見出し画像

制作期間2年半、『全裸監督』で挑んだ新しいクリエイティブのかたち

坂本和隆(Netflix コンテンツ・アクイジション部門 ディレクター)
(撮影:藤原江理奈)

はじめまして。ネットフリックスで日本発実写オリジナル作品のクリエイティブを統括している坂本和隆です。

8月8日、いよいよ『全裸監督』が全世界190カ国に配信されます。

このドラマに取り組んだ2年半は、楽しくもいばらの道でした。

たくさんの議論を重ね、衝突もありました。それでも、スタッフ、キャストが全員一致で、「日本発で面白い作品をつくる」というゴールに向かっていたから乗りきれた。ここでは、そんな制作の裏側を明かしたいと思います。

はじめに少しだけ自己紹介をすると、僕は2016年にネットフリックスに入社し、これまで、『火花』『DEVILMAN crybaby』『リラックマとカオルさん』などを製作してきました。

今回の『全裸監督』は「AVの帝王」村西とおるを描くシリーズ。特別に思い入れのある作品になりました。

村西とおるは、前科7犯、借金50億――。破天荒な人生です。1980年代、ビニ本と裏本で富を築くも、指名手配されて逮捕。その後、黎明期のアダルトビデオ業界に殴りこみをかけ、ハワイで撮影中にまた逮捕。アメリカで懲役370年を求刑されます。

もともと、日本のAV業界を真っ向勝負で描いてみたいと思っていました。日本には、『ブギーナイツ』(ポール・トーマス・アンダーソン監督)みたいな、ポルノ産業の裏側を描いたドラマがあまりない。産業としては大きいのに、コンプライアンスなど、いろいろな理由から避ける空気があるんじゃないか、と。

『全裸監督』のキャッチコピーでもありますが、裸の交わりの世界の話は、いわば「人間まるだし」。普遍的でリアルな、深い人間ドラマが描けると思ったんです。

では、いまの世の中に送り出す作品として、80年代のAV業界をどう描くのか。男性からの一方通行な視点では、時代に合いません。企画を進める大きな原動力となったのが、村西の人生を変えたAV女優・黒木香の存在です。

国立大学の学生だった黒木香は、村西とつくった『SMぽいの好き』でデビューします。テレビの討論番組やバラエティー番組に出演し、本も執筆。女性の視点からセックスについて堂々と語り、一躍「時の人」になりました。

黒木香はなぜAVの世界に入り、何を思ったのか。村西一人ではなく、彼女のストーリーを描くことが非常に重要でした。

女子大生の恵美(森田望智)は、厳格な母(小雪)のもとで、本来の自分を押しこめていた。やがて「黒木香」としてAVデビューする

『全裸監督』の撮影で使用したほら貝。実際の『SMぽいの好き』で使われたもののレプリカ。『SMぽいの好き』では、モザイクで視覚が制限されることを逆手にとり、ほら貝を吹くことで快感を表現した(撮影:藤原江理奈)


キャスティングが決まるまで

この題材ですから、制作はなかなかスムーズに運びません。

一番大変だったのはキャスティングです。いったい誰が村西とおるを演じるのか。僕は当初から、山田孝之さんしか考えていませんでした。

山田さんはすぐにポンッとネットフリックスのオフィスに来てくれて、まだ脚本もないなかで引き受けてくれました。これは本当に大きかったです。

山田さんは1言えば10わかるような方。村西さんと実際に会って人物像をインストールし、真似るのではなく、自分のフィルターを通してアウトプットする。現場ではカメラテストで演技を変えながら、本番にベストをぶつけてきます。吸収力も対応力もずば抜けて高く、尊敬しました。

黒木香役はなかなか見つからず、長期オーディションの末、撮影ギリギリの段階で森田望智さんを抜擢しました。彼女を演じるのは、なるべく色のついていない、フレッシュな人にしたかったんです。

出演者の方たちと、どういう作品、キャラクターで、物語はどんな起承転結なのか、丁寧にお話ししました。満島真之介さんや玉山鉄二さん、小雪さん、石橋凌さん……、何人もの方がオフィスに直接来てくれた。覚悟がないと取り組めない題材ですから、一人ひとりと正面から向き合ってキャスティングしました。

村西とおる(山田孝之)は、チンピラのトシ(満島真之介)と出版社社長の川田(玉山鉄二)と出会い、会社を設立する

半年くらいかけていろいろな俳優や事務所の方とお話をして、結果的に、日本を代表するすばらしい実力派の方々が集まってくださった。「この俳優がこういう役を演じるんだ!」という配役がたくさん見られると思います。

チームでつくりあげた脚本

脚本は、4人のチームで1年間をかけてつくりました。

日本のドラマの場合、一般的に、一人の作家のビジョンによってつくられます。一方アメリカでは、複数人のアイディアを活かしたほうが面白いという“信仰”がある。シリーズ化を視野に入れたとき、一人では限界もあります。今回はチーム制にチャレンジしました。

最初に、ネットフリックス作品の『ナルコス』に携わった脚本家をアメリカから呼び、ワークショップを開催。山田孝之さんも参加して、みんなで一緒に世界観を構築しました。

『ナルコス』の脚本家、ジェイソン・ジョージを招いたワークショップの様子

『ナルコス』と同様、『全裸監督』で描くのは「アンチヒーロー」です。犯罪者の武勇伝を描くわけではありません。肯定することが難しいキャラクターにどう興味を持ってもらうか、具体的に議論しました。

また、それこそ『ブギーナイツ』のように、複数のキャラクターの視点で展開するストーリーにしています。山田さんに「主演だけど、村西があまり出てこない回もある。それくらいまわりのキャラクターを厚くしたい」と伝えたところ、「僕もそういうのをつくりたかったんですよ」と二つ返事でOKでした。

