているシバ・タケルは、前述の日本人水泳選手がモデルです。タケルが活躍したせいで、ルールが変更されてしまいました。以降小さい系統はどうしても不利になっています。
彼女の父のシバ・タケアキは、サクラに対して『正しさ』を主張してくる人です。というよりは、現代的で理性的な人物なので、自分のわがままを『正しさ』という形でサクラに課してくる人です。なので、直接的に主張しないで、歯切れが悪くなっています。タケアキの改心フェイズはあったほうがいいかなと思うので、どこかで加筆します。

エリ(エリザベス・ペンブローク)

コーギー(ウェリッシュ・コーギー・ペンブローク)がかわいかったので出しました。作中の役割としてはサクラの理解者兼ディスクドッグ方面の解説役です。短足仲間ですね。
実はイギリス出身のいいとこのお嬢様です。作中では触れませんでしたが、作中世界のイギリスはコーギー系のイヌ人が統治しています。
途中から空気になってしまったのが少しもったいないですが、彼女はあくまで「外」の人物なので仕方ない面もあります。

ディアナ・ボルゾイ

ライバルキャラにして『正しさ』の擬人化みたいなイヌ人。最初はディアナが主人公の予定でしたが、ストーリーがもたなくなるのでやめました。イヌ人の命名規則も、ボルゾイ=速いという意味、がやりたかったのでこうなりました。すらっとした美人のボルゾイ犬獣人、かっこよすぎる。大好き。
ライバル役としてもかなり気に入っています。資質に恵まれ、環境も良く、努力を怠らず、相手を侮ることもなく、本人の性格も良い(というか、良いようにふるまえる)。作中でもサクラの演技を見たあとは彼女の実力を正しく評価していて、ちゃんとリスペクトしています。だからこそ「その実力じゃほぼ勝てないんだから、そんなに無理しないでくれ~」と『正しく』危惧しているわけですね。このへんはすでに勝ってる者、ルールの側にいる者の仕草なので、サクラ側からはウザく見えても善であるというのが気に入っています。
作中最後で演説をぶちまけて去っていきますが、あれは本気で思ってるの8割、「ここでこう言わないと、『正しい選手』である自分の立ち位置にケチがつく」という判断が2割。人前でそういう判断ができるイヌ人です。

イナホ・ゴルディ

フリースタイル担当であり、ケモセーフ(※)担当です。ギャルが書きたかったんだよ。あとは、「優勝候補が突然負けてる破天荒なキャラ」を出したかったのもあります。
ゴルディというのはゴールデンレトリバーの愛称です。
本当は「なんでたかがディスクドッグにそこまですんの?負けてもいいじゃん、楽しもうよ」という『正しさ』を担う予定でしたが、ちょっと試合描写が続いて重くなっちゃったのでやめました。加筆するかも。
スロワーの汀舞花は、ダウナー系のギャルで、名前が気に入っています。

※ケモセーフ:毛皮に覆われているため服を着ていなくても問題がないということ、またはそのために服を着ていないさま。

ミカド・ドーベルマン(とウキョウ・サキョウ、明)

別に男女分けられてる競技でもないのだから、男のイヌ人も書かねばならんだろう、ということで書かれた、まっとうなディスクドッグプレイヤーの4人。この対戦なしにいきなりイナホやディアナとの試合にもっていくのは説得力に欠けると思いました。
サクラがいままでどんな立場だったのか、他のプレイヤーはどんなふうなのか、サクラはちゃんと成長しているのか、というのを周囲の反応として示す必要があった、というのもあります。
また、イナホが出てくるのは先に決まっていたので、ミカドについては「明らかな優勝候補が負ける」という流れのために出てもらったという側面も。
ウキョウとサキョウについては、デカいドーベルマンをショタ(明)がまとめているという構図がほしかったので出しました。
明は上述の構図のためと、スロワー・キャッチャーが男女・男女・女女なのが決まっていたため男男の組み合わせにしたかったこと、「あからさまなデータキャラが普通に強い」というのがやりたかったために出しました。点数計算と距離の理屈をディアナとの最終決戦で出すために、データキャラがいるとよかったのもあり、そこそこ気に入っています。
ちなみに、明がドーベルマンたちに仕込んだやり方は、現実の競技だと三段跳びとか走り高跳びとかの競技で使われるもので、「素人の天才が思いがけない方法を見つけ出す」という展開がやりたかったのもあります。彼らも彼らのドラマがあるのですね。

最後に

久しぶりに長めのお話(5万文字も書いても一般には『長編』じゃないのだから驚きです。長編書いてるやつはやばい)を書きました。今公開されているものは勢いで書き上げた部分があるので、ここで半分、ここからの推敲・文体の舵のとり直しで半分です。
イヌ人たちの特徴については、世界の人々があまり犬に関心がなかったのを失念していたため、外見がなんとなく思い浮かぶ前提で書いてしまったところがあり、挿絵などを手配してわかりやすくしたいです。
その時はまたよろしくお願いします。

誰のせいにも出来ぬこの土壇場で
かっ飛ばしてくれ派手に
どこまでも遠くへ

Creepy Nuts『パッと咲いて散って灰に』

あ、あと各話のタイトルになっているCreepy Nutsの曲はどれもかっこいいので、聞いてみてください。

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