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文章の「誤り」を見つけ出す!――校正・校閲ってどんな仕事?紙とネットに違いは

(画像:アフロ)

※こちらの記事は、2018年1月に掲載した記事の転載です。

ネットニュースを読んでいて、誤字や脱字を見つけたことは誰しもあるでしょう。ネットメディアは速報性に長けている反面、時にチェックが行き届かないことがしばしば問題視されてきました。とりわけ、健康・医療情報に関する不正確な内容や記事の盗用が次々と見つかったことで、社会問題に発展したWELQの騒動以降、品質管理はメディア側の重要なテーマとなっています。

そこで注目されるのが、校正・校閲という仕事。石原さとみさん主演のドラマ『地味にスゴイ! 校閲ガール・河野悦子』でにわかに脚光を浴びた仕事ですが、その舞台裏はあまり知られていません。そこで今回は、校正・校閲の現場の実態に迫ります。

取材・文/友清 哲
編集/ノオト

「校正」と「校閲」の違いとは?

まず大前提として押さえておきたいのは、「校正」と「校閲」の違いについて。そもそも、「校閲」という言葉や作業を知らない人がほとんどではないでしょうか。大まかに言えば、「校正」とは誤字や脱字など文章上の誤りを正す作業のこと。そして「校閲」は、文章の内容にまで踏み込み、事実関係や情報の適否を精査する作業を意味しています。

ただし、すべての原稿が必ず両方のプロセスを経ているわけではなく、校正だけを制作フローに組み込むケースや、校閲者が校正作業とセットで手掛けるケースなど、現場によって事情はさまざま。

今年で創業122年を迎える老舗出版社の新潮社は、非常に精度の高い校閲部門を擁することで知られています。

「校閲部の人員は、現在およそ60人。ウェブメディアと雑誌の一部を除き、新潮社から刊行されるものは、基本的にすべて校閲部を通過して世に出します。たとえば書籍の場合は、最低でも2人の目によるクロスチェックを徹底しています。一日中ゲラと向き合って誤りを探す、非常に地道な作業ではありますが、校閲者は最初の読者として原稿を手にする立場。著者や編集者とのやり取りを経て1冊の本が仕上がる過程に立ち会えるのは、この仕事の大きな醍醐味(だいごみ)でしょう」

そう語るのは、主にノンフィクション書籍の校閲作業を担当している日野玄太さん。学生時代にたまたま校閲部の存在を耳にし、「そんな仕事があるんだ!」と興味を持ったことが、この世界に入ったきっかけなのだそう。

(週刊誌の現場を経て、現在は主にノンフィクション書籍の校閲を担当している日野さん)

「誤字・脱字のチェックは当然として、その他のチェック内容は、本の形態やジャンルによって大きく異なります。小説であれば、そこに描写されている内容に齟齬(そご)がないか、ストーリー上つじつまの合わない記述はないか、全体を深く読み込んで確認しなければなりません。もし実在の地名や人名が登場するなら、その表記や説明、プロフィールが正しいかどうかをチェックしますし、ものによってはその日付の天気をさかのぼって確認し、作品内の描写と一致するか照らし合わせることもあります」(日野さん)

読者の気づかぬところで、実に細かな点まで目を光らせている新潮社の校閲部。建物の様子が描写されている場合は、実際に間取り図を描いて整合性を確認することもあるというから、その作業の緻密さがうかがえます。

ちなみに、新潮社の校閲部は専門職採用。日野さんも2006年の入社以来、担当媒体は替われど、校閲畑一筋です。同社では入社後、OJTによる実地訓練でスキルアップを図り、最初は先輩社員と組んで校閲のいろはを学ぶのだそう。

時には法務部門の判断を仰ぐことも!?

しかし、文章表現には必ずしも正解が存在するわけではありません。これが校正・校閲の仕事の難しいところです。もとの表現をそのまま生かすか、それとも修正すべきか、判断に困ってしまうことはないのでしょうか?

「確かにそれはあります。弊社の場合、用字・用語について厳密な統一ルールを設けているわけではなく、媒体やジャンルによってその都度判断しています。近年新たに生まれた言葉や流行語など、判断に迷う場合は上司や先輩社員に相談することもありますね。とりわけ気をつけているのは差別表現のような人を傷つけかねない表現です。それを読んで傷つく人がいるかどうかをまず考え、必要であれば法務部門の見解を聞くなどして、臨機応変に対応しています」(日野さん)

ネットメディアとは異なり、一度印刷してしまえばなかなか修正できないのが紙の世界。クオリティーを守るために、とにかく労を惜しみません。

総合出版社ならではの苦労も随所に見られます。たとえば、海外作品を日本語化して刊行する際は、原文と突き合わせながら、翻訳から漏れたブロックがないか目を光らせることもあるのだそう。また、単行本を文庫化する際も、改めて校正作業を行ないます。その際には、誤字・脱字のチェックだけでなく、新潮文庫のルールに合わせてルビを振り直す作業が発生するのだとか。

