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「動画の時代」なぜ来ない?5Gでどう変わる? 明石ガクトさんが予見するネットニュースの未来

テレビ局や新聞社も、ネットでの動画対応を積極的に進めている昨今。2020年サービス開始予定の第5世代移動通信システム(以下、5G)によって、ネット回線の高速化が加速すれば、動画コンテンツはますます身近なものになっていくでしょう。

今後、現在テキストで展開されているネットニュースもまた、動画にシフトしていくことになるのでしょうか? 5Gの本質とこれからのネットコンテンツの変化について、さまざまなジャンルの動画コンテンツ制作・配信を手掛けるワンメディア株式会社の代表取締役社長・明石ガクトさんに話を聞いてきました。

取材・文/友清 哲
編集/ノオト

テレビ業界が期待した「動画の時代」はなぜ来ない?

――スマホで動画を視聴するユーザーは、明らかに増加しているように感じます。2020年の5G開始を控え、いよいよ本格的な動画の時代がやって来ると考えていいのでしょうか。

ワンメディア株式会社の代表取締役社長・明石ガクトさん

環境面で言えばここ数年、確かに“動画が来る”とされる要因はたくさん積み上がっていました。ただ、おそらく皆さんが今まで思い描いていた「動画の時代」は、テレビで流れている映像コンテンツが、普通にインターネット上で見られるような世界だったと思います。ところが現実には、そうした変化は今なお訪れてはいません。

ネットの世界の動画は、想像と違う形でひっそりと発展してきました。象徴的な出来事は、SNS上の動画が占める割合の大幅拡大や、YouTuberを束ねる企業の登場ですよね。つまり、従来の映像業界が期待した「動画の時代」と現実は少し文脈が異なっていて、期待と現状にズレが生じているように感じます。

――ネット動画は想定と違った方向に発展しつつある、と。

むしろ、従来のテレビ業界などのステークホルダーたちが、そういうテレビとインターネットの境目がなくなる未来を選ばなかった、とも言えるかもしれません。

例えば現在のテレビ番組は、何となくネットと連動はしていても、あくまでも本放送への誘導をメインに考えているのは明らかです。これは、ショートケーキ(本放送)を食べさせたいがために、クリーム(コンテンツの一部)をネットで少しなめさせてあげている状態にすぎないんですよね。

――明石さんはまさしく、自著『動画2.0』を始め、さまざまな場でそうした現状を指摘されてきました。

ネットで見る「動画」と、テレビなどで放送されてきた従来の「映像」は、本質的に成り立ちが異なるものです。

両者をきちんと区別して考えると、今まさにネットの「動画」の革命は静かに進行しているにもかかわらず、「映像」の世界に身を置いているとそれが見えにくい状況にあるのかもしれません。

そのためか、『動画2.0』を熱心に読んでくれている人には、テレビ局員や映像制作関係者が非常に多いんですよ。

5Gの到来でどんな変化が起きるのか?

――では、5Gによって、動画や映像を取り巻く状況はどのように変化するでしょうか?

5Gについて語るとき、「2時間のハイビジョン映画がわずか1.5秒でダウンロードできる」といった表現がよく使われます。僕自身もつい使ってしまう例えなのですが、実はこれは本質的な説明ではありません。

なぜなら、1本の映画をダウンロードするのに1.5秒かかろうが10秒かかろうが、これから2時間かけて見ようとしているユーザーにとっては、たいした差ではないからです。

本当に重要なのは、「そうした高速通信の先に何が起こるか?」です。僕は5Gの導入による本質的な変化とは、ネット動画で提供される情報の「解像度」が格段に向上することにあると考えています。

――「解像度が向上する」とは、どういうことでしょうか?

そもそも動画や映像は、画像の連続で成り立っています。映画であれば昔は1秒に15フレーム、テレビは30フレーム程度でした。これが1秒間に詰め込まれる画像(フレーム)数が多くなるほど、動画は細かく滑らかになり、生で見ている時の状態に近くなります。

かつて、ゲームセンターで『バーチャファイター2』が人気を博した時代がありましたが、この作品が革新的だったのは、それまで1秒あたりのフレーム数がせいぜい30程度だったものを、一気に60フレーム(60fps)にまで進化させたことでした。そのため、キャラクターの動作が非常に滑らかになっただけでなく、動画に“遅延”がなくなり、アクションゲームとしてそれまでにない体験をユーザーに提供できたわけです。

――これまでわれわれが見ていた動画には、遅延が生じているということでしょうか?

