クッキー

クッキーモンスターって名前は直球過ぎではな
いだろうか。財布につけたストラップをみて思
う。買ってから3年目にはいる自転車をひいて
歩きながらかんがえているといつもの自転車屋
につく。自転車のブレーキはききにくくなり、
タイヤはすり減って内側のチューブが見えてい
るほどになっていた。店に入り見慣れない女性
の整備士がいつもきたときのように、

「どうしましたか?」と聞いてくる。

新しい人が入ったのかなんて思いつつ、チューブの交換とブレーキなどの点検をお願いする。「しばらくお待ちください」とベンチへ案内され、またすこししてから呼ばれた。チューブ交換の説明が終わり、レジの前に案内されていると時、不安だったブレーキのことをきいてみる。「ブレーキは大丈夫でした?」分かりやすく驚いたかおをして「あっ、」と言うと今度は少し気まずそうな顔をした。

「忘れてました。ごめんなさい。 急いでやりますね。」

早口で何度も頭を下げられるからこっちまで申し訳なくなる。

それからすぐにブレーキをみてくれた。今度はベンチで待っていることはなく何となく作業を眺めていた。謝られた後の気まずさからすこし関係のない話をふる。

「女の人で整備士なんて珍しいですよね」

こちらに少し目を向けて

「派手な仕事じゃないし、 色気の欠片もありませんからね。」

と作業を続けながら答えてくれる。

「手に油がついたりチェーンさわって怪我したり大変じゃないですか?」

「そうなんですよ!この仕事目指してからずっと女の子らしいこともしてなくて、仕事ばっかりで彼氏も作り損ねて。」

話すのが好きなのか年齢が近いからか込み入った話までしてくれることに驚いた。作業をしているからかよほど深刻なのか真剣な顔で答えているから少し笑ってしまう。

「かわいいしモテそうですけどね。」

我ながらなんて陳腐な言葉なんだろうと思い言ってから少し後悔していると、 

案の定

「ナンパですか?」なんて笑われた。

「確かに女の子がやるには魅力の薄い仕事ですけど、悪くはないですよ。」

それに、 といって立ち上がった後、

「女の整備士もかっこいいでしょ?」

と自慢げな顔をしてすぐにもとの顔に戻る。

「大変お待たせしました、こちらへどうぞ。」


今度こそレジへ行き財布を開く。

「Friend is someone to share the last cookie with.」

このとき僕はなんといってたかうまく聞き取れなかったがあとからきいたらそう言っていたらし
い。僕は思わず「え?」といってしまう。

「その青いキャラクターの台詞にあるんですよ。」
そこまで言ったところで会計が終わり自転車を
店の外まで運んでくれる。

「ありがとうございました。」

「ご迷惑お掛けしました。」

最後まで謝られて終わってしまうのが嫌だったので

「かわいいって言ったの、あれ、ナンパってことでいいですよ。」

初対面にしては柄にもないことを言ったかとも思ったが、頬が熱くなるのを感じ逃げるように力強く自転車をこいだ。その数日後あまり経たないうちにまた会うことになった。


大学の飲み会が終わった後僕はたまに駅から家に帰るまでにある公園に寄ってからかえる。遊ぶわけでもなくベンチに座って干渉に浸るだとか音楽を聴くだとかそういったことをするわけではい。 吐き気をもよおして少し休憩するだけだ。その日も僕は公園に寄って行った。駅を出ると小雨が降っている。幸い公園には屋根のあるベンチがあった。誰もいないのをいいことに自転車を近くに止め、倒れこむようにベンチに寝転んだ。仰向けになると少し楽になったが落ち着いたからか急に胃から込み上げてきた。えずくが空気だけが出て喉の奥が酸っぱく感じて咳き込む。涙が出た。

「大丈夫ですか?」

「大丈夫です?」

突然の女性の声に誰なのかと言う思いから疑問をなげかけるように答えてしまう。

「泣いてませんでした?」

「まあ、はい。」とそっけなく答える。

「何かあったんですか?」

初対面であるにも関わらずここまで聞いてくるものかとも思いつつも吐き気は消えていたから体を起こしながらこたえる。

「普段泣くことなんてないんですけど 、 」

と話したところで外灯に照らされうっすらと見え
る見覚えのある顔に気づいて、

 「この前初めてのナンパに失敗してしまったのが悲しくて」

 と自分で笑ってしまいそうなのをこらえながら言
う。自転車を整備してくれた女性だとわかったからだ。

「それはごめんなさい。 」

と彼女は笑いながらこたえた。彼女はすでに僕に気づいていたらしい。ごめんなさいと言うのは気づかなくてなのか、お断りという意味なのか考えてしまう。もちろん後者でないと信じるしかなかった。「あ!じゃ!」といってポケットからなにかを取り出し手渡してくる。


「じゃあっていってなんでクッキーなんですか?」

渡されたそれをみて突然のことに笑うしかない僕
の質問に彼女はあのときと同じ自慢げな顔をし
て自信満々にこたえる。

「Friend is someone to share the last cookie with.だからですよ。」

「クッキーモンスターの台詞でしたっけ?そのクッキーがなんちゃらってどんな意味なんですか?」

「最後のクッキーをわけてあげられる人が友達。 って意味だったと思います。」

自信なさげな答えに英語が得意なわけではないのかとわかるが、嬉しそうな顔をしながら「ちゃんと最後です。」と言ってポケットを軽く叩いてポケットに何も入っていないことをアピールしている彼女を見た後、僕は、いただきます。とだけ言ってすぐにそれを口に入れた。甘さが口に広がりバターの香りがすっと鼻を抜ける。

「そろそろ遅いし帰りましょうか。」

そういってベンチから立ち上がると雨はすでに上がっていた。家の方角が同じだったらしく公園から近くのコンビニまで歩きながら話していると、

「本当はなんで泣いていたんですか?」

なんて痛いところをついてくる。吐きそうになって泣いていたと説明すると「大学生だな〜」なんて呆れられる。「男の涙もかっこいいでしょ?」なんて苦し紛れのフォローをするも「ゲ口は別でしょ」とバッサリ切られてしまう。

明確にいつから友達かと聞かれて答えられる人は
ごく少数であると思うが僕と彼女はその日友達
になった。その後僕が彼女の2歳年下であったこととやけにセサミストリートに詳しい理由などがわかったり"友達"ではなくなったりするのだが、今も最後のクッキーを分けてあげられる人であることに違いはない。

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