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バイオベンチャーの成功確率を上げる「カンパニークリエーション」という手法

米国において、バイオベンチャーに投資経験のあるベンチャーキャピタルは200社以上あるといわれています。その中には、バイオベンチャーのみに投資を行うベンチャーキャピタルもあれば、様々な分野に投資を行うベンチャーキャピタルもあります。

さらに、非常に若い創設期のバイオベンチャーに投資を行うベンチャーキャピタルもあれば、成長して上場を見据えるようになったレイターステージのバイオベンチャーに投資を行うベンチャーキャピタルもあります。

ベンチャーキャピタルの投資スタイルは様々

ベンチャーキャピタルが若いバイオベンチャーに投資を行う場合には、経営に深くかかわる必要性があるなど、様々な支援を行うために手がかかります。その代わりに成功すればリターンは大きくなります。

すなわち、ハイリスクハイリターンです。一方、成熟したベンチャーへの投資であれば、バイオベンチャーは自走できるだけの機能を備えているため支援は必要最低限で良いでしょう。また、投資案件としては相対的にローリスクローリターンといえるでしょう。

ベンチャーキャピタルには様々な投資スタイルがあり、その比較は単純にはできません。その時の株式市場が好調なのか? そうでないのか?、どんな医薬品に人気が集まっているのか? こういったことにも左右されますし、優れた案件との出会いにはセレンディピティという偶然の出会いも案外重要です。また、一つの特大ホームラン案件が、ファンドのパフォーマンスを極めて高く押し上げることもあります。 

とはいえ、バイオベンチャー専門で投資を行う米国の著名なベンチャーキャピタルは、高い確率で投資案件を成功させ、ファンドとしても継続して優れたリターンを出しています。

VCが主導してバイオベンチャーを設立する方法も

そして、近年、シード投資と呼ばれるバイオベンチャーの創設期に投資を行うベンチャーキャピタルの多くが共通して行っているのが「カンパニークリエーション(もしくはカンパニーフォーメーションとも呼ばれます)」という手法です。

すでに存在するバイオベンチャーに投資を行うのではなく、ベンチャーキャピタルが自ら主導して、ゼロからバイオベンチャーを設立する手法です。では、カンパニークリエーションはどのように行われているのでしょうか。 

カンパニークリエーションを行うにあたり、ベンチャーキャピタルはまず学会や論文、研究者ネットワークなどから起業前の優れた技術を見つけ出すところからスタートします。その後、起業準備として、技術を発明した研究者の先生と一緒に研究開発計画や事業戦略、資本政策などを練ります。

二人三脚でビジネスとして立ち上げていく

並行して、その技術が他の技術の特許に抵触していないかなど、技術の評価を行いながら、バイオベンチャーが技術の特許を自由に使えるように整理を行います。これらの見通しが立てばいよいよバイオベンチャーを設立し、ベンチャーキャピタルからシード投資を行います。

外部から社長となる人材を探してくることもありますし、初期の段階ではベンチャーキャピタリストが社長を務めるようなケースもあります。いずれのケースにおいても、いざ、投資を行ってからもベンチャーキャピタルは、設立したバイオベンチャーを深く支援しながら二人三脚で成長を目指していきます。 

成熟したベンチャーに投資をする場合と比較して、若いベンチャーに投資をすることはハイリスクハイリターンだと申し上げました。そのため、何もないところからベンチャーを作るカンパニークリエーションの方が、さらにハイリスクにも思えますが、実際はそうとも限りません。

カンパニークリエーションの利点は「再現性」

米国の著名ベンチャーキャピタルである、Flagship PioneeringやThird Rock Venturesは、自分たちで案件をコントロールすることができるカンパニークリエーションの特性を最大限利用して、再現性をもって同じ手法で何度もバイオベンチャーへの投資を成功させています。 

こちらの記事で書いた通り、ITの世界では時には投資した額に対して1,000倍やそれ以上のリターンが返ってくるようなホームラン案件が存在します。そのため、ITに投資を行うベンチャーキャピタルは、他の多くの案件で失敗したとしてもホームラン案件を一つ当てればファンド全体としては大きなリターンを得ることができます。

他方、バイオの世界ではITのように1,000倍になるような案件は、ほとんどありません。そのため、ベンチャーキャピタルは、ホームラン案件を狙うのではなく、投資する案件一つ一つについて成功確率を上げる必要があります。逆に言うと、それが可能であるのがバイオの領域なのです。

また、ベンチャーキャピタルは、すでに存在するベンチャーに投資をするのではなくカンパニークリエーションを行うことで、保有するバイオベンチャーの株式の持ち分を大きくし、エグジットの時に獲得するリターンの最大化を目指すことができます。 

カンパニークリエーションを行うときの7つのポイント

以下、カンパニークリエーションを行う上での重要なポイントを、成功確率の向上と、リターンの最大化の観点に分けてまとめます。

1. 技術リスクの前倒し
2. 不確実な要素を減らす
3. 経験のある経営者の採用
4. 臨床試験を見据えた疾患選択
5. 販売リスクの低減
6. 資本政策のコントロール
7. 効率的な資金の使い方

どうすれば成功確率を上げられるのか?

