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丘田ミイ子の【ここでしか書けない、演劇のお話】

今月から月1でコラムを書かせていただきます、演劇ライターの丘田ミイ子です。
自己紹介に代えて少し身の上話をさせていただきますと、私は演劇に関する取材や執筆を中心に行っていながら、これまで自身の肩書きを「演劇ライター」と定義したことがありませんでした。そんな中、今回あえて「演劇ライター」と名乗ってみたことにはこんな訳があります。

演劇は“通”だけのものではない

「演劇ライター」と聞いて、みなさんはどんなイメージを持たれるでしょうか。
演劇を学んでいた人、その歴史や最新情報に詳しい人、毎日のように劇場に通い、ものすごくたくさんの公演を観ている人、あらゆる劇作家の戯曲を読み込んでいる人……。
実際多くの演劇ライターの方は、少なくともこのいずれかには当てはまるのではないかと思うのですが、私はこのどれにも該当しません。
劇場のない町で育った私が演劇を積極的に観るようになったのは上京し、社会人になってからのことでした。演劇を学んだことがないどころか、恥を忍んで申し上げると、シェイクスピアがイギリス人であることも、寺山修司が故人であることも、岸田國士戯曲賞の存在すら大学生になるまで知りませんでした。育児との兼ね合いもあり、一度も劇場に行けない月もありますし、私の本棚に劇作家の戯曲集は四冊しかありません。
と、ここまで書いて「そんな人が演劇ライターと名乗っていいのか!」とお思いの方がいても何もおかしなことではありません。むしろ、誰でもなく私自身がそんな引け目からこれまで「演劇ライター」と名乗ることを避けていました。だけど、そんな私でも現に演劇の取材や執筆をしている。演劇についてこうして語っている。他者から「演劇ライター」と呼ばれることさえある。自分の経験や知識の浅さを詳らかにしてまで私がまず伝えたかったのは、演劇は演劇に詳しい人のためにのみあるものではないということ。そして、これと同じようなことが演劇を観に行く時に起こっているのではないかという懸念です。

難解なのではないか。
理解ができないのではないか。
素養がないと、楽しめないのではないか。

ハイコンテクストな表現と思われがちな演劇にはそんなイメージが付き物で、そういった魅力に心を打たれることももちろんあります。だけど、それだけが演劇なのであれば、私は今こうしてこんなコラムを書くまで演劇に魅了されてはいません。演劇は“通”のためだけにあるのではなく、全ての“観客”に拓かれたものだから。
そんな私信とも言える思いから、この連載では演劇に詳しくない方や演劇を観たことのない方にこそ「劇場に行ってみようかな」という気持ちになってもらえるような内容を幅広く、なるべくフラットにお届けできたらと思っています。
演劇媒体は往々にして「プレイガイド」と呼ばれている通り、対象作品の“ガイド”を前提に、劇作家や俳優へのインタビューや稽古場のレポートが掲載されることがほとんどなのですが、なんとも珍しいことに!この「おちらしさんWEB」には!「対象作品」というものが取り決められていません。それはつまり、語るテーマの自由度が高いということでもあります。そんな他にはない媒体の強みを最大限に活かして、いろんな角度から演劇のお話ができたらと思っていますので、どうぞ気軽に読んでいただけたら嬉しいです。

演劇に誘う理由はシンプルでいい

さてさて、初回ということで前置きが少々長くなってしまったのですが、今回のテーマはズバリ、【演劇に縁のない友人への観劇の誘い方】です。
観劇のハードルがますます上がりつつある舞台芸術業界では、新たに演劇にハマる観客の方の存在はとても重要! そう感じた私が最近観劇の折に密かに行っていることが、演劇に行ったことのない友人や家族を観劇に誘ってみるということ。今日は、その時のエピソードや作品やカンパニーの選び方を中心にお話できたらと思います。

