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マリファナ臭いスタジアムで、本物の観客に囲まれた。

夜更け、今は亡きアルコ&ピースのオールナイトニッポンシリーズを聞き流しながら羽田空港へ急ぐ。季節はすっかり梅雨でジメジメした気候がなんともうっとおしい。

耳に流れるラジオは聞く人ぞ聞く番組であり、いいかえればそれは聞く人も聞く人なわけだ。笑うポイントがわかっていて、あるいみ様式美を好み、時に厳格である。

ラジオスターの彼らが番組終了後の今なお伝説として称えられるのは、リスナーにその様式美を教えるのがうまかったからだろう。結果としてリスナーと共に作り上げる深夜の時間に多くのリスナーが熱狂した。同じ言葉だが、前者と後者では違った属性を持つことはもういうまでもないだろう。

ぼくはこの関係性がエンターテインメントだと思っている。本物の演者、本物の観客、観客がニッポン放送に熱狂した。あの番組は、好きにならざるを得なかった。


7月2日、日本で最近見ていない強い日差しを感じながらインドネシアはジャカルタのローカルトレインに体を揺らされる。その数時間後、ぼくの体感したフットボールは本物で魅力的であった。そしてそのフットボールを羨ましく思うと共に、「アッポー」と意気揚々に発音し笑われていたアイツを思い出した。

元オランダ領の中心地だったコタから、電車に乗りバクシ駅を目指す。なんと電車は日本から輸入したもので「乗務員室」と書かれた運転席が印象的だった。


バクシ駅に着くと、早速ペルシジャサポーターが歌い出す。ユニフォームを着るわけでも、タオルマフラーを身につけるわけでもないが、歌い出す。騒ぐ若者を微笑ましくみつめる駅員と他の乗客。フットボールだから許されるのか、そもそも騒ぐこと自体がそれほど悪いことではないのか。日本人のぼくにはわからない。

■観なくても、スタジアム

スタジアムの前にはバスやバイクが猛スピードで行き交う大通りがあり、信号はない。現地人について車のいないタイミングで横断する。

ゲート前にはたくさんの露店が並んでいて、その品物をみるひと、仲間とタバコを吸うひと、ご飯を食べるひとでごった返している。詳細なゲート案内などもあるわけがなく、道でたむろしているひとに聞くほかなかった。


グーグル翻訳を駆使して、どうにか場所を聞き出すとキックオフが15分前だったことを知る。衝撃である。もうキックオフしていたこともそうだが、この5,000人は軽く超えるであろうスタジアム外にいる人々が試合以外の目的でここにいることが衝撃だった。

日本のスタジアムではキックオフと共にスタジアムの外は静かになる。それなのに外でチャントを歌い、酒を飲む彼らは一体なんなのだろうか。ちなみにスタジアムは郊外にあり大通り沿いとはいえ、わざわざくる必要のある場所である。

東南アジア独特というか、インドネシア独特というかの雰囲気を感じながらいざスタジアムへ。



非常にスモーキーなスタジアムがそこにはあった。タバコ、多分日本では違法のなにかの匂いが充満するスタジアムに興奮する。みんな柵に登り、椅子に立ち、おもむろにペットボトルの水を撒き散らす。

出国前、とあるクラブのサポーターがスタジアムの椅子に足を掛けた写真に非難が集まっていたが、その非難していたひとらにこの光景を見せたらどうなのだろうかと思った。少なくともぼくはこの光景に相当ワクワクしたことはたしかである。

試合は開始から20分ほど経っており、我らがペルシジャ・ジャカルタはすでに先制していた。改めてスタジアムをぐるっと見回すと、アテンダンスの多さに驚く。ミッドウィークの15時キックオフでスタジアムが満員になるってどういうことなのだろうか。


■分裂する応援隊

以前、日本の応援スタイルを扱ったこんな記事を書いた。要約すると日本にはコールリーダーがいるが、欧州にはいないとこもあるよねという話である。ここでのぼくの意見は「コールリーダーは必要」だ。なぜなら欧州の真似をしても自然とコールが湧き出ると思わないからだ。

インドネシアでも日本と同じようにコールリーダーが指揮をとって応援を先導していることがわかった。たまたま入ったバックスタンドの下層部にもコールリーダーがいて、サポーターを煽っていた。

日本と違うところは、各エリアに配置されているコールリーダーによって歌う歌が異なることだ。例えば浦和レッズなんかは南スタンドにも応援団がいたりするが、基本的にはメインの応援を拡散する役目を果たす。つまりスタジアム内において、ひとクラブひとチャントの形式が取られているのが日本式である。

しかしここでは違う。ゴール裏とメインスタンドとバックスタンドのコールリーダーがそれぞれ違う歌を歌う。それゆえ、統一感はない。


前半が終わり、サポーターが一斉にコンコースへと出る。ようやく通路が空いたので、思い切って最も過激なゴール裏に向かう。つい先日、サポーターが激情し、死者を出したゴッサムゴール裏である。ほとんど漏らしていたといっても過言ではない。

