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「無意識Ⅱー泉の章ー」#4 イコール

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1992.12.17thu  11:30pm

雪さんの淹れてくれたコーヒーは、少し時間が経っていたはずなのにとても温かく感じた。

外も、そして私の居た一階も思った以上に冷え込んでいて、そこからの温度差としては充分だったのか、それとも砂糖の甘味が絶妙だったのかな。

もしかすると、初めて触れたフレンドシップのピアノとそこで確認出来た音に少しだけ、高揚していたのかも知れない。
聴いていたみんなの驚きと優しさが混ざったような顔がコーヒーの味と重なった。

私一人だけ遅れてカップが空になるのを待って、そこにいたみんなは初雪の降る中どうやって帰るかの最終確認を始める。
もう既にほとんど決まっていたみたいで
「泉ちゃんは、私たち姉妹と一緒に水元さんの車ね」
と雪さんに引っ張られながら、一階に残していた荷物を慌てて取りに寄る。


外に出ると、もう雪は2〜3センチ積もっていた。

駐車場には奥に水元さんの車と、手前に夏井さんの車。
東野さんがいつものように背中を丸めて、夏井さんの車の方へのろのろと歩いて行く。

水元さんの車へ向かう途中にもう一台の車が停まっていた。こんな時間まで残っているはずのない、見慣れない車種の。

「誰の車だろう」
「お客さん、置いてっちゃったのかな。急に雪が降ったからタイヤも替えてなくて」

未智さんと雪さんが首を傾げながら前を歩いていて
私は、通り過ぎるついでに少しだけ、謎の車の中をフロントガラス越しに横目で確認してみた。

少し離れた街灯の光でうっすら照らされた運転席にいたのは、あのツンツン頭のハリネズミだったと思う。ピアノを弾いていた時、外で背中を向けて少しだけ立ち止まっていた人物とシルエットが一致するから(少なくとも頭のシルエットは)。

もうひとつ、結びつくのは膝の上で丸くなっている子猫。
あの時、地面から大事そうに拾い上げていたのがこの猫だと考えると妙に納得がいく。


そうだとして、もうあれから一時間近く経つのに。
とっくに帰ったと思ったけど、何してんだろこの人。


水元さんの車に乗り込んで駐車場を出ていく時も、まだ停まったまま。

夏井さんたちの車はもう先に出ていたから、駐車場にはあの後ハリネズミくんの車が一台ポツリと残っていたのだろう。

田舎町のレンタルショップの駐車場で、「子猫を膝に乗せたハリネズミ」を乗せた車が雪に埋れていく様を思い浮かべると、間抜けで切なくて何か笑えるけどな。


1992.12.20sun 9:30am

次の日曜日。朝からフレンドシップでバイトの日。

冬休みに入ったし、寒くて外に出る気にもなれず珍しく二日も家に居たから、少し久し振りな感じ。


初雪の夜以来、初めて顔を合わせた雪さん(このフレーズの「初」と「雪」がちょっとややこしいのは気にしないでください)は、開店前の準備の間ずっと私に貼り付いて喋り続けている。

「金曜日の朝さー、空君が原チャリ取りに来たのね。で、泉ちゃんのピアノの話になって。ほら、空くんって歌上手いじゃない?」

「そうなんだ」

「うん。あ、そうか泉ちゃんまだ一緒にカラオケ行ってないから、空くんの歌聞いたことないもんね」

全く想像できない東野さんの歌声なんて。
常時丸めた最中と、無愛想な話し方と、ほっそーい目からどんな歌声が?
目は関係ないか。

「でね、泉ちゃんのピアノと、空君の歌でバンドって言うかユニットみたいなの組んだらすごいんじゃない?とか話してて」

もっと想像できない。
何せ出逢いのイメージあんまり良くないから(あっちもだろうけど)
私のピアノに合わせて東野さんが歌う?
目もほとんど合わせない、会話も噛み合わないことで有名な二人ですけど!