「演劇に芥川賞なんてあるんだ!」
これは、昨年の岸田國士戯曲賞の発表の折に、東葛スポーツ『パチンコ(上)』(作・演出:金山寿甲)を一緒に観に行った友人からきたLINEメッセージの文面です。
彼はファッション業界で働いている人で、演劇を観に行くことは滅多になかったのですが、私がそんな彼を名指しで東葛スポーツに誘った理由はシンプルに「ラップがめちゃくちゃ好きだから」でした。演劇的文脈やカンパニーのカラー、物語のあらすじなどの前情報は一切伝えず、「ラップ好きなら楽しめるかも!」と誘った結果……どハマり。インスタグラムのストーリーに「すげーもんみた!」とよりシンプルな言葉とともに会場の写真がアップされていた時の喜びたるや、本当に誘ってよかったと思いました。
観劇後に感想を共有し合う中でさらに印象的だったのが、「劇場が演劇にするんじゃなくて、演劇が劇場にするんだと思った。ものづくりと一緒だね」という彼の言葉でした。東葛スポーツの会場の特性や作品の強度がそう思わせたことは言うまでもないのですが、その言葉の前半に私は演劇そのもののクリエーションの深みを改めて痛感させられ、後半に彼個人が見つめた演劇の風景、その人ならではの演劇への眼差しを感じたのです。それは、私にとってもまた新しく、豊かな観劇体験でした。『パチンコ(上)』という作品における出自を巡る題材、私小説的趣のあった内容についてもいたく感銘を受けていた彼を見て、むしろ前情報などは蛇足なのかもしれない、ステージからその人が受け取る情報や余韻で充分なのだ、それが全てなのだ、とも感じました。そして、何より嬉しかったことは、そんな観劇体験の興奮が一度限りでは終わらず、彼が次の公演『ユキコ』で同じくファッション業界で働く知人に声をかけて観に行く約束を取り付けていたことでした。その時の誘い文句は「ラップ」だけではなく、上演されている場所でもありました。彼が誘った友人は会場のある北千住が地元で、「ここでラップの演劇なんてやっていたんだ!」という驚きも決め手となったそう。かくして、私と彼とその友人はそれぞれ全く別の文脈から同じ劇場に辿り着くことになりました。

「東葛スポーツ岸田戯曲賞取ったよ!」
「岸田戯曲賞って何?」
「演劇の芥川賞と呼ばれている賞だよ」
「演劇に芥川賞なんてあるんだ!」

こんな風に東葛スポーツの岸田戯曲賞受賞の喜びをまさかな人物たちと分かち合うことになるとは! 演劇って、時にこんな面白いことが起こるのです。「敷居が高い」と思われがちだけれど、誘い方一つで互いの間口や世界が広がり得るのが演劇だったりもするのです。

そして、この経験で私が学んだことはマッチングの重要さでした。誘う理由は複雑でなくてよく、前情報もそんなに必要はない。ただ、その人と演劇の間に何かしらのフックとなる要素があることがキーなのだと感じました。この経験で喜びに味をしめた私は演劇と友人をマッチングさせることに精を出し始めます。その一つ一つを挙げたい気持ちはやまやまなのですが、せっかくなので、ここからはこれから上演される予定の作品をテーマにお話したいと思います。

無料配信映像を予告として使うべし!

コロナ禍を経て、演劇の記録や発信において主流になりつつある映像配信。基本的には上演と同時期か少し後に有料で配信されるものですが、カンパニーや劇場サイドが折に触れて過去作品を無料で公開するということもあります。これも実はチャンス。演劇に誘う際に「こんな作風だよ」と相手にお知らせができるので、私は時々そのリンクを友人や家族に送ってみるようにしています。というのも、演劇の敷居の高さの一つには、「得体のしれないものにそこそこのお金を払うのがこわい」という気持ちがあると思うのです。しかしながら、演劇は映画と違って予告や特報がない。あったとしても、「ライブであること」そのものが売りである演劇の本領を映像にまとめるのはそもそも難しく、また、創作の特性上、完成したものを編集して発信するにしても、その頃には上演間近or始まっている場合がほとんどであり、映画のそれらほど動員効果を持たないという現状もあります。そんな時に過去作の無料配信映像は意義深いものになります。もちろん、誘う相手の好みの把握や関係性が前提にはなりますが、見るか見ないかは相手に委ねればいいことなので、押し付けがましくならないように配慮しつつ「とりあえず送ってみる」というアクションはあってもいいのではないでしょうか。
現に私は今月、あるカンパニーの過去作の無料配信映像を観た友人とその新作を観に行きます。それは、7月12日より下北沢のOFF ・OFFシアターで上演される東京にこにこちゃん『シュガシュガ・YAYA』(作・演出:萩田頌豊与)。ローチケ演劇宣言!において特集が組まれた際に3本の過去作が無料配信されていたので、なんとなく「好きかも」と直感した友人にそのリンクを送ってみました。“ハッピーエンド”を大声で謳うといったカンパニーの特色もまた決め手として大きく、過去作に心を打たれた私が「演劇に対して堅苦しい・小難しいというイメージを持っている人にこそオススメしたい」と思ったことも理由の一つでした。友人からは「現場で見たかった」という好反応が得られたので、そうとなれば、あとは「現場に行こう」と誘うのみ! そんなこんなで映像でその演劇の存在を知った友人は、数日後初めて東京にこにこちゃんの本領を見届けることになります。こんな風に劇場に行かずともきっかけになり得るのであれば、やはり配信映像も誘いの一手なのではないでしょうか。

