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オーケストラの「最重要人物」・・・ヴィオラ!

新日本フィルnoteではダントツの情報量「岡田友弘《オトの楽園》」。《たまに指揮者》の岡田友弘が新日本フィルの定期に絡めたり絡めなかったりしながら「広く浅い内容・読み応えだけを追求」をモットーにお送りしております。今回は11月19日、20日に開催される「すみだクラシックへの扉」で取り上げられるパウル・ヒンデミットの協奏曲「白鳥を焼く男」の独奏パートを担当する「ヴィオラ」のおはなし!オーケストラの中であまり目立たない「慎ましやかな」マイノリティ…しかしヴィオラはオーケストラにとっては「重要人物」なのです!ヴィオラを知っている人も、そうでない人もヴィオラに対する見方が変わるかもしれません!ソロヴィオラ奏者だけでなく、オーケストラでヴィオラを演奏しているすべての人に捧げるコラム!それではお読みください!

「オーケストラの楽器」と聞いて、まず初めに連想する楽器は何だろうか?まず1番に思い浮かぶのは「ヴァイオリン」だろう。オーケストラの中で最大人数を誇る「多数派」である。それに続く楽器は・・・それは人によって個人差があるに違いない。

まず、メロディーを担当する「高音楽器」に耳目が集まることは容易に考えられる。フルート、クラリネット、トランペットなどがそれに当たる。少し音楽に親しんでいる人たちの間では「渋いね!」と言われてしまうような楽器をあげる玄人はだしの人もいるだろう。以前コラムでも触れた「オーケストラの花形」オーボエ、人の声に近い音域とされるチェロも人気が高い楽器だ。武田鉄矢と浅野温子主演のドラマ「101回目のプロポーズ」で浅野が演奏していた楽器であるが・・・このエピソードは昭和世代にしかわからないかもしれない。また、一定数「低音の魅力」に引っ張られる人もいるかもしれない。そういう人はコントラバスやチューバを思い浮かべるはずだ。また、形状がユニークな楽器を思い浮かべる人もいるだろう。スライドを伸縮させるトロンボーン、カタツムリのような形状のホルンだ。違った方向から攻めると、その「一撃」で一瞬にして聴衆の視線を集めることのできる打楽器などをあげる人もいるだろうか。同じ打楽器の中で「楽器の王」と呼ばれるティンパニもオーケストラの中で「カッコいい」楽器として認識される。 

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ドガ「オペラ座のオーケストラ」(1868)

これまで挙げた楽器の他にもオーケストラの編成にある楽器が2つある。この楽器を先に思い浮かべる人は、かつてその楽器を演奏していた人か、そうでなければ相当の「変わり者」かもしれない。いや・・・「変わり者」というのは失礼だ・・・その人は相当「ユニーク」な方であると思う。その一つは木管楽器の仲間である「ファゴット(バスーン)」である。本来「木の束」を意味する単語から派生して生まれた名称であるが、その名の通り木の束を縦にしてキーとボーカル(歌口の管)をつけたような楽器で、音域としてはチェロと同じような音域を持つ「中低音楽器」で、音を出す「リード」部分はオーケストラの花形であるオーボエと同じ「ダブルリード」楽器だ。ファゴットはその音色に、そしてファゴット奏者が吹くその姿にも「癒し効果」があるとされる。これはあくまで「個人の感想」だが、男女問わずファゴット奏者には穏やかで優しい人が多い・・・気がする。もしかしたら僕の好きなタイプにファゴット奏者の人が多いからなのかもしれない。ちなみにこの楽器、「ファゴット」という名称と「バスーン」という名称があるが、バスーン奏者の中に「ファゴット」と言われたくないという人がいた。この「ファゴット」、綴りこそ違えど英語で「ファゴット」という単語には「同性愛者」という意味を持つものがあるのだ。また、ドイツ式のバスーンをファゴットと呼び、よく似たフランス式の「バソン」という楽器もある。厳密にいえばファゴット(ドイツ式バスーン)とバソン(フランス式バスーン)は異なる楽器である。上記のドガの絵の中央に描かれているのが、ファゴット(もしくはバソン)である。この絵はフランス、パリオペラ座のオーケストラを描いているので、「フランス式のバスーン」である「バソン」の可能性が高い。ファゴットとバソンの違いは、楽器の太さや材質、運指の違いにまで及んでいる。

今回はこの「ファゴット(バスーン)」の話ではない。最後に取り残された楽器・・・「ヴィオラ」について綴っていきたい。

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ヴィオラを弾く女性

ヴィオラはヴァイオリンと同じ仲間「ヴァイオリン属」の楽器で、奏法も形状もヴァイオリンによく似ている。そのため一般の人には違いがよくわからないかもしれない。ヴァイオリンよりも少し大きな楽器で、音域はヴァイオリンを声楽の「ソプラノ」に例えるならば、ヴィオラの担当音域はソプラノよりも低い音域を担当する「アルト」に相当する。時代や国によってはヴィオラのことを「アルト」と記譜する作曲家もいる。音域は「アルト」で名称も「アルト」であるなら非常にシンプルだが、別の国ではヴィオラのことを「テナー」と記述する場合もある。これではヴィオラの立ち位置がますますわからなくなってしまう。音域に比べて、ヴァイオリンと同じ奏法で演奏するために楽器のサイズは理想的なものよりも少し小さく作られていて、そのため独特な「渋い」音色を持つ。実は弓もヴァイオリンとヴィオラでは異なっているのだ。ヴァイオリンと同じ形にするには大きくしなくてはならず、チェロと同じにするならば小さくする必要があった。結果的にヴァイオリンに寄せた形や奏法が採用された・・・ヴィオラはそんな楽器なのである。

