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「さあ、もう一度頑張ろう」新聞社からヤフーに出向して考えたこと【神奈川新聞→Yahoo!ニュース トピックス編集部・出向社員コラム】

Yahoo!ニュースには現在、神奈川新聞十勝毎日新聞沖縄タイムスから3名の記者、カメラマンが出向しています。また、Yahoo!ニュース トピックス編集部からは1名が神奈川新聞に出向、記者として働いています。2015年から17年は西日本新聞とも人材交流を行っていました。
Yahoo!ニュース トピックスの編集に1年間携わり、2018年4月から神奈川新聞に戻って統合編集局編成部に所属する川島秀宜さん。川島さんに出向を経験し、改めて感じたローカルメディアの存在意義、「新聞記者」だからこそ得られるものについて、つづってもらいました。

※こちらの記事は、2018年9月に掲載した記事の転載です。

経営危機にひんする「負け組」の地方紙として、最近の新書で本紙も名指しされました。絶望的な評点が添えられていました。

部数減は日々、深刻さを増し、試練はいよいよ、記者一人一人の足元に迫っています。ただ、はっきりと打開策を見いだせないまま、旧来から同じような新聞制作を続けている。苦境の渦中にいながら、現実を直視しない、したくない。「ジャーナリズムは不滅」というおごりにも似た幻想と閉塞感が、わたしを含めて社内を覆っているようでした。この危機と向き合うべきは本来、読者に近い編集現場のはずなのに。

ヤフーへの出向が社内で公募されたのは、そんなときだったと記憶しています。入社からちょうど10年、憂鬱(ゆううつ)に耐えきれず、手を挙げました。

わたしはデジタルからおよそほど遠い、「レガシーメディア」を地で行く人種です。記者歴で警察担当が最も長く、抜いた抜かれたの典型的な報道現場にいました。だから、Yahoo!ニュースのようなポータルサイトがメディアの中心を担い始めた現実は、無念でなりませんでした。先方が千客万来のデパートならば、こちらは斜陽のメーカーといった具合。製品はもはや直販がままならず、集客上手の売り場に置いてもらわなければ買い手がつかない。そんな葛藤がありました。

ニュースの「ユーザーファースト」とは?

わだかまりを抱えたまま、かくして1年間の出向は始まったわけです。ほどなく、新聞の読者離れは起こるべくして起きたと痛感させられました。なぜなら、好奇に映っていたYahoo!ニュースほど、読者に誠実であったから。これは世辞でも、こびでもありません。読者に最適なニュースの見せ方、発信の仕方を常に追求していたのです。

わずかな出向期間中でさえ、Yahoo!ニュース トピックス編集部の編集は日進月歩を遂げました。朝日新聞社との共同企画連載「平成家族」を皮切りに配信元と連携した議題設定型の記事に挑戦したり、重大事案と防災情報、「ゆるいネタ」のニュース発信にそれぞれ特化したツイッターアカウントを新設したり。Yahoo!ニュース トピックスの「ココがポイント」にQ&A形式を取り入れ、意識調査にグラフを導入したのも、この1年の変化です。

新しくなった「ココがポイント」


意思決定がとにかく速く、全社的な標語である「爆速」を編集部も体現していました。トップダウンの気風に慣れたわたしからすれば、目が回るような日々でした。

それもこれも、ユーザーファーストがゆえんです。現状にとどまっていれば、すぐに世間に飽きられる。われわれからすればYahoo!ニュースは新興メディアですが、職場は安穏としていない。LINEやSmartNewsのようなライバルが業界に台頭し、若いユーザーの移り気が気掛かりなのです。新聞の衰退が教訓として語り継がれていました。

リアルタイムで閲覧数を把握できるネットメディアは、ともするとページビューの偏重に陥りやすいように思えますが、少なくともYahoo!ニュースにおいては杞憂(きゆう)でした。一般紙の紙幅の大半を占める政治、社会、経済といった硬派ニュースは、残念ながら相対的に読まれない宿命にあるわけですが(この事実は衝撃でした)、Yahoo!ニュース トピックスはエンタメやスポーツのような社会的関心を集めるニュースで読者を引きつけ、そうした公共性の高いニュースに誘導する工夫をしていました。硬軟のすみ分けをはっきりさせ、読者に寄り添いながらも、迎合はしない編集を貫いています。

テクノロジーを駆使しつつ、新聞社、放送局、出版社出身者らの目利きがしっかり働いているからこそ、なせる技でしょう。だれもがネットで情報を発信できる時代、無断で転載された不正確な記事や一般記事に見せかけた広告、さらにはフェイクニュースまで出回るようになりました。Yahoo!ニュース トピックスが重視する人力による編集は、ユーザーのリテラシーにも寄与しているのです。

新聞の使命や、あるべき記者像については大抵、酩酊(めいてい)した先輩にからまれてなんとなく学び、ふがいないことに、抽象論を同僚と共有するにとどまっていたように思います。Yahoo!ニュースは22年前の誕生以来、編集方針を言語化し、編集者同士の日々の議論でアップデートし続けています。著名人の不倫や妊娠報道のあり方について、部内全体で課題を洗い出したのは一例ですが、在任中もだれかが問題を提起しては、徹底的に話し合う機会が頻繁にもたれました。月間150億PVを集める公器ゆえの、高い倫理観と誠意を垣間見ました。

1日5000本の記事が配信される巨大なプラットフォームで100本前後のトピックスを厳選する仕事は、桁違いの反響に直結し、これまでにない興奮を覚えました。プッシュ通知で速報を打てば、瞬く間にSNSで拡散され、数分前まで知り得なかった出来事が既成事実になる。ニュースを生き物のように感じたのは初めてです。