1.技術リスクの前倒し
バイオベンチャーは、基礎研究、非臨床試験、臨床試験と、ステージが進むほど必要となる研究開発費も飛躍的に大きくなります。先のステージに進むほど技術の改良や、それに伴う開発品の軌道修正が全体にもたらす影響は大きくなり、ひいては必要資金と時間を余分に割かなければなりません。

最初に時間をかけて進む方向をしっかり見定めないと、途中からの軌道修正には大きなコストがかかるのです。そのため、初期投資の段階で徹底的に技術を磨き上げ、入念な検証を行ってから、より大きな資金が必要なステージに進むことで、失敗するリスクを可能な限り前に持ってくることができます。 

2.不確実な要素を減らす
超えなければならないハードルが多すぎると、つまずく可能性も高くなります。画期的な技術ほど、まだ分かっていないことが多いものです。そのため予想外の障壁にぶつかるかもしれません。

さらに、開発する薬の対象として、病気の発症メカニズムが未解明な疾患を選んだりすると有効性をどんな指標で見たら良いか分かりません。このように様々な不確実性が掛け合わされると当然ながら成功確率が下がります。そのため、技術が新しいのならば、対象疾患はメカニズムが良く分かっているものを選び、かつ有効性も簡単に測定できるものにすることで成功確率を上げることが出来ます。このように、不確実な要素は、設立するバイオベンチャーの一番重要なポイントに絞ります。

3.経験のある経営者の採用
不確実な要素を減らすという意味では、経営陣の経営経験が未熟だと、不確実な要素となります。ある程度確立した研究開発のステップに沿って事業を進めていくバイオベンチャーでは、創薬の経験と知識を持ち合わせ、チームをまとめ上げられる経営者を採用することで、経営や運営のリスクを最小化することができます。

4. 臨床試験を見据えた疾患選択
臨床試験には、場合によってはバイオベンチャーには工面が難しいほどの大きな費用がかかります。そして多額の費用を費やしたとしても、失敗してしまうかもしれません。そのため、少数の患者さんで臨床試験を行うことが可能な希少疾患や重篤な疾患、診断基準が明確かつ有効性を判断する指標が確立されているような疾患、薬が良く効く患者さんとそうでない患者さんを層別化できるようなバイオマーカーが存在する疾患を選ぶことで、臨床試験の費用を抑えるとともに成功確率を上げることができます。

5.販売リスクの低減
承認された時に市場がないような医薬品を開発しても、バイオベンチャーとしての価値は大きくなりません。そのため、医薬品を創れば患者さんにとってのベネフィットになるような、例えば未だ医薬品が開発されていない領域(つまり競合他社がいない領域)を選ぶことが必要です。

また、バイオベンチャーは自社では販売部隊を持ちません。医薬品として承認されたとしても製薬会社へ導出を行い、販売してもらうことが必要です。そのため、最初からどの製薬会社が導出候補になるかを考え、場合によってはその製薬会社と一緒にカンパニークリエーションするようなこと、もしくは医薬品開発があるステージまで到達した時には買収してもらうような事前取り決めを行うことも考えられます。

リターンを最大化する方法は?

6.資本政策のコントロール
カンパニークリエーションでは、同じ技術を保有する既存のバイオベンチャーに投資をする場合と比べ、ベンチャーキャピタルが保有するバイオベンチャーの株式シェアは高くなります。数か月から場合によっては年単位の時間をかけて様々な事前準備を行い、自分たちで資本政策をデザインするためです。さらに、事業計画の中では、将来の必要資金額やそのタイミングなどもコントロールすることができます。これにより、エグジット時の保有株式数を大きくし、ひいては得られるリターンを最大化することができます。

7.効率的な資金の使い方
バイオベンチャーが医薬品を開発するには、大きな研究開発費が必要になります。1社のベンチャーキャピタルがその全てを拠出することは難しいため、エグジットまでのどこかのタイミングで他のベンチャーキャピタルからも出資を受けることになります。

一方、可能な限り資金を効率的に使うような事業計画を立てることで将来の資金調達額を減らすことができれば、ベンチャーキャピタルは自身の株式シェアの希薄化を防ぐことができます。つまり、資金をかけずに成長することが出来れば、ベンチャーキャピタルは自身の株式比率が高いまま上場を迎えるので、その分利益の割合も増えるのです。必要資金を減らす方法として、例えば、自社では必要最低限の研究開発人員のみを持ちアウトソースによるバーチャルな運営を行うことや、小さな臨床試験が可能な疾患を選択するようなことです。

経験とビジネス観点があるから、成功を再現できる

特に「どうしたら成功確率を上げられるのか?」という問いは、カンパニークリエーションに限らず、多くのバイオベンチャーにとって設立時に参考となるようなポイントです。しかしながら、過去にバイオベンチャーを成功させたことのあるシリアルアントレプレナー(連続起業家)ならばいざ知らず、大学の先生や研究者の方が初めてバイオベンチャーを設立する際には、これらの経験を持っているはずもなく、全てのポイントを抜け漏れなく網羅的に検討することは不可能です。

また、計画を実行するためには様々な知識やネットワークが必要になります。結果的に、いくつもカンパニークリエーションを行った経験を持ち、それができる能力を持ち合わせた一部のベンチャーキャピタルが再現性を持って、バイオベンチャーを成功に導いているのです。 

この続きは、ベンチャーキャピタルがカンパニークリエーションを行うためにはどんな能力が必要か。カンパニークリエーションが可能なベンチャーキャピタルの見分け方について、お伝えします。

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