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余裕のある人。

雨の日って楽しい。

今日の天気は雨。

雨の日は好きだ。良い。音がいい。

こんな日は、家の中で暖かくしながら、大好きな新居昭乃さんや青葉市子さんの曲を聴く。

中でも”きれいな感情”や”Sagu Palm's Song ”はお気に入りの曲だ。
是非おすすめしたい。

あとは美味しいお茶とお菓子もあればそれだけで完璧な一日になる。

最近お誕生日にもらった、これまたお気に入りのカワウソちゃんマグカップに紅茶を注ぐ。
クッキーはムーンライトを用意しようか。
これがとてもおいしいのだ。

そして好きな曲を緩くかけて、雨の日のオノマトペを楽しむ。

ぱたぱた、ぽたぽた、ぽとぽと、
ぽたんぽたん
ぴちょん、ぽちゃん、ぱらぱら
ぱしゃん、ばしゃばしゃ、ざばざば、
ちゃぽちゃぽ

雨の日のオノマトペはこんなにも優しくて可愛いに溢れてる。

そういえば、幼い頃、下校中に水溜まりで遊ぶのが楽しくて、よく長靴を履いてお気に入りの傘を差して水溜まりを闊歩したものだ。

なるべくでかくてちょっと深めの水溜まり。

下校中に靴下が濡れた時の私は無敵だった。

アマガエルを捕まえるのに必死になったりもできた。

アマガエルから見たら私はきっと死神に見えていたことだろう。

もちろんカエルは生きている。

ぴょこちゃんという名前をつけたりもしていた。かなり安直だ。

もう靴下がびちゃびちゃだから、いくらでも水溜まりで遊べるのだ。

なんなら、水溜まりの上でカエルみたいに跳ねてやる。
ゲコゲコ。ゲコリ。

お母さんに叱られても構わない。

その時にしか楽しめないのだから。

ぴょこちゃんとわたし


色々と忙しない、生き方の中でこういう穏やかな時間とそれを楽しむ事は結構大切だと思う。

休みたい時は休んで、動ける時に動く。
そういうのでいいのだ。

自分の目に映るものは自分だけの絵画になる。
ゆっくり自分の世界を鑑賞するように時間を過ごすのだ。

生き急ぐ必要なんてない。
カタツムリくらいゆっくりでもいいじゃない。

今までの私が生きる事に焦ってたから
今はゆっくり生きることを心がけてる。

ゆっくり生きるコツは日常の中でちょっとした優しさを見つけることだ。

オノマトペでも何でもいい、

綺麗な花だなぁ  ふわふわ
春の匂いがするなぁ  ぽわぽわ
陽の光は暖かいなぁ  ぽかぽか
風が心地いいなぁ  ひゅーひゅー
木漏れ日眩しいなぁ  さわさわ
雨上がりの地面の匂い好きだなぁ  じとじと

とか色々ある。ひらがなって可愛い

晴れの日に家に居るなら窓を開けて換気するのも清々しいだろう。

昔の日本人は四季折々に美しさを感じて、それを文化として楽しんでいたのかなぁ。

その感性や誠にあっぱれである。

ちなみに私は夏が好きだ。

などと。

普段なら忙しくて目を向ける暇がないけど、そういう穏やかなやんわりとした時間を持つことで、自分の悩みがふわふわと空に飛んでいく。

いくら重苦しく考えていても、この地球できっと私の悩みなど本当は空気より軽いのだろう。

ここに私のちっぽけな悩みを置いておこう。

年齢だけ大人になってきて思うのだが、周りの大人たちは、幼い頃の純粋さはどこに置いてきたのだろうか。

私は今でも木に登ることも川で泳ぐことも、広い芝生を走り回ることも全然やるしむしろ大好きだ。

ガチャポンで狙っていたものが出たらその後ご機嫌で過ごせるし、公園の遊具だって全力で楽しんだりする。

みんなもやればいいのにくらいに思ってる。

でも、みんな恥ずかしそうにしたりする。

そういうものなのか。

大人というものは大変だなぁ。

大人になることで、私は楽しむ事をやめたくないなぁなんてぼんやり。

そのうち私もいい年こいて。と言われる年齢になっていくのかぁ。

これが許されてるのも私がまだまだ幼いからなのだろう。

今になってクレヨンしんちゃんのオトナ帝国を今見直すと感慨深い気持ちになる。

でも、いつになってもガハガハ笑ってやるのだ。しょうもない事で笑って過ごしてやるのだ。

仮にいつか自分が家庭を持つ時が来たら、自分の伴侶や子どもの笑顔が絶えないようにしてあげたい。理想。

そして自分の子どもに、
無理に大人になろうとしなくていいよと。
あなたはあなたらしく生きなさい。
そう言ってあげれる大人に私はなりたい。

そんな気持ちも悩みも今日のしとしと雨に一旦流してもらおう。

これが投稿されている頃には、きっと晴れている。

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