日頃、何気なく手にしている1冊の本には、著者や編集者のほかに、こんな隠れた功労者が存在しているのです。

(「目次やタイトル、見出しなど、大きなところほど見落としがちなので注意が必要です」と日野さん)

ネットメディアでも光る校正者の手腕

こうした校正・校閲を担当するのは、出版社の中の人だけではありません。校正・校閲専門の会社や、個人でこの仕事に携わる人もいます。そんなフリーランスの校正者の1人として、ウェブと紙を股にかけて腕を振るっているのが、石田知之さんです。

「もともと、フリーペーパーの『R25』編集部で働いていた頃に、校正まで手掛けるようになったのがこの仕事に就くきっかけです。師匠と呼べる存在がいないので、自分で教材を買ってきたり、他の校正者さんがチェックしたゲラを参考にしたりするなどして、独学で校正技術を学びました。看板を掲げているわけではないので、現在担当している媒体は、過去にお世話になった編集者やライター、デザイナーから紹介されたものが多いですね」(石田さん)

(2004年7月に創刊した『R25』は、2015年9月に休刊。ウェブ版も2017年4月28日にサービス終了した)

雑誌『ケトル』や本に関するニュースサイト『ダ・ヴィンチニュース』を始め、多くの媒体を手掛けている石田さん。

「紙の記事であってもネットの記事であっても、私の作業内容は変わりません。通常の校正・校閲の作業に加え、媒体が狙う読者層を意識しながら、原稿に書かれた言葉や表現がそこからズレていないかを適宜判断しています。ただ、ネットの場合はわりとくだけた文章が多いので、それが書き手の“味”なのか、それとも不適切な表現なのか、媒体や担当編集者の意向もくみ取りつつチェックしていく必要があります」

もともと読書家ではあるものの、好きなことを仕事にしたという意識はなく、「たまたま自分の適性がここ(校正・校閲)にあった」と振り返る石田さん。モットーは、編集者やライターが安心して仕事ができる環境をサポートすることだと語ります。

「記事に最低限求められるクオリティーについて判断が下せるのは、編集長と校正者だという自負はあります。もし何か間違いがあった場合、責任を取ることはできなくても、責任があるのが校正者の立場。もしかすると、自分がOKを出した記事が原因で重大な事故が起こったり、健康被害が発生したりすることだってあるかもしれません。そうした事態を阻止するために、最大限のケアをするのが自分の責務だと考えています」

(編集部に深くコミットしている媒体なら、時には企画の方針に踏み込んで疑問出しをすることも)

時に、「誤字脱字がまったく存在しない本はない」ともいわれるメディアの世界。校正者とは常に大きな重圧と対峙(たいじ)する立場なのでは?

「もちろん責任は大いに感じていますが、あえて割り切った言い方をすれば、1冊の本から誤りを完全になくすことは、何度読もうが何人で読もうがまず不可能です。それでも1人の校正者として万全を期すしかありません。少なくとも、その記事を書いたライターに下を向いて歩いてほしくないという思いで、日々原稿と向き合っています」(石田さん)

校正・校閲の世界が抱える課題とは?

ネットメディアは速報性という大きな利点を持つ一方で、記事1本あたりの予算が紙に較べて少ないケースが多いのが悩みの種。そのため専門の校正・校閲を通すことができない現場も多く、それを追記や修正対応が可能という特性でカバーしてきた一面があります。しかし、理想はやはり、校正・校閲者の活躍の場が、さらにネットメディアにも広がっていくことでしょう。

ところが、校正・校閲の世界は現在、深刻な悩みを抱えています。前出の新潮社・日野さんは次のように語ります。

「これは校閲部だけに限らない問題ですが、頼りになるベテランスタッフが引退する一方で、若い層が減っていってしまうと、せっかくの貴重なノウハウが引き継がれません。質と量の両面で、やがて深刻な人材不足に陥ることも考えられるでしょう」

実際、フリー校正者の石田さんも、「私は今41歳ですが、この世界では若手と呼ばれることが多い」と言います。テレビドラマの影響もあり、以前よりこの職業の認知度は上がっているものの、今後は新たな人材の確保が命題となりそうです。

ただし、石田さんの現在の仕事量は「ざっくり計算するとウェブが7割、紙が3割といったところ」とも。『R25』時代に紙面とウェブ版の両方を手掛けていた石田さんはやや特殊なケースですが、これはネットメディアでも少しずつ専門の校正・校閲者を起用する動きが広まっている証しかもしれません。

校正・校閲の仕事がより広く周知され、彼らの活躍の場がもっと増えれば、メディアの正確性や信頼性の底上げにもつながるはず。それがメディアの健全な発展につながることは言うまでもありません。

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