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なんとなくではなく、意思を持って選びたい。そんな人に読んでほしい「海苔」の話

「海苔」にまつわる思い出はありますか?

衣・食・住と言われるくらいには生活を支える要素であり、同時に暮らしに大きな楽しみをもたらしてくれるものが「食」というもの。

冷蔵庫に蓄えている素材で作ったいつものごはんだったり、大切な人と食べたちょびっとリッチなレストランのコースだったり……食を起点としたエピソードは、誰しも一つ、二つと持っていることでしょう。

そういった食の楽しみの一つとして「海苔」という食品の奥深さを教えてくれた方がいます。創業120年、明治時代から海苔に携わる、株式会社​​高喜商店の五代目・高田久さんです。

誰しもに馴染みがあって、けれど、なかなか深く知る機会のない海苔の世界。その入り口を少しだけご案内してもらいました。

「良質な海苔」というものを私たちはまだ知らない

高田さんにお話を伺えると決まったとき、一番にこんなことを伺おうと考えていました。

「良質な海苔ってどういうものでしょう?」

コンビニのおにぎり、お寿司屋さんの巻き物、ラーメンのトッピング……そういった日々の何気ない一瞬に海苔は登場してくれるとっても心強い食材です。それらはとってもおいしくて、優しい味わいで、十分すぎるほど香ばしい。

だからこそ興味がありました。海苔屋さんの語る“良い海苔”ってどんなものなのだろうか、と。

尋ねてみると、実はしっかりと定義された品質があるのだそうです。

「実は海苔にも、お肉のように品質ごとのランクがあるんです。産地ごとに異なりますが、多くの場合は1等〜5等などのように等級分けがされていて、1等から順に上質な物。検査員が目利きしてランク付けをしています。1等~5等の本等級の他にも特徴別に細分化されて等級化されています」

海苔の品質の良し悪しは、主に「色」と「艶」の二点によって判断されます。濃い黒色であり、光沢を感じられる海苔が品質の良い海苔です。

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実際に、高喜商店で販売している海苔をいただいたところ、その違いがスッと理解できるような気がしました。

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たとえば、高喜商店の最高品として販売している「極み」シリーズの海苔は、サクサクとした歯ごたえと舌にしっかりと残るコクのようなものが感じられました。おにぎりやお寿司などに添えるための海苔ではなく、海苔を楽しむための海苔、というような。

「良質な海苔は、海苔をそのまま食べるのこそ至高だと思える味わいがあるのかなと思います。海苔としての存在感が際立った深い旨みがありますよね」と高田さん。

「海苔」とひとくくりに捉えるのではなく、その味にはしっかりとした違いがあること。それを知ることが、海苔を知る第一歩なのかもしれません。

「最高級のA5ランクのお肉と、近くのスーパーで売られているお買い得品のお肉。その二つにどんな違いがあるかと聞かれて答えられる人、その味を感じ分けられる人は多いはず。だけれど、海苔は“違うこと”さえ知られていないのが現状です」

世の中の多くの食材と同様に、海苔にも安価なものから高級なものまでが幅広く存在する。そして、それらにはたしかな違いがあり、知ることで海苔の奥深さを感じられる。ただ、知れるきっかけがとても少ないのです。

高品質な海苔の需要がだんだんと減ってしまっているのが今

良質な海苔と出会う機会が限られている背景には、海苔の流通が大きく関わっているそうです。

「市場に多く出回っている海苔は、安定供給に耐える量が必要です。なぜなら、消費の多くがコンビニのおにぎりと回転寿司による需要のため、大量に必要とされるからです。

そして、そのようなコストパフォーマンスの高いコンビニや回転寿司の商品に使われている海苔は決して高品質なものではありません。そして、国内の海苔の需要は大部分がそういったおにぎり、回転寿司などのためのもの。

つまり、生産者や我々海苔製造問屋の多くが生き延びるためには、その需要に沿うよう生産のスタンスも質から量へと変化していかなければならなかったのです」

今の時代、決して高いお金を支払うことをせずとも安くて、早くて、うまい食事にありつくことができてしまいます。

もちろんそれは悪いことばかりではありません……でも、そういったライフスタイルの変化によって、本当に良いものが日の目を見る機会が失われている。それはなんだか、とてももったいなあとも感じます。