ハーフタイム中はマスコットが場内一周したり、となりにいたおじさんと話したりした。ものすごく熱心にペルシジャ・ジャカルタの良さを語ってくれているようだったが、テリマカシ(ありがとう)しか言えない日本人に理解できるはずもなかった。やけに西日が照りつけるスタジアムで、言葉の通じないもどかしさを感じるのであった。さぁ、後半が始まる。



アジアで一番過激なゴール裏と呼ばれるペルシジャ・ジャカルタの洗礼は後半のキックオフと共に訪れた。少し前にいたやつが蓋のついていないペットボトルを投げ、右隣の奴が明らかな違法な草に火をつけ、左にいた少年が柵に登れと腕を掴む。

ゴール裏のコールリーダーは一段と過激で、サポーターのノリが薄いと激昂する。感情がむき出しというか、なにもかもがむちゃくちゃのこの空間が面白かった。

そして間もなく、日本では感じることのできない異変に気がつくのであった。

■歌いたいぼくと、歌わないこいつら

基本的にコールリーダーが先導したチャントに取り巻きがノルのだが、時としてそのコールを一斉に無視する瞬間が訪れる。はじめはなにかタイミングが悪く、広がらなかっただけなのかと思っていたがどうやらそれは違うらしい。明らかにセンスのない選曲や、状況にあっていない応援には拒絶することができるらしい。それだけでなく、チャンスの後や良いタックルのあとに応援がないと、サポーターから応援団に凄まじい野次が飛ぶ。それに合わせてコールリーダーがチャントをセレクトするなんて構図も見られた。

少なくともぼくの大好きなJリーグでは絶対に見られない光景だった。



それはそれは異様だった。ただ、間違いがないのはこの応援スタイルこそがインドネシアフットボールの正解であり、このスタジアムで確立していることだ。

「フットボールは世界の言語だ」という偉い人が言うが、正しくは「フットボールは世界の言語だけれども方言もそれなりにあるよ」だとこのとき感じた。

ピッチに目を向けると、さもいつも通りかのように試合は進んでいる。相変わらずサポーターにハマらないとチャントは広がらないし、隣のやつはキマっちゃってヨダレ垂らしているし、対角のスタンドではなにかを歌っている。ひとり取り残されたような感覚になっていたぼくだったが、次第にこのカオスに慣れていく。



■プロフェッショナルな観客とは

先日浅草演芸ホールに行った時に、紙切り芸の林家正楽さんの芸を見た。

わずか100人たらずのキャパシティのホールが大変な歓声に包まれたのは正楽さんの"神"ワザあってのことだが、同時に常連客の雰囲気作りが作用していた。ひとつのオチに向かって常連客がいわば予定調和的なリクエストを正楽さんに投げかける。そのリクエストを正楽さんが表現する。

当然素人のぼくにはその裏工作的な雰囲気は感じ取れなかったわけだが、浅草寺で酸漿市が行われていれば酸漿をリクエストする。そんなコミュニケートが面白かった。それはエンターテインメントで、笑わずを得なかった。


エンターテインメントとはひとつの目的に向かって演者と客が一体にならなければなりたたないと気がつく。当然その雰囲気が厳格であればあるほどクオリティは上がる。

フットボールの目的とは、チームが勝利することであってコールリーダーの個人的センスにあやかって合唱することではない。そんな当然のことを“後進国とどこか思っていた”インドネシアのサポーターに気づかされる。

小学生の頃、英会話スクールに通っていた友達が英語の授業で発した「アッポー」
笑いにつつまれるクラスに便乗して笑っていたぼくに、コールリーダーに歯向かうことなんざできないと思ってしまう。それが、スタジアムを盛り上げないチャントでも。あなたはどうだろうか。



アディショナルタイムが終わり、ざわつきの中かすかにホイッスルがなり、試合が終わった。スタジアム内にこだまするアンセムを歌い上げるペルシジャサポーター。この日はじめてのスタジアムを包む応援だった。

その後なぜか試合に敗れたビジターチームのアンセムがはじまった。高らかに歌い上げる少数精鋭の歌をかき消すようにチャントを促すコールリーダー。そのコールに「シー」とかぶさるサポーターの行動に、リスペクトを感じたと共に、後日Twitterでコソコソ話題にしたりしないサバサバ感が好きになった。


すっかり楽しみ、カメラロールを確認しているぼくに隣のおじさんが手を差し伸ばし、握手をして去って行った。ボロボロのユニフォームに身を包んだ彼から、ふっと違法の匂いがする。


あの日、マリファナ臭いスタジアムで本物の観客に囲まれた。
その匂いは、日本では絶対に感じることのできないものだった。

Twitter:__nenza
Instagram:#Jsnap


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