ほかにもたくさんいた「抜け作」

 ルムピニー公園の南側を走るラマ4世通りは、赤シャツの「封鎖区域」と陸軍の「奪回陣地」が複雑に入り乱れる一帯だった。シーロム交差点とサートーン交差点が赤シャツに占拠されていると思いきや、その中間地点に陸軍が割り込んできて、土のうを積んでいた。日系企業が多く入居する商業ビル「Abdulrahim」の正面、同ビルの敷地には何十人もの兵士が待機していた。

 バンコクの道路は路地が入り組んでいて、いろいろな場所からいろいろな場所に抜けられる。赤シャツ騒ぎのときにはそれが仇となり、赤シャツ側にいたはずなのに、路地を歩いていたら陸軍側に出てしまった、ということがよくあった。自分で歩いている分にはさほど問題ないが、これがバイクでの移動だと危ない。

ラマ4世通りに展開する陸軍兵士

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masayuki saito

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間違いだらけの解説 「タイ暴動の真実」

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