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ディスクドッグ=ガール ⑧ 合法的トビ方ノススメ

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ー ディスクドッグ=ガール ー
ー ⑧ 合法的トビ方ノススメ ー

 優勝候補の一人だったミカドが0点で敗れたことに、会場は騒然としていた。同時に、先ほどまで大輔たちにちょっかいをかけていた、ミカドに勝った選手ーーイナホ・ゴルディと、スロワーの汀舞花にも注目が集まっていた。
 先ほどからサクラがツンツンしているので、大輔はエリに彼女たちのことを聞くことにした。
「うーーん、全く知らないですね……どこかで聞いたような気はするんですけど。点数を見る限り、50点ちょっとで勝ってるので、そこまで強いわけでもないですし……ただ、ミカドが負けた理由は、なんとなくわかりましたけど」
「どういうことだ?」
「ミカドの通ってる学校、中高一貫の男子校なんですよね。ディスクドッグの名門校で。彼自身もすごくストイックな人で……そこに、ほら、あんなことされたら、平常心を保てなかったんじゃないですか」
「……なるほど」
「どうでもいいでしょ」
 サクラが横から口をはさんだ。
「結局ミカドを色仕掛けで動揺させただけなんだから。ダイスケも動揺しなきゃ勝てるわよ」
「うーん、でも、どこかで見た気はするんだよねえ」

 三回戦、準決勝にあたる試合、大輔たちは先攻になった。グラウンド脇で控えるイナホたちが見つめる中、演技が始まる。
「今回も『全力』でやるわよ」
「……いいのか?」
 すでに、予定よりも早く『全力疾走』を使ってしまっている。休憩を挟むものの、サクラの疲労は確実に蓄積しているだろう。
「今回の相手は、今までの最高得点が60点台だぞ。普通の距離でやっても、サクラなら……」
「いいの!絶対勝たなきゃいけないんだから……」
 サクラが強く主張したので、大輔はそれ以上何も言えなかった。大輔はまた、思い切りディスクを投げる。サクラは再び長距離を走り抜いて跳び、今度は1回でキャッチに成功した。
「やっぱすげえな、アレ」
「昔の選手みたいな走り方するな……ディアナだけかと思ったけど、今回の大会は荒れるかもな」
「まさか、ディアナに日本の選手が勝てるわけない。さっきも90点台を出していたし……」
「でも……あれはなんか、すごいよな」
 ウキョウを下したことで、サクラに対する注目度は上がっているようで、二回戦よりも観衆は増えていた。サクラは彼らに向かってたかだかとディスクを掲げる。
 大輔のほうは、1度でキャッチが成功し、安心していた。毎回サクラに連続で全力疾走させていては、体がもたないだろう。ムリをさせては、サクラにとっても良くないし、サクラを一応任せてくれている彼女の父にも、申し訳が立たない。次以降も、できるだけ1回で決めたいところだ。
 二回目の演技は通常のジャンプで手堅くまとめ、大輔たちの番が終わる。次は、イナホたちの演技だ。

