「妻のトリセツ」でも読んでみるか、と思った話。

私の妻は専業主婦だ。

大学を出ているわけではないし、名刺代わりになる仕事もない。誰かに自慢できるような創造的趣味とは、互いに無縁だ。

社会人になりたての頃、漠然とした願望の1つに、「働く妻を持つこと。」というものがあった。漠然とした願望だから、深い理由があるわけでもない。単に、余裕のある生活というものに憧れていた。

そういう意味では、これまでの所、願望は成就していない。未来の妻は「専業主婦」を望む人で、未来の私はそれを了承する人だった。ありていに言えば、彼女は外で働くことが好きではない人だった。

以前、育児は『クリエイティブ』だ、という話。を書いたことがある。

我が子を授かってから、「育児」が極めて創造的な営みだと思い知らされた。まだまだ「育児」の二文字は過小評価されていて、だからこそ、その創造性に焦点をあてたいと考えた。私は、伝統的な大企業に勤めているが、同世代以下の男性には同じような考えの人も多い。時代の節目に立ち会えていることが、なんとなく嬉しい。

昨日、妻が体調を崩した。夕方から寒気がするとのことだ。

正直に言えば、来年度の予算作成と、海外留学の準備に今週・来週末の幾らかをあてがいたかった。予定を変えざるを得ない。もっとも、元々土日にはできる限り子供の面倒を見ていたし、それで何かに困った経験は無い。土日の料理を作るのは私の役目だ。部屋や水回りの掃除も、洗濯も、土日の担当は私だ。困ることもない。妻の担う部分の代役を引き受けた。引き受けたあとで、彼女が「離乳食だけは食べさせる。」と頑ななので、任せることにした。

いい天気だ。昼前は、もっぱら近くを散歩することになっている。1時間くらい陽を浴びて帰ろう。その間に午前睡をしてくれれば言うこともない。ベビーカーを押して、トコトコ歩く。公園には、男性1人で子供を抱き抱える姿もよく見かけるようになった。「良いことだな。」とぼんやり思いながら、歩を進める。

そこから30分、1時間と経っても、大きな目は見開かれたままだ。まずいな。今寝てくれないと、お昼の離乳食でぐずることになってしまう…

といって、いつまでもぶらぶらするわけにもいかないので、仕方なく家に戻る。ベビーカーから降ろして何とか寝かそうとしても、全く寝る気配はない。思えば、寝かせるのはいつも妻の仕事だ。彼女は一体、どんな魔法を使って子供を寝かしつけているのだろう。あるいは、私のMPは0なのか。少なくとも転職サイトに登録し、「武道家」に転職した覚えなどないのだが…

しばらくすると、彼は大声で泣きだした。空腹と眠気のピーク。どうすることもできず、私は最悪のタイミングでバトンタッチする。リレー日本代表のように、鮮やかにバトンを渡したかったのだが、不恰好に投げつけることになってしまった。

彼女はたんたんと離乳食の準備を進め、我が子を前に笑顔で口に運ぶ。何口か口に運んだ所で、少し落ち着いてきたようだ。我に返り、わたしも昼食の準備を進める。

離乳食を食べ終えると、彼はまた泣き出してしまった。量が少なかったのか、あるいは眠いのだろうか。

そんなことを思案していると、彼女は子供を抱きかかえて、隣の部屋に移動した。昼食を作り終え、洗濯物でも畳もうとソファーに腰を落とす。次の瞬間、彼女が1人で部屋に戻ってきた。「ありがとう。寝たから、お昼食べよう。」

私は何だか恥ずかしくなって、全然関係の無い話をしながら、彼女のことを尊敬した。

私が行う作業は、方法の確立されたものである。また、一人である程度自由に執り行うことができる。火にかけた鍋が独りでに転倒することも無いし、洗濯物が地面に落ちることもない。(あっても、稀だ。)

彼女の行う作業は、極めて厳しい制約下で最適な判断を下し続けるものだ。言葉を発することも、慮ることもできないのに、意思表示は大人の10倍はっきりしている。

本当の意味で、私が代わりを勤めることは今の所困難だ。そのことが専業主婦としての誇りであり、要所を頑なに譲らない所以なのだ。それが「良いかどうか」は家庭ごとの様々な事情によるのだからさておくとして、我が家はこれで良いかな、と思った。

仕方が無い。なけなしの小遣いで「妻のトリセツ」でも買って読むことにしよう。

TVで本書が紹介された時のキャプチャがLINEで送られてきたので、「我が家に理不尽な妻なんていないでしょう。(…から、絶対読まない。)」と笑って返したばかりなのだが。

そこに彼女の創造性を保つ秘訣があるなら、嫌いな新書をこっそり読むこともミッションの1つだろう。少なくとも、「新書を買って読む」という行為に、創造性など全くもって必要なさそうである。

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