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遺作

父でフランス文学者の真野柊二65歳が末期の膵臓癌で亡くなった。
喪主は母そよ子58歳。
母の父、私にとって祖父の佐伯健三は英米文学者だ。
父もフランス文学者であり作家。
上智外国大学で入院するまで教授を勤めた。
かつては黒百合女子大学で助教授をしていた。
スタンダール、ゾラ、サルトル、プルーストなどの研究をしていた。
作家としても7冊ほどバタイユなどの思想から影響を受けた耽美的な作品を書いた。
私は真野楓32歳。
週間ウィークリーで報道記者をしている。
引っ詰め髪にトレンチコートが取材スタイルだ。
母が塞ぎ込んでいたので、忌引きの他に有給を10日ほど取った。
実家は二つある。主に住んでいた松濤と父が研究の際に籠る鎌倉。
初七日が終わり、気分転換に母を鎌倉の家に誘った。
鶴ヶ丘八幡宮、大仏、七里ヶ浜の海岸を巡って、自宅近くの蕎麦屋で私は天ぷら蕎麦、母は鴨南蛮を食べて、その日は疲れていて早く就寝した。
翌日、朝6時に目が覚めて七里ヶ浜を散歩。12月の海風は刺さる冷たさだ。
朝食後、父の書斎へ。
びっしり本棚にフランス文学から西洋思想史の本がぎっしり詰まっていた。
私は文学部人間科学専攻だったため、父のフランス文学にも祖父の英米文学にも疎い。
ゾラのナナやサルトルの存在と無を手に取った。
私にはサッパリだ。
整理しようと思い立った。
部屋が散らかっていて、片付けから始まった。
2時間後、机を開けた。
遺作と書かれた原稿があった。
ワードで横書きで書かれていた。
絨毯に座ってじっくり読み耽った。
1995年黒百合女子大学の助教授をしていたころ、当時大学院生だった米澤佐智恵24歳を不倫の末殺害、奥多摩の湖に遺棄。米澤佐智恵は妊娠し出産したいと、離婚を迫り鎌倉の居間にあった鈍器で殺害。鎌倉で密会を続けていた。
私は衝撃で鋭利なナイフで胸を抉られた。
母に見せるべきか葛藤した。
2、3日滞在し、母と帰り仕事に復帰した。
今、立憲民生党の汚職を追っているが、それと同時に黒百合女子大学大学院生失踪事件を調べ始めた。
世田谷区成城に住む黒百合女子大学文学研究科大学院生米澤佐智恵さん24歳が行方不明。
友達と食事に行くと行ったきり、帰宅せず。友人は約束はないという。
警察の捜査は事件性なし。
7年後、失踪宣告が言い渡された。
母に知らせるべきか迷った。
松濤の実家に向かい、遺作を手渡した。老眼鏡で読みいる母。
「お父様の小説よ、事実なわけがない。」
嗚咽を漏らす母そよ子。
「事件について調べたの。父の遺作に書いてあった米澤佐智恵さんは父の教え子よ。1995年に失踪している。事件性がないとして7年後には失踪宣告。」
髪を耳に掛けて、キッパリ言う楓。
パンツスーツが凛々しい。
「ホントなわけないじゃない。」
楓を怒鳴るそよ子。
「真実ならお爺さまの佐伯家も真野家も名誉失墜。殺人犯の加害者家族になる。もう時効は廃止されたの、死体が見つかれば被疑者死亡で送検。」
厳しい口調の楓。
「バカなことは辞めなさい。あなただって全て失うわよ。」
錯乱するそよ子。
「父は裁きを受けるべき。加害者家族として、私たちも断罪されるべき。被害者家族には真実を伝えて、償うべき。残酷で辛い事実だけど。」
しっかりとした口調の楓。
「許さないわよ。」
楓を睨み付けるそよ子。
足早に週間ウィークリーのある護国寺に向かった。
ヨレヨレのスーツ姿で白髪混じりの編集長神原45歳に真野柊二の遺作を手渡した。
2時間かけ、じっくり目を通す神原。
「真野、お前のご尊父だぞ。いいのか?」
コーヒーを片手に楓に尋ねる神原。
「はい。罪は裁かれるべきです。」
キッパリ答える楓。
「高名なフランス文学者真野柊二の25年前の不倫殺人。これは世の中にセンセーショナルを与える。」
コーヒーを飲む神原。
コピーを取るアルバイト学生絵梨花。
「真野、それ持って警察に行け。」
楓に支持する神原。
警視庁捜査特命対策室に案内される楓。
柊二の遺作を渡す楓。
「警視の対馬です。ご尊父の遺作預かりました。本格的に再捜査致します。」
「宜しくお願いします。」
頭を下げる楓。
当時の米澤佐智恵の友人に楓、同僚の舟山28歳が聞き込むが進展なし。
10日目、黒百合学園高等部時代の友人大野成美49歳から妊娠して悩んでいたと証言。
相手は不明。
警視庁捜査特命室も本格的に捜査。
奥多摩の湖から白骨化遺体発見。
鑑識で米澤佐智恵のものと一致。
真野柊二は被疑者死亡で送検された。
楓は再び鎌倉を尋ねる。
サルトルの嘔吐から赤ちゃんのエコー写真。ボールペンで幸せになろうね、佐智恵と書かれていた。
25年前の真野柊二の不倫殺人が世間を賑わせた。
楓は全てを記事に書いた。
神原に退職願いを出す。
「私はたとえ身内でも非人道的な罪は許せなかった。私たち家族も裏切った。父を愛した佐智恵さんとお腹の赤ちゃんまで殺した。無惨にも湖に遺棄した。
父は断罪されて、当然。
私もこれから父の罪を被害者家族に償わなければいけません。
真実を知る権利があります。
私のTwitterは炎上し、SNSでも真野柊二狩りです。
でも、罪は罪です。
私は罰を受けなければいけません。」
厳しい口調の楓。
母そよ子は睡眠薬を大量に飲み、入院。
後日、編集部。
「お前は身を以って罪を証明した。まだ巨悪に立ち向かえ。」
神原は楓の前で退職願いを破る。
頭を下げる楓。 
奥多摩の湖
夕暮れの湖に花を投げ、手を合わせる楓。




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