「もともと、海苔は生産地・生産量が限られていることからとても高級な食材として国内で親しまれている食材でした。我々の祖父母世代の方であれば、高級海苔をお歳暮やお土産などのギフトとして贈っていたことも。今はそういった風習もなくなりつつあるので、高級海苔はより一層知る人ぞ知る食材になっているのでしょうね」

数十年前、海苔は年間で100億枚を超える生産があったそうです。ところが近年は、多くても80億枚。少ない年は65億枚ほどと、全盛期の70%を下回る生産量だそうです。

「最近は“子どもの苦手な食べ物ランキング”に海苔がランクインしたという話も聞いたくらい、おいしい海苔を知るタイミングがめっきり減ってしまっているようです。すごく悲しいことだなと思います」

海苔を楽しむ「視点」ってどんなもの?

おいしい海苔が存在すること、その海苔たちの果てしない魅力を声の限りに届けていくこと。それが、生産者であり、海苔を誰よりも愛する身として一番に取り組むべき課題なのだと高田さんはいいます。

海苔ビギナーの私たちがその魅力に触れるには、どういった視点を持って海苔と向き合うのが良いのでしょう。

「まず、見た目を比べてみてください。特に、海苔のプロである我々は海苔の裏面をよく観察します。ザラザラとした質感が特徴ですが、きめ細やかさやごわつきが海苔ごとにまったく異なります。海苔が海藻である事をしっかりと感じていただけます。光を透かしてみたり、軽く折り曲げてみるなどすると、海苔の容姿の違いを感じられると思います。

そして、なにより味わい。等級による味の違いもありますが、産地による味わいの変化もとても大きいものなんです」

国内で海苔の生産が盛んなのは、東京湾・瀬戸内海・有明海。他にも知多・三河湾や宮城などの産地があります。海水の温度、海況などが異なるために、同じ等級の海苔でも味の特徴が大きく違うのです。

「東京湾産の海苔は、サクサクとした歯ごたえが強く、磯の香りを最大限楽しめるのが特徴。瀬戸内海産の海苔は、肉厚のものが多いです。有明海産の海苔は、柔らかな質感で少し甘みを感じます。3種類の海苔を並べて食べ比べてみると、その個性がよりわかりやすくなりますよ」

また、良質な海苔は「海苔だけで食べるのがおすすめ」だそう。ごはんに乗せたり、巻いたりするのではなく、海苔を肴に一杯ひっかける、なんていうのが海苔本来の旨味を最大限感じられる食べ方、と高田さん。

「我が家でも小腹が空いたら海苔をつまむ、晩酌のお供に海苔をつまむ……というのが定番スタイルなんです。海苔は添えられているものと思われがちですが、良質な海苔は厚みと歯ごたえがあるので、それだけでも食材としてのポテンシャルがとても高い。日本酒を注いで、良い海苔を嗜む……って最高の贅沢です」

「海苔にこだわる人」が増えてほしい

高田さんに連れられて海苔の世界をほんのりと体験してみると、かつて見たことのないほど深い海苔の面白さを知り、心がゆっくり惹かれていくような感覚を筆者は覚えました。

「海苔って、じわじわとその魅力を知っていくんです」と取材の最中で高田さんが仰るシーンがありました。本当に、その言葉の通りのように思います。

自分らしさを象徴するものとして、着る服を丁寧に選ぶ人もいれば、住まいを整える人もいる。もちろん食とじっくり向き合う人もいるはずです。海苔はそんな「食を考える」ときの選択肢の一つとして多くの人に愛される存在になってほしいなあと願わずにはいられません。

良いものを、確固たる想いを思って作り続ける人々がいるのだから。受け取り手である消費者の私たちは、そんな取り組みを少しずつでも理解できたらと思うのでした。

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10月8日(金)〜10日(日)の3日間、渋谷・MIYASHITA PARKで「NEW POINT〜FACTORY〜」と題したポップアップイベントを開催します。高喜商店の海苔を食べたり、購入したりできる機会である他、高田さんとお話いただくこともできます。

海苔のおいしい食べ方、味の違いなど、まだまだ魅力的な海苔の世界の話はぜひ会場にて続きをどうぞ。ご来場、お待ちしています。

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