 大輔たちがグラウンドの脇についた時には、すでにイナホと舞花が準備を始めていた。やってきた大輔を見て、イナホがにこにこしながら手を振ってくる。
 イナホは、イヌ人から見ても人間から見ても美人の部類で、スタイルもいい。グラウンドを整備しているスタッフにも、大輔にしたように抱きついていたので、誰にでもスキンシップ過多のようだ。大輔はミカドに少し同情した。
 そんな中、イナホの演技が始まる。イナホは軽やかに駆け出し、舞花があとからディスクを投げた。ディスクはひょろひょろと弱弱しく飛んでいき、イナホはそれを軽く飛んでキャッチした。フォームは普通だがぎこちなく、距離も高さもそこまでではない。結果は53点と、2回戦と同じぐらいだった。
「ほらね」
 サクラが鼻を鳴らす。大輔のほうも、これならサクラが全力疾走する必要もなさそうだ、と少し安心した。
 グラウンドではイナホが舞花に駆け寄り、ディスクを渡している。
「ごめーんマイカ、あんまうまくいかなかった」
「しゃーないよ。私もうまく投げられなかったし」
 イナホは口では謝りながらも笑っていて、いままでの試合然とした雰囲気とはかけ離れていた。ミカドを破ったことで彼女に注目していたらしい周りの選手も、徐々に興味を失っているようだった。
「んーーーー、よし!」
 イナホは大きく伸びをして、
「脱ぐか!!」
 ウェアを脱ぎ始めた。しかも全部。
「ばっ、なっ、なにやってるのあのバカイヌ?!」
 サクラが思わず声をあげ、大輔の視界を肉球でふさぐ。
「何すんだサクラ!前が見えないだろ!」
「見たいっていうの?!あのバカイヌの裸が!」
「そうじゃないけど!女っつってもイヌ人の裸なんか見ても何とも……」
「サイテー!」
 裸のイヌ人ぐらい、プールや水辺にいけばいくらでも見る。人間と違って、全身が毛皮で覆われているから、裸でいても何ら問題になることはない。(ごく少数、毛皮のないイヌ人には人間同様の着衣が法律で義務付けられている)
 審査員も顔を見合わせてはいるものの、即刻中断するつもりはないようだ。
「あはは……確かに、ウェアについては規定とかありますけど、『脱いではいけない』とはルールにも書いてないですからね……エリはちょっとできないけど」
 もっとも、イヌ人側が裸でいることをどう思うかは、個々人でだいぶ差がある。人間にも露出を気にする人と気にしない人がいる。それと同じだろう。サクラは、実家がいかにもな日本家屋だったこともあるし、結構気にする方なのかもしれない。
「ふうっ、テンションあがってきた☆舞花もいつも通りいこうよ!!」
「えー……まあ、いっか」
「あんたも脱ぐの?!人間が脱いだらまずいでしょ!?」
 サクラが思わず大声で吠える。
「そんなわけないでしょ……脱がないけど、まあ、怒られたら怒られたで、いいか」
 舞花がポケットから取り出したのはスマートフォンだった。直後、大音量で音楽が流れ始める。クラブで流れていそうな激しい曲だ。エリはそれを聞いて耳をぴんと立てた。
「ああー!思い出した!あの人達、『フリースタイル』のほうで有名な選手です!」
「『フリースタイル』?!」
 爆音に片耳をふさぎつつ、大輔は聞き返す。
 エリによると、ディスクドッグにはサクラたちのやっている通常の競技のほかに、音楽にあわせてダンスやアクロバット的な動きを行って、技やカッコよさを競う『フリースタイル』という競技があるという。汀舞花とイナホは、そちらの方面で名の知れたコンビらしい。
 審査員たちもあわてて立ち上がり、演技を止めようか話し合っている間に、イナホがスタートした。観衆には戸惑っているものもいれば、音楽に声をあげ盛り上がっている者もいて、混沌としている。
 舞花がディスクを構え、投げる。大輔たちは反射的に、グラウンドのイナホのほうを見た。しかし、ディスクが見えない。飛んでいない。大輔が空中を探すと、ディスクは舞花の真上に飛んでいて、ゆっくりと下降していた。
「すっぽ抜けたのかしら。ひどいミスね」
 サクラが言った直後、舞花は体を反転させ……リズムに合わせて、跳ぶ。宙返りして、サッカーのオーバーヘッドキックのような恰好で、降りてくるディスクを蹴り上げた。
「はぁ?!」
 大輔もサクラも思わず声をあげ、観衆もわっと盛り上がる。舞花は演技を終えたダンサーのように、周囲に手を振っている。もはや二人のステージといった様相で、観衆も『フリースタイル』の雰囲気に飲まれているようだった。走るイナホに歓声と応援が飛ぶ。
「あ、あんなの、アリなの?!」
「エリも初めて見た!確かに理論上できるけど……本当にできるなんて!」
 イヌ人と人間のペアダンス的な側面の強い『フリースタイル』では、人間の側の技術やパフォーマンスにも重点が置かれる。その中にはディスクを自在に操る術も含まれ、上級の技としてディスクを蹴るものがあるという。また、ディスクを使った別のスポーツ・アルティメットにも、ディスクを蹴ることで股抜きを行う高等技術があり、組み合わせれば今回のようなことも、理論上は可能ということだった。
「当然だけど、ディスクは回転させたまま飛ばす必要があるから、普通に蹴って飛ばすだけでも難しいのに……すごいよ、あの人」
 イナホは振り返ってディスクを確認すると、アクロバティックにバック転してキャッチした。高さや距離は平凡なものの、観衆の盛り上がりは最高潮だった。審査員のうち一人も歓声をあげているほどだった。(周りの4人にとがめられていたが)
「……すごい演技だったわ」
 サクラは呆然として、舌をしまい忘れていた。
「最初、ふざけてるのかと思ったけど。あんなに人を引き付けるのはすごい……もしかしたら、芸術点で逆転されるかも」
 イナホたちの演技には、派手さと周りを巻き込む力がある。スター性がある。ディアナとはまた別の『本物』だ、と大輔は思った。もし審査員にもそれが通じるとしたら、高い芸術点が出る可能性もあるだろう。
「エリ、なんか歴史に立ち会ってる感じがします。完璧超人のディアナだけじゃなくて、距離で稼ぐサクラちゃんに、2回戦のウキョウたちのジャンプとか、今回のパフォーマンスとか……デビュー前の競技会のレベルじゃないですよ!」
 エリは興奮して終始尻尾を振っていた。もし、イナホたちの演技で高得点が出れば、たしかにディスクドッグの常識を覆すことになるかもしれない……。大輔も、期待と緊張の交じった気持ちで、得点の発表を待った。