「そんな話、東野さんも乗らないんじゃない?」

「ん〜と、どうだったかな。別に絶対嫌とかは言ってなかったよ。それに泉ちゃんが弾いた…『未来の歌』だっけ。思い出して歌ってくれてたし」

「え?何で」

「その時ね、私と空君の他にもう一人お客さんがついて来てて。空くんの友達なのかな。海くんって言うんだけど」

あの朝、バイトでもないのにその場に居合わせた人って言ったら、例のハリネズミかも知れない。東野さんとの関係はよくわかんないけど。

知り合いなら、原チャリを取りに来た東野さんが不自然に早い時間から停まっている一台の車を見つけて、恐る恐る覗き込んでハリネズミ(+子猫)を発見。そこから何となくお店の中まで一緒に来て、雪さんと三人で話していたってとこかな。

「海くんにね、『未来の歌』のメロディーがこんなだったって教えてあげたくて、私と空くんが思い出せる限り口ずさんで聞かせたの。そしたら」


そしたら?

「そしたらね、ほら、そうは言っても私も空くんも完全に覚えてるわけじゃないから、全部は伝わってないはずなのに」

「うん」

「なのに、海くんがそれを聞いた後ピアノに向かって」

「え?ピアノ?」

「そう。泉ちゃんと同じ音を弾き出したの!
私たちが口ずさんだのよりもずっと正確に。まるで泉ちゃんが弾いたのを録音して流したみたいに『未来の歌』を最初から最後まで再現して、ホントびっくりした」

「最後まで…?」


アイツそんなに長い間、聴いてたっけ・・・。


「そうなの。完璧に!」

雪さんの声は弾んでいた。もう頭の中では東野さんと私のユニットに、ハリネズミくんも入りかけてる。

「ねえ、雪さん。その海って人、もしかしてこんな小ちゃい猫を連れて来てなかった?」

「来てた!そう、こーんな小ちゃい子。え、どうしてわかるの?」

ハリネズミ確定。
雪さんは、ますます訳がわからなくなって目をキョロキョロさせながら、掃除をする手は完全に止まっていたけれど。


1993.1.7thu 20:00

年が明けて、冬休みもあっという間に終わりが近付いた木曜日の夜。

「ふたば」で勉強してたけどだんだん混んできてフレンドシップに移動するという例のコースを辿り、今日はもう勉強をする気にもならないので早速ピアノに向かう。

一緒にいた雪さんは二階へ上がって行って、今日遅番の東野さん夏井さんとおしゃべりを始めたみたいだった。

いつの間にか、お店の営業時間でも平気でピアノを弾くようになったけれど、選曲は完全に思いつきで。その日ウォークマンで聴いてた曲をそのまま弾くこともあれば、さっきお店で流れていた曲を真似して弾いてみることもある。

「一回でも聞いたらピアノで弾けんの?」
何日か前に、東野さんが聞いて来て
「たぶん。大抵は」
って答えたら
「ユニコーンの『ミルク』って弾ける?」
と恥ずかしそうにリクエストしてきたのはちょっと笑った。

「あーあの、おじさんの顔が写ってるジャケットのアルバムの最後の曲ですよね」
「ヘンな覚え方。まあそうだけど」

ふてくされながらも、弾き出したら神妙に聴いてて最後に一言
「ふーん。さすが、うまいですね」
ってぶっきらぼうに言って、さっさと階段を上がって行ったけど。

今日は特にまだリクエストはないので、はじめサザンを弾いて、そのあと5曲ぐらい弾いて、確か7曲目のジュディマリの時に自動ドアが開いて、私の傘を持った樹が入って来た。


「ハイ、北里。さっきの忘れ物」
まだ少し濡れている、水色の傘を差し出す。

「あ、ホントだ。忘れてたー」
笑ってごまかして。

西山樹(みき)は、レストラン「ふたば」の一人息子で高校のクラスメイト。
(前も言ったっけ)
さっきまで雪さんと私に混ざって音楽の話をしてて(じゃ、今日は「ふたば」にいた頃から大して勉強なんてしてなかったってことか)今度は、忘れ物を届けに来てくれた。

二階の手すり越しに、雪さんの声が降ってくる。(見つけるの早い)

「ミキくーん!こっちこっち。ねえ、泉ちゃんの傘届けに来たの?」

見上げて
「雪さんも忘れてますよ。ノートと参考書」と返す樹。
「これ忘れるって、完全に喋りに来てるんだよね」と、小声で付け加えながら。


二階のお客さんもまばらなので、その後東野さんや雪さんも降りて来てピアノを囲み、「未来の歌」を樹にも聞かせることになった。

あの日から何度か弾いているけど
弾けば弾くほど気になることは・・・


「ねえ、雪さん」

気になりすぎて手が止まる。

「この歌、歌詞ないんだった!」

そんなの最初からわかってたんだけど。

「え?歌詞ないの?」

樹がびっくりした顔で口を挟む。

「そう」
「じゃあ『未来の』っていうタイトルは?」

それは、あの時東野さんが「それ、なんて?」って聞いて来たから・・・。
あと、何だっけ。なんかあったような気がするけど思い出せない。

とにかく何か、そんな感じだったんだって
なんて言えば良いの?この場合。

「勘」

これで合ってんのかな。「何かそんな感じ」=「勘」なのか?