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写真=ヴィオラ(左)とヴァイオリン(右)

ヴァイオリンもチェロも、大体の大きさが確立されているのだが、ヴィオラに関してはいまだ確立されている「大きさ」というものがない。そのため、大きさに個体差があることはあまり知られていない。現代においてもなお、ヴィオラは「発展途上」の楽器なのだ。大きさが確立されていない楽器といえばコントラバスもその大きさ等においての個体差がある楽器である。

ヴィオラはその立ち位置の不安定さゆえか、不当な扱いを受けることもある。例えばヴァイオリンからヴィオラに転向するケースが多いとはいえ、「ヴァイオリンがイマイチだったのでヴィオラに転向した」とか「大学オケで初めて楽器に触れる人が担当する楽器」であるとか・・・それらは言われのない誹謗中傷であるが、ヴィオラの人たちは普段からそのような理不尽さに慣れているのだろうか。多くのヴィオラ奏者の性格は柔和で、バランス感覚に長け、人間的に「よくできた」人が多いと感じる。「苦労を知っている人は、人に優しくなれる」という好例かもしれない。

アマチュアの市民オーケストラにおいて、ヴィオラ奏者は楽団運営の要職に就いていたり、実生活では大企業の社長や医師などが多い印象がある。やはり「人間ができている」人が担当しているのかもしれない。これもまた個人的な感想であるが、ヴィオラの人は他の弦楽器奏者(コントラバスを除く)に比べて、飲み会参加率が高い気がする。お酒好きなのか付き合いを重視するからなのかは不明だが、飲み会に最後までいる人の顔を思い浮かべた時、僕の脳裏に浮かぶのはヴィオラ奏者の面々である。

「ヴィオラジョーク」というものがある。ヴィオラの不当な扱いをもっとも如実に表しているもので、その内容はここで書く事がはばかられるものばかりである。ここでは詳細に解説はしないが、このジョークを面白おかしく、半ば自虐的に語るヴィオラ奏者もいる。だが、その心中は穏やかならざるものであると思う。自嘲的にヴィオラ奏者が語るならまだしも、他の楽器奏者に言われたら・・・?もし僕がヴィオラ奏者なら烈火の如く怒ると思う。しかし人格者の集まりであるヴィオラ奏者は決して怒らず、いつも静かに笑っている・・・に違いない。ましてそのジョークを指揮者に言われたらどうなるだろう?きっと合奏でヴィオラ奏者は演奏をしなくなるか、指揮者のいうことを聞かずに演奏するに違いない。特に指揮者の方々は、例え「ウケ狙い」であろうともヴィオラジョークは禁忌だ。肝に銘じていただきたい。

音楽的にいうと、ヴィオラは「内声部」を担当する場合が多い。「内声部」とは音楽作品の中でメロディーラインの音でも、ベースラインの音でもなく「和音の中身部分」を担当するものだ。その和音が「短調か長調か」を決定する音を担当する。それが内声の最も重要な役目である。それをヴィオラが担当する事が多いのだ。全ての音楽作品は、この内声部によって作品として完成するのだ。メロディーとベースだけでは「物足りない」未完成の音楽に聴こえる。ジャンルこそ違うが、ロックやポップスでボーカルとベース、もしくはドラムスだけでは何か物足りなさを感じるはずである。そこにギターなりが加わることにより、楽曲に魅力が加わり楽曲としての完成形を見る事ができるはずだ。オーケストラにおけるヴィオラはそのような存在なのである。音域的にはヴァイオリンの音域とチェロの音域の中間に位置する。それらの楽器を繋ぎ、足りない部分を補う。高音部と低音部を繋ぐ「ハブ(接続部)」であるのだ。ヴィオラの存在なくして、弦楽器の一体感、音楽の一体感は失われる。位置的にもそうなのだが、ヴィオラは「弦楽器の中心」に位置する、言い換えれば「扇の要」の存在だ。扇の要がない扇はバラバラに崩壊してしまう。オーケストラという「扇」がバラバラにならないのは、ヴィオラの存在があるからだ。

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ゲインズバラ「カール・フリードリヒ・アーベル」(アーベルはドイツの作曲家。ヴィオラ・ダ・ガンバの名手として知られていた)