原作『全裸監督』(本橋信宏著)にはない、オリジナルストーリーも描いています。

たとえば、昭和から平成に変わるなかで、警察がAV業界の一斉摘発に動いたりした。そこにはドラマがあったんじゃないかと。そういう視点から、リリー・フランキーさん演じる、わいろをくすねながら逮捕するような、くせ者の警部役が生まれました。

チームで脚本を書くにあたっては、一人ひとりが持つ村西とおる像が少しずつ違うので、イメージを共有したり、台詞の雰囲気を統一したりするのに時間をかけました。

一つの細かい議論が、4時間くらい紛糾したこともありました。お互い、かなり辛辣な意見を言い合うこともある。みんなで意見を吐きだすことで、アイディアが一段階、また一段階と上がっていく。複数人の発想をぶつけ合うことで生まれた面白さ、ダイナミックさがあると思います。

監督・脚本の内田英治さんが言うには、「100稿」。大変な作業でも、「クリエイティブファースト」だからチームワークが成立しました。作品のクオリティーが低かったら、けんか別れしていたかもしれません。

セックスシーンをどう描くか

進行面では、クオリティーを担保するための予算を用意し、約3ヵ月で撮影しました。日本の制作現場は、短期間の撮影日程を組み、長時間の労働を行うケースも多い。ネットフリックスでは、よい作品をつくるために、1日10時間以下の健康的なスケジュールを守るようにしています。

いざ撮影にあたっては、ロケ地を探すのも一苦労でした。「甲子園球児とバスガイドのAVを撮るグラウンド」なんて、なかなか使用許可が下りません。

撮影でとくに議論を重ねたのが、ストーリーのエンジンになるセックスシーンです。

ストーリー上、そのシーンを本当に描く意義があるのか、どれくらいの尺が必要なのか、総監督の武正晴さんとシーンごとに話し合い、編集をしています。中途半端に隠したり、シーンを短くしたりしたら、この作品のテーマを正面から描くことはできません。

ちなみに、僕が一番好きなのは、ハワイでセスナ機に乗った村西が、窓を開けて叫ぶシーン。ここは合成じゃダメだと思い、実際に撮っています。ヘリコプターをセスナ機に並行させて撮るのが大変で、撮れた映像を見たときは感慨深かったです。

ハワイでの撮影風景

ハワイでの空撮ロケハン

撮影監督は、北野組や三谷組、三池組などで活躍される山本英夫さん。山本さんは、画角の切り方、フィルムの質感……全部頭の中に画ができている人なんです。現場でのカット割りの判断がとても早くて、映画のクオリティーを連続ドラマのスピードで撮れる。山本さんだから、約3ヵ月間の撮影で、8話を通じてリッチな絵をつくれたと思います。

ビジュアルイメージをつくるうえでは、“化学反応”がほしいと思いました。僕は1982年生まれなので、80年代という時代の記憶がほとんどありません。だから、80年代をリアルに再現したドラマをつくることに、興味が湧かなかった。異質な要素を加えることで、いまの時代のフィルターを通した80年代をつくりたいと思いました。

新宿歌舞伎町の一角を丸ごとセットでつくりあげた

セット内にある、村西のビデオプロダクション、サファイア映像の本拠地

そこで美術は、『ロスト・イン・トランスレーション』をはじめ、日本と海外の合作を多く担当される中西梨花さんをアメリカから呼びました。『進撃の巨人 ATTACK ON TITAN』や『忍びの国』などで美術監督を務めた清水剛さんをはじめとする日本を代表する美術チームに、ハリウッドで仕事をしてきた中西さんが入られた。それによって、家具のデザインや装飾の色の表現など、“スパイス”が加わったと思います。

音楽は、岩崎太整さんと徹底的に話し合い、80年代の流行歌などを使用するのではなく、洋楽を中心につけました。衣装のスーツも、80年代らしいダボダボのスタイルにはあえてしていません。『キル・ビル』などで活躍された小川久美子さんのセンスで、タイトなスーツを選んでいます。

そして武監督とロサンゼルスへ行き、デヴィッド・リンチのカラリストと10日間かけて、最終的な色の調整をしました。これにより、求めていた色の世界観が実現しています。

80年代、バブル期の空気を表現

いま、エンターテインメントは変革期

ネットフリックスのよさは、一つのプラットフォームで一気に世界に出られるところ。日本で作った作品に28カ国語の字幕と12カ国語の吹き替えを準備し、世界中の人たちが同じタイミングで視聴します。

僕はここ2、3年のうちに、全世界でクリエーターのヘッドハンティングが過熱すると思うんです。世界を舞台に、いまだかつてないほど早く、才能が発掘される。

山田さんがおっしゃっていたことですごく共感したのが、「海外へ出て行かなくても、本当に面白い作品をつくれば、おのずと向こうから来る」ということ。いま、エンターテインメントは変革期にあると思います。

視聴者もつくり手も、新しいものをすごく求めている。現状に飽きてきている。『全裸監督』は、みんなが新しいものを求めて、砂漠で水を探すかのように集まったチームでした。

見た人がどう感じてくださるのか、緊張しながらも、すごく楽しみです。

使用した台本 (撮影:藤原江理奈)
■プロフィール
坂本和隆(Netflix コンテンツ・アクイジション部門 ディレクター)
日本発の実写オリジナル作品のクリエイティブを統括。2016年に入社後、『DEVILMAN crybaby』『アグレッシブ烈子』『僕だけがいない街』などさまざまな作品を手がける。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?