「あ、そうなんだ」

樹はあっさり納得して、大元(おおもと)の東野さんが尚も怪訝な顔で首を傾げる。こんな三人の図式は、これから何度も繰り返されるけど、もちろん今は誰も知らない。

知らないことが未来。

あ、そうだ。私こんなこと思った気がする。
今頃思い出した。


「あ、そう言えば思い出したんだけど」

樹の言葉がタイミング良すぎてちょっとドキっとする。

「僕の好きな詩があるんですけど。タイトルが同じ『未来の歌』なんですよね」

「誰の詩?」
さっきの「?」マークが頭の上にまだちょっと残ったままの東野さんが聞いて

「中学の同級生です」
更にあんまり想定してない樹の答えに、着いていくのがやっとの顔をしてる。


「国語の授業で“初雪”をテーマにした詩を書くっていう課題が出て、出来たものをみんなで読み合ったんです。」
「その時にクラスの誰かが書いた詩を…?」
「はい。さっきも言ったけど、すごく良いなあって思ったから自然と憶えちゃいました。今でも最初から最後まで言えますよ」

東野さんの頭がまだ「処理中」のようなので
私がイイ質問しちゃおうかな。

「でもさあ、樹。…初雪がテーマの詩を書いたんだよね。どうしたらタイトルが『未来の歌』になるの?」

メロディー版の「未来の歌」も相当曖昧な理由でついたタイトルの癖に、イチャモンつけるみたいで何かアレですけど。

樹は冷静に穏やかに
「うーん。たぶん、中身を知れば納得できるかも」
と言った。

私はそれを聞いて何故かもう一度ピアノに向かっていた。
自分が弾いた「未来の歌」のメロディと、樹が憶えてる「未来の歌」の言葉。
同じなのは、まさかタイトルだけだよねと確認したくなったのかな。

最初の和音を鍵盤で押さえながら
「最初の一行、言ってみて」と樹を見る。

「♪『蒼い(あおい)風は吹き抜けた』」

・・・

「次は?」

「♪『いちばん最後の雨音を閉ざしながら』」

・・・

「その次は?」

「♪『舞降る冬の夜明け 眠る君の傍に・・・』」


・・・

全て、重なっていた。
どこまで進んでも、ふたつの「未来の歌」は字数やリズムがぴったり合っている。

どちらかが、どちらかの音か言葉をはじめから知っていたみたいに。


メロディーをワンコーラスまで弾いたところで、詩は途切れた。

「なるほど。確かに初雪の詩だよね」
「なるほど。確かに未来の歌っぽいよね」

お互いに納得した私と樹はそう言って笑って
他のみんなは、まだ半分ぐらい何が起きたのか飲み込めていない顔でこっちを見ていた。


直後に樹から聞いたことだけど、詩を書いた学校のクラスメイトは「南田海」というそうだ。

「北里だって同じ中学だろ。まあ僕と海はD組で北里はA組だったし。海は高校別になったから、接点なかったかも知れないけど」

「A組は、“初雪の詩”書かなかったの?」という樹の質問には「憶えてないなー」としか答えられなかったけれど、南田海の名前も全く記憶になかった。


ただ、ガラス越しに見たツンツン頭のハリネズミも、次の日雪さんの前に子猫と一緒に現れて「未来の歌」をピアノで再現した「海くん」も、きっと同じ人物。

頭の上で、いろんなことがいくつものイコールで繋がっていく夜だった。


東野さんは、たぶん今夜の星がみんな「?」の形に見えてて

私の「=」はそこに尻尾をつけて流れ星になって


?= ?= ?=

こんなのが、本当に降ってくるんじゃないかと大窓の外を密かに確認しながらフレンドシップを出る。

そしてまだ少し、拾い切れていないイコール達は、私に気付かれないように未来のどこかへ先回りを始めるのだった。

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