ただ、有料で上演したものを映像ではあれども無料で公開する、というのはカンパニーサイドの意向あってのこと。演劇をめぐる興行の状況が決して穏やかなものとは言えない中で、そのような形式をとるカンパニーに敬意を表すとともに、あらゆる事情でそれを選ばないカンパニーの意向もまた尊重されるべきだとも思います。

迷ったら、まずテアトロコント!

演劇の敷居の高さや人への誘いにくさはお金だけが理由ではありません。上演時間の長さもその一つ。楽しめるかわからないものに移動込みで3〜5時間を費やすのは結構勇気がいることですよね。だからと言って、上演時間のコンパクトさだけに気を取られ、闇雲に作品を選ぶのも賢明とは言えません。
そこで私がオススメしたいのは、もはや私が推すまでもなくすでに多くのファンを誇る、渋谷コントセンターによる「テアトロコント」。コントと演劇の競演とその異色混合の化学反応によって創出される新ジャンルをコンセプトに、演劇枠とコント枠の演者が各30分間のショーケース形式で同じ舞台に立つ公演です。「一度でバラエティに富んだ短編作品を複数観られる」というのも大きな魅力ですが、“お笑いと演劇のクロスポイント”といった点で誘いやすさも抜群。「コント」と銘打ってあるように「笑い」の要素が強い公演なので、「ちょっと笑いに行こうよ」といった感じで気軽に人に推しやすいのです。かつ定期公演なので、スケジュールと出演者のラインナップを見ながら、いつのどの回に行くのかを話し合うのも楽しい。出演するカンパニーやユニットも3〜4つあるので、全部と言わずとも好みの劇団や芸人さんとの出会いにも一役買えるかもしれません。ちなみに7月28日(金)29日(土)の2日間は、去る本公演『瀬戸内の小さな蟲使い』で口コミから大きな話題と人気をさらった桃尻犬(作・演出:野田慈伸)が初登場。なんといっても、通常2時間程度の演劇をつくっている劇団がテアトロコントの仕様に合わせて30分の演劇ないしはコントをつくるということ。その試みは演劇の入り口にもぴったりな気がします。

桃尻犬『瀬戸内の小さな蟲使い』舞台写真

「唐揚げ食べに行かない?」が演劇の誘い文句になる?!

もう一つ、直近に上演される作品で「演劇に縁のない人こそ誘いたい!」と思った公演があります。それは、艶∞ポリス(主宰・作・演出:岸本鮎佳)の新企画にして最新作。7月14日・21日・27日・28日の4日間上演される、艶∞ナイトポリスvol.1『生意気なからあげ』〜目黒川のほとりで観る演劇〜。
なんといってもこの企画の面白いところは、中目黒のRIVERSIDE CLUBという飲食店で公演が行われるということ。カフェやバーでの公演は時々聞きますが、この公演の一味違うところはタイトルに銘打たれている通り、「演劇を通して唐揚げをPRする」といった側面を秘めていることです。映画や演劇の食事シーンをみて、ついその料理が食べたくなる。この公演はそういった観客の気持ちから着想を得た企画であり、同時に、演劇をつくる側にとっては「演劇を観て唐揚げがどれだけ売れるか」、「演劇で商品PRは成立するのか」という挑戦でもあります。それは、「果たして演劇は営みにコミットできるのか」という生活との接続でもある気がしてなりません。演劇が特別なものではなく、身近なものであるために。そんな思いで上演される本作は、おそらく艶∞ポリスならではの喜劇の魅力が存分に詰まった、それでいて唐揚げのように手に届きやすい形にパッケージされた新たな演劇、エンタメの形であると思います。誘い文句の第一声が「演劇観に行かない?」ではなく、「唐揚げ食べに行かない?」でもいい。そんな公演があることは、今の演劇シーンにおいてとても意義のあることではないでしょうか。