これまでは通信速度の問題で、解像度に限界があるだけでなく、視聴者のアクションに対する画面上のインタラクション(反応)にどうしても遅延がありました。ところが今後、その映像を届ける土管の部分が5Gになる。

すると、従来考えられなかったような高密度の情報を送受信できるようになり、ユーザーからすればよりスムーズにインタラクションを楽しめるようになります。こうしてユーザー側からのインタラクションを取り込むことができる点こそが、5G時代では重要なのだと思いますよ。

5G時代もネットニュースは「現状維持」が続く理由

――5Gによって、スポーツ中継のマルチアングル化にも期待が寄せられています。ニュースメディアでは、今後どのような進化が見込まれるでしょうか。

確かにスポーツコンテンツにおいては、応援するチームや選手の側に視点を置いて観戦するなど、マルチアングル機能は有意義でしょう。

でも、このニーズはニュースには当てはまりにくい。なので僕は当面、ニュースメディアは現状のままだと思います。

――それはどうしてでしょうか?

例えば、マルチアングル機能があっても、スタジオで話すキャスターをどこから見るかなんて、皆さんあまり関心ないですよね。そもそもニュース映像は、複数のアングルから撮影したベストなものを組み合わせて構成されています。ユーザーはその動画編集作業を委ねられても、デメリットしかないでしょう。

つまり、技術が進化したからといって、すべての領域がその恩恵を受けるわけではないということです。

実際、これだけITが普及しても、新聞はさほど大きな進化を遂げていません。ネットニュースも同様で、見出しと本文と写真で構成された記事コンテンツが、どこかのドメインで配信されるという形態は、今後も変わりようがないでしょう。

――では、情報を受け取るユーザー側の体験はどう変わるでしょうか?

動画を見たくて動画を見ている人なんて、まず存在しないというのが僕の持論なんです。

現在、ユーザーの多くは、「@(アットマーク)」か「#(ハッシュタグ)」を追っているに過ぎません。要は、SNSで自分が興味のある人(@)や関心を持つ特定の事柄(#)を見ているだけなんです。

たまたまその中に、テキストもあれば動画もあるというのが実情で、5Gになったからと言って必ずしも動画ですべてを賄う必要はないんですよ。特にニュースというのはインフォメーションですから。

――ニュース情報はすでに、現状である程度成熟していると考えるべき?

もし、今日の取材をあえて映像化してSNSで流した場合、僕のフォロワー数などから試算しても、再生数はせいぜい1.5万回程度だと予想できます。視聴者の多くは、僕に関心を持ってくれている人で、彼らにとっては多少なりとも価値のある動画と言えます。

でも、よほど個人的に思い入れのある対象でない限り、インタビューや対談をわざわざ動画で見たいと思う人は少数派ではないでしょうか。なぜなら、テキストのいいところは実際よりも短時間で情報が得られること。だから、動画コンテンツとしてはあまり価値がない。

しかし、TEDのスピーチならば、それ自体がショーに近いので動画コンテンツとして成立するでしょう。NewsPicksがライブ配信している討論番組『The UPDATE』でも、主にディスカッションの白熱した部分がサマリー化して動画になっていますよね。それは、そこには出演者の熱量や感情など、テキストだけでは表現できない情報が含まれているから。動画コンテンツとしての価値があるわけです。

ニュースメディアの担う役割は、記者のフックアップ?

――では今後、ネットのニュースメディアが目指すべき方向をどう考えられていますか?

1つは、優れた記者やジャーナリストのフックアップだと僕は考えています。つまり、個人をどんどん有名にしていく機能を持つこと。

これまでのニュースメディアでは、記者自身の意見が記事に織り込まれることはほとんどありませんでした。しかしこの時代、個人が大きな発信力を持てるようになり、さらに個人の発信力が高まるほどその人物を輩出したメディアも影響力を高めるはずです。

極端な話、高い取材力を持つジャーナリストが、記者YouTuberとして世に出るくらいのことがあってもいい。

――これからのニュースメディアは、より個を生かした発信力を持つ必要がある、と。

はい。ただ、個の発信力と、ニュースメディアとして情報を伝える機能とは、分けて考えたいところですね。スピードが命になる情報を伝えるのであれば今まで通りテキストでいいと思います。

――ニュースメディアも次のステップを目指す時期に差し掛かっているようですね。

新聞社が全国にネットワークを築いているように、従来のメディアならではの強みは確かにあります。でも、それだけでは価値が保てなくなりつつあるのも、また事実です。個人がエンパワーメントされるべき時代であることを、今後はもう少し意識していくべきでしょう。

まず、ニュースメディアとして速く正確に伝えるべきインフォメーションと、記者個人とユーザーがコミュニケーションを取って発信していくべきコンテンツの違いを理解すること。そして、それらをどのようなバランスで保って発信していくのか。これらが、今後のニュースメディアの課題だと思います。

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