「0点です」
「えー!」
 イナホが裸のままグラウンドに倒れこむ。
「ルールを確認したところ、一度投げられたディスクにキャッチャー以外が意図的に触れた場合、失格になるという規定がありました。今回はスロワーの汀選手が2回触れたので失格です。ついでに、爆音の音楽や毛皮の露出も、ルール違反にはなりませんが注意の対象です」
「そんなー」
「まあ、しゃーないね」
 審査員の一人、イヌ人の女が淡々とイナホと舞花に告げ、去っていった。盛り上がっていた観客たちも、冷静になったのか「仕方ないな」といった様子でイナホたちに拍手を送っている。大輔とサクラも、決勝に進めたことに安堵しながら拍手した。
「みんなありがと。フリースタイルも見に来てね」
「ありがとー!ねえねえ舞花、次は何しよっか?」
 イナホは観衆に大きく手を振りながら去っていき、舞花もそれに続く。何からなにまで型破りだった二人が去って、会場は何事もなかったかのように決勝戦への準備が始められる。
「……あんなディスクドッグもあるのね。なんというか、すごかったわ……」
「フリースタイルだったか、こんどパフォーマンスを見てみたいな」
「二人もやってみたらどうですか?体格差もちょうどいいし」
「や、やらないわよ!」
 サクラはきゃんきゃん吠えて、茶化すエリに食って掛かった。
「……次が決勝だってのに、落ち着いてるな」
「ええ、まあ、ね。なんかさっきのイナホたちのを見てたら、いい具合に力が抜けたわ」
 サクラは軽く全身を震わせる。決勝戦、対戦相手は当然のように、あのディアナ・ボルゾイだった。
「あたしは、あたしの演技をするだけよ。ダイスケ、がんばりましょう」
 桜の花びらがグラウンドに舞う。春の風が吹き荒れ、土埃を巻き上げた。
 決勝戦が始まる。


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