演劇ライターだって、教わることばかり

さて、ここまで私は演劇に誘う側の立場としてお話をしてきましたが、もちろん誘われる/教わる立場になることも多々あります。最後にそのエピソードを一つお話しいたします。
それは昨年のこと、敬愛する友人から「是非観てほしい!」と誘われ、初めてその存在を知ったあるカンパニーがありました。その名も劇団ドラマティックゆうや。CMディレクターとして活躍する泉田岳と俳優の田中佑弥の二人によるカンパニーで、出演者も二人きり。私が初めて観た第五回公演『不幸の光』は、画家のクリスチャン・ラッセンが来日し、俳優の男がインタビューを行うシーンから始まるのですが、そこから短編を紡ぐような形で実に100分間、たった二人の男があの手この手でラッセンに、世の芸術や表現に喧嘩を売り続けるようなシニカルな作風でした。しかし、いざ終わってみると、それは、ラッセンを含む全表現者を抱きしめ離さぬ100分でもありました。皮肉とユーモアの原料が愛であると知った時、私の身体は笑うよりも泣くことを選んでいて、観終わると同時にとても悔しくなったのを覚えています。それは、「もっと早く知りたかった」という悔しさでした。劇団ドラマティックゆうやの公演は基本的に1年に1回。クリエイトとアートの狭間から手を伸ばし、ともすればその壁をぶっつぶすかのように一年に一度の週末に流星の如く劇場に現れる劇団です。6月に上演された第六回公演『星の戦い』もまた、『不幸の光』同様、表現や芸術の果てしなさやのっぴきならなさがコミカルに描かれていて、カンパニーの指針や魅力をまた一つ感じることのできる作品でした。1年待ち望んだ新作をその友人と予定をすり合わせて観に行く。その後、近くのカフェや居酒屋で感想を語り合って、「また来年行こうね」と手を振り合う。そんな1日は、今後も私の年間の恒例行事として続いていくのだと思います。(できればもっと頻繁に観たいけれど!)。しかしながら、観劇はこうしてライフワークにもなり得る。そんなことを痛感する出来事でした。

詳しくなくても「好き」でいい

ところで、私に劇団ドラマティックゆうやを教えてくれたその友人なのですが、彼女もまた演劇に詳しいわけでも、ハイペースに劇場に通っているわけでもありません。偶然にも彼女とカンパニーの二人が旧知の仲で、「同級生がやっている劇団なんだけど」という触れ込みで私はその存在を知ったのです。だけど、私は彼女を「演劇が好きな人」だと思っています。「舞台に行くと、生身の人から放たれるパワーに圧倒されて、なんでもないシーンでもつい泣いちゃうんだよね」
そんな風に話す彼女の横顔からは演劇への愛が滲んでいると思うのです。
他にもまだ観ぬ演劇を人から教わる機会は沢山あります。例えば、シアタゴアーの方の熱いツイートやスペースを聞いて、「行ってみたい!」と劇場に足を運んだ作品は数え切れませんし、その観劇をきっかけに取材をしたカンパニーもたくさんあります。そんな風に私たちはみんなが等しく観客なのだから、誘ったり誘われたり、教えたり教わったりしながら、二度とはない演劇体験をともに重ねてけたらと思います。これを読んでくださった方の中にも「こんな面白い演劇があるよ!」があれば、ぜひコメントやメッセージをいただけたら嬉しいです。おそらく、半分以上の確率で私はその演劇を知らないはず。私にはまだ観ぬ演劇が星の数ほどあります。そして、そのことを恥ではなく、希望のように思っています。だって、「演劇に詳しいんだね」と言われるよりも「演劇が好きなんだね」と言われる方がやっぱり嬉しい。好きだから観る。好きだから書く。そんな風にシンプルに、これからもいち観客として演劇にまつわるエピソードをお話できたらと思っています。ではまた来月、Have a nice theater!

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丘田ミイ子/2011年よりファッション誌にてライター活動をスタート。『Zipper』『リンネル』『Lala begin』などの雑誌で主にカルチャーページを担当。出産を経た2014年より演劇の取材を本格始動、育児との両立を鑑みながら『SPICE』、『ローチケ演劇宣言!』などで執筆。近年は小説やエッセイの寄稿も行い、直近の掲載作に私小説『茶碗一杯の嘘』(『USO vol.2』収録)、『母と雀』(文芸思潮第16回エッセイ賞優秀賞受賞作)などがある。2022年5月より1年間、『演劇最強論-ing』内レビュー連載<先月の一本>で劇評を更新。CoRich舞台芸術まつり!2023春審査員。

Twitter:https://twitter.com/miikixnecomi
note: https://note.com/miicookada_miiki/n/n22179937c627

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