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手の中のソースとマヨネーズ

仕事の関係でよく行く駅がある。

その駅の周辺には、惹かれるお店がなくて昼飯にいつも困ってしまう。

色々と吟味したあげく、結局大判たこ焼きというちょっと変わったものを食べることになる。

大判焼きってあれだ。屋台でよくみかけるあんことかカスタードなどが入ってるやつ。

どうしたわけか、それをたこ焼きにしてしまったらしい。つい、こういうのは買ってしまう。

大阪で十年以上暮らしてきた者としては、粉もんに弱い。そこらの牛丼や中華のチェーン店と比較したらどうしてもこっちを選んでしまうのはしょうがない。

昼食をそれで済ませてしまった。味に関しては特に記すこともない。きっとあなたが想像している通りに美味しい。

美味しく食べ終たのはいいが、僕の手には包装紙とソースとマヨネーズがべったりついた容器が残っている。

参ったな。近くにゴミ箱がない。

ここから仕事場まで戻るには、電車に乗らなきゃいけない。

こんなたこ焼き臭をプンプンさせて地下鉄に乗り込む勇気はない。

すぐ近くにあるドトールに行けばゴミを捨てれるかな。ちょうどアイスコーヒーも飲みたかったし。

アイスコーヒーは冷たくて美味しかった。

ドトールに限らず、飲食店は持ち込み禁止だ。飲み終わったカップもゴミ箱に捨てるのではなく棚に置いて戻す。

棚にたこ焼きのゴミを置いて帰るのは、なんだか憚られる。

結局ドトールでもたこ焼きの抜け殻を処理出来なかった。

いつまでもサボっているわけにはいかない。不自然にならないくらいの時間で仕事場に戻らねば。

地下鉄の中にゴミ箱はあったっけ? あったような気もするし、なかったような気もする。記憶は定かではない。

改札を抜けてホームへ降りる。ゴミ箱はなかった。そうか。

電車が来た。

カバンに入れてしまうことも考えたが、ネックになるのはソースとマヨネーズだ。どう考えてもカバンの中が汚れてしまう。単純に嫌だ。いや、めっちゃ嫌だ。どうしよう。

考えた結果、僕は容器と包み紙をできるだけ小さく握りつぶして両手の中に包み込んだ。

完璧に手の中は密封空間になっている。おそらく匂いが漏れることはないはずだ。

僕の両手は永遠を誓った恋人のように固く結び合わされている。はたから見れば祈りを捧げているように見えるかもしれない。

でも中身は、ソースとマヨネーズまみれのゴミだ。

電車が揺れる。その瞬間、僕の指と指の間に小さな隙間が出来た。

溢れ出すソースとマヨネーズの匂い。

目の前にいた女性が露骨に嫌な顔をした。

しかめた眉がたこの脚のように曲がりくねっていた。

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