「ヴィオラ・ダ・ガンバ」という楽器をご存知だろうか?現在では古楽のジャンルでしか登場しない楽器で、オーケストラの弦楽器と同じ「擦弦楽器」ではあるが、弦の本数や弓の使い方などに違いがある楽器である。本来「ガンバ」の意味は「膝の」という意味となり、現在のチェロのように縦にして両足に挟んで演奏する弦楽器を「膝の弦楽器=ヴィオラ・ダ・ガンバ」と呼んでいた。他方、現代のヴァイオリンやヴィオラのような奏法で演奏する弦楽器のことを「腕の弦楽器=ヴィオラ・ダ・ブラッチョ」と呼んでいた。ドイツ語圏でヴィオラのことを「ブラッチェ」という。これは「腕の=ブラッチョ」から派生していると思われる。古い時代における「ヴィオラ」とは「弦楽器そのもの」を示していたのだ。その歴史的な背景を考えると、不当な扱いを受ける事が多いヴィオラは「腕の弦楽器」の代表であるだけでなく、「弦楽器」の代表の呼び名なのだ。その名を堂々と冠している「ヴィオラ」、僕は「真の弦楽器の王」と呼びたい。

古今の作曲家でヴィオラを演奏していた人物は多い。バッハ、ベートーヴェン、シューベルト、ドヴォルジャーク、そして前回のコラムで取り上げたヒンデミットもヴィオラの名手であった。また、指揮者の大山平一郎先生はロサンジェルスフィルの首席ヴィオラ奏者であったし、高関健先生もヴィオラの名手として知られ、かつてはベルリンフィルの演奏に参加したほどの腕の持ち主と聞く。ヴィオラ奏者・・・それは「只者ではない」集団なのである。

そして最後に「只者ではない」エピソードを一つ紹介しよう。ご存知の方も多いとは思うが、今上天皇陛下は幼い頃より音楽に親しまれていたが、陛下の演奏する弦楽器、それが「ヴィオラ」だ。陛下は大学時代には学生オーケストラでヴィオラを演奏され、現在でも時折大学OBのオーケストラで演奏されている。天皇陛下の演奏する楽器…まさに「楽器の王」たるヴィオラを、今度演奏会に足を運んだ際にはご注目いただきたい。

ヴィオラ・・・それは「オーケストラのV I P」なのだ!

(文・岡田友弘)

♪♪♪ヴィオラの独奏を聴くことができる!新日本フィル演奏会情報♪♪♪

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《すみだクラシックへの扉 #03》

2021.11.19 FRI 14:00 開演 すみだトリフォニーホール 
2021.11.20 SAT 14:00 開演 すみだトリフォニーホール 

プログラム
フンパーディンク:歌劇『ヘンゼルとグレーテル』 前奏曲 
ヒンデミット:白鳥を焼く男(ヴィオラ:篠﨑友美) 
R.シュトラウス:メタモルフォーゼン(23の独奏弦楽器のための習作) 
フンパーディンク:歌劇『ヘンゼルとグレーテル』より 夕べの祈り~パントマイム 

ヴィオラ:篠崎友美

指揮:下野竜也
管絃楽:新日本フィルハーモニー交響楽団

チケット等詳細は、新日本フィルウェブサイトでどうぞ!


執筆者紹介

岡田友弘2.jpg 写真:井村重人


岡田友弘(おかだ・ともひろ)
1974年秋田県由利本荘市出身。秋田県立本荘高等学校卒業後、中央大学文学部文学科ドイツ文学専攻卒業。その後色々あって(留年とか・・・)桐朋学園大学において指揮を学び、渡欧。キジアーナ音楽院(イタリア)を研鑽の拠点とし、ヨーロッパ各地で研鑚を積む。これまでに、セントラル愛知交響楽団などをはじめ、各地の主要オーケストラと共演するほか、小学生からシルバー団体まで幅広く、全国各地のアマテュア・オーケストラや吹奏楽団の指導にも尽力。また、児童のための音楽イヴェントにも積極的に関わった。指揮者としてのレパートリーは古典から現代音楽まで多岐にわたり、ドイツ・オーストリア系の作曲家の管弦楽作品を主軸とし、ロシア音楽、北欧音楽の演奏にも定評がある。また近年では、イギリス音楽やフランス音楽、エストニア音楽などにもフォーカスを当て、研究を深めている。また、各ジャンルのソリストとの共演においても、その温かくユーモア溢れる人柄と音楽性によって多くの信頼を集めている。演奏会での軽妙なトークは特に中高年のファン層に人気があり、それを目的で演奏会に足を運ぶファンも多くいるとのこと。最近はクラシック音楽や指揮に関する執筆も行っている。日本リヒャルト・シュトラウス協会会員。英国レイフ・ヴォーン・ウィリアムズ・ソサエティ会員。マルコム・アーノルドソサエティ会員。現在、吹奏楽・ブラスバンド・管打楽器の総合情報ウェブメディア ''Wind Band Press" にて、高校・大学で学生指揮をすることになってしまったビギナーズのための誌上レッスン&講義コラム「スーパー学指揮への道」も連載中
岡田友弘・公式ホームページ
Twitter=@okajan2018new

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