ローカルメディアの存在意義を見いだせた

Yahoo!ニュースの理念は、社会や個人の課題解決のため、人々の行動につながるメディアになること、と繰り返し教わりました。大衆を動かすほどの絶大な影響力は刺激的でしたが、反面、本紙のようなローカルメディアの存在意義を見いだせたのも事実です。

Yahoo!ニュース トピックスに採用される地方発のニュースは、主に重大な事件・事故や普遍的な問題をはらむ事象に限られます。つまり、ネットメディアはすべからく全国向きの媒体で、ローカルニュースと相性が悪いわけです。ただ、われわれ地方紙の記者は派手な仕事ばかりしているわけにはいかない。むしろ、ネットに埋没するこまごまとした取材のほうが圧倒的に多いのです。

地方選挙が好例でしょう。神奈川県は34自治体で構成され、それぞれの自治体で基本的に4年の満期のたび、首長と議員が改選されます。日ごろの取材で築いたネットワークを駆使して立候補者を事前に把握し、告示日までに一人一人の経歴を調べ、裏付けを取り、行政の課題と展望を検証します。国政選挙ではおなじみですが、地方選挙でも開票結果を待たずに当選確実な候補者を速報します。選挙戦中に各陣営を小まめに回り、情勢の分析は欠かせません。選挙違反を警戒し、眉唾なうわさでも真偽を確かめ、知能犯係の捜査員にも当たる。横浜市や川崎市のように、100人前後が立候補する市議会選挙もあります。わたしは過去、10回の地方選挙を経験し、そのたびに同じ取材を繰り返してきました。

国政選挙は業界で「お祭り」に例えられるほど世間も社内も活気づきますが、一方の地方選挙取材は派手さのない緻密な仕事です。わかりやすい反響に固執していては、とても成り立たない。どんな小さな選挙報道も地域民主主義に報いる大切な仕事と信じ、記者は労を惜しみません(とはいえ、こうした高尚な動機に支えられているというより、実際は伝統的に自明のこととしてやっているわけですけれど)。

出向中の川島さん、定時に行うブリーフィングの様子
紙媒体のとう汰が進んだ米国に教訓があります。オハイオ州シンシナティ市で地元紙が廃刊後、地方選挙の投票者と立候補者が減少し、結果的に現職有利の状況を招いたといいます。カリフォルニア州ベル市では、単独紙の休刊で行政を監視する記者が消え、市幹部や市議らが長年かけて報酬を法外に引き上げていたにもかかわらず、市民は気づけませんでした。ローカルメディアが地域の世論形成や権力監視の重責を任されている反証ではないでしょうか。

ネットメディア特有の「バズり」は一躍世間をにぎわす半面、一過性の報道に陥りがちです。やはり地味な仕事ですが、話題性のあるなしによらず、報じ続けることも新聞の大切な仕事です。事件報道のように、人権がついてまわるニュースはなおさらです。

最近の事例です。2年前に県内開催の国際大会に参加した選手が、配布されたTシャツを着用後、相次いでやけどを負いました。業務上過失傷害容疑で薬剤販売会社の社員2人が書類送検され、この8月に検察庁が不起訴処分にしました。この経過を本紙は節目ごとに記事にしています。Yahoo!ニュースは発生直後こそYahoo!ニュース トピックスに採用し、全国的な話題になったものの、その後のいきさつは取り上げていません。

記者の本質的な仕事は、PVという定量的な価値観で決して測れず、徒労とも思える非合理的な努力の積み重ねです。いわゆる夜討ち朝駆け取材は、その最たる例でしょう。合理性におもねれば、当局のリリースを横から縦に書き直すだけの記事が紙面を埋めることになります。人権もおろそかになりかねません。

ネットメディアでは得られない喜び

こんな泥臭く、日陰な稼業ですが、ネットメディアでは得難い喜びもあると気付かされました。

出向が明けて記者に復帰し、7月に相模原障害者施設殺傷事件から2年を迎えるにあたり、警察担当時代に一緒だった同僚と2人で取材班を組みました。19人を殺害した罪で起訴された被告と面会を重ね、被害者家族、重度障害者やその保護者らを取材し直しました。

一連の報道後、ダウン症の女性とその母親から便りをもらいました。自作の詩が添えられていました。さっそく母子を訪ねました。

相模原障害者施設殺傷事件2年のシリーズ企画を報道後、ダウン症の女性から取材班に自作の詩が届いた(川島さん提供)
会話が苦手という彼女は、詞作や絵画で気持ちを表現していました。20年来、本紙の読者で、意見や感想を寄せるのは初めてといいます。障害があっても、一生懸命に生きていることを伝えたかった、と母親を通じて教えてくれました。

現場にはネットの無機質な字面からは読み取れない生きた情報があり、記者は紙面の向こう側と有機的な関係で結ばれている。思えば入社以来、読者から幾度となく手紙で励まされ、ときに電話口でお叱りをいただき、鍛えられてきました。

デジタル全盛の、われわれにとっては衰勢期、矛盾するようですが、地方紙もまだまだ捨てたもんじゃない、と心なしか前向きになれた気がします。ローテクな記者の本分をまさか、IT会社を映し鏡にして学ぶとは珍妙ですね。開き直るんじゃない、と上司の小言が聞こえてきそうです。

さあ、もういちど頑張ろう。敗者として、愚直に、そして誠実に。

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