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ビターチョコレート

新宿にある服飾の名門文化服装学園には様々な学生がいる。
高校卒業後の18歳から大学を卒業し、服装の勉強のために入り直す人間まで多種多様だ。
大学を卒業して、文化服装学園に入った者は同級生より年上で人生経験もちょっとだけある。
慶陽大学理工学部数理科学科卒業である桐野奏25歳は院進学が決まっていたが、服に目覚めてこの学園にやってきた。
今年で卒業だが、今この学園で最も注目されている学生だ。
桐野奏の卒業した慶陽大学は文学部哲学科からコムデギャルソンの川久保玲、法学部政治学科からヨウジヤマモトの山本耀司を輩出している。
奏がデザイナーを志したのは82年パリコレのコムデギャルソンとヨウジヤマモトの黒の衝撃の映像を観て、頭を撃ち抜かれた。
服飾の道に進もうと決意した。
文化服装学園では同期の宮瀬祐太21歳と仲がいい。マルジェラのパタンナーを目標にしているが、若者らしくファストファッションや古着も着こなす。
桐野が立ち上げたブランド「ペレストロイカ」に注目が集まっている。
川久保玲は経営者タイプのデザイナー、山本耀司は芸術家タイプのデザイナー。
コムデギャルソンやヨウジヤマモトはファッションと哲学、歴史やカルチャーの融合で世界的ブランドとなった。
桐野は科学的にファッションを創造する。
科学はアップデートする学問。
美は機能を備える。
相対性理論は神にも悪魔にもなる。
つまり、科学は創造し、破壊するもの。緻密な数式でより深みがある作品が出来る。
そう、オイラーの等式のように。
ライボマやチームラゾとのコラボでファッションショーを主催、東コレデビュー。
近未来SF映画「ヘブンズドライブ」の衣装も担当する。
デザイナーとしてのスタートは絶好調だ。
奏には4年付き合っている彼女がいる。
友達の紹介で知り合った上智外語大学英米文学科卒沢村あかね24歳だ。
貿易会社で英文事務をやっている。 
帰国子女で英語はネイティブだ。
多忙ですれ違う日々だ。
アルファ貿易
あかねは同期の藤村亜美24歳とランチをしている。
「なんか、最近忙しいみたいで中々会えないし、大きな仕事任されてるみたいで。LINE返信2日後とかが当たり前になっちゃって。淋しい。亜美、めちゃ不安。」
サンドイッチを袋に置き、静かにカフェラテを飲む。
「4年か〜。お互い、学生から社会人だと変わるよねぇ。私も学生時代の彼とは研修中終わった。」
ツナマヨおにぎりを齧る亜美。
「今は営業の氷見さんでしょ?」
あかねが尋ねると笑顔の亜美。
「まめにLINEくれるし、誠実だし、週末必ずデートするし、安心。」
表情が曇るあかね。
映画「ヘブンズドライブ」の衣装と奏のブランド「ペレストロイカ」の装苑特集で忙しい奏。
原宿に借りた事務所にアシスタントを頼んだ文化の年下同期宮瀬祐太と籠る。
あかねは18時の定時上がりだったので、合鍵で奏の代々木のマンションで掃除、洗濯、作り置きにカレーやシチュー、筑前煮を作り、冷凍した。
ハンバーグとミネストローネを作り22時まで待つが、帰って来ない。
冷凍庫見てとメモを残し、二子玉川の自宅に帰宅した。
あかねは実家で父と母と住んでいる。
兄は結婚前から家を出ている。
「ペレストロイカ」の吉田ウニとのコラボの装苑特集が爆発的にヒットし、伊勢丹でポップアップストアでも完売。
WWDにも取り上げられた。
あかねは会いたいとLINEするが、忙しいとまた今度の繰り返し。
Twitterもインスタも宣伝以外更新なし。
あかねは奏の原宿の事務所を尋ねる。
祐太は今日は就活の面接で不在だ。
ドアを開けるあかね。
「忙しいのは分かるけど、たまにはデートしようよ。家で一緒にご飯食べようよ。」
大声で奏に訴えかけるあかね。
「奏を支えたい。奏の夢を応援したい。」
奏の手を握るあかね。
奏が手を離す。
「応援する。有り難いけど、あかねは何をやりたいの?夢を応援する?あかねは人の夢借りて生きてんの?自分の人生主体性を持って生きようとは思わないの?人の人生におんぶに抱っこなわけ?」
冷たく言い放つ奏。
「だって、私何の才能もないんだもん。夢だってない。強いて言えば奏の夢を一緒に叶えること。」
目が涙で潤むあかね。
「才能がない、自分には何にも出来ない。さっきから聞いてれば言い訳ばっかり。内助の功なんか古いんだよ。お前に俺の何が分かるの。言い訳ばっかりして、現状に甘んじている。俺は自分の軸を持った対等な人間と高め合う恋愛がしたい。」
号泣し、事務所から出て行くあかね。
メンソールを吸う奏。
U2をiPodで聴く奏。
あかねは亜美の高田馬場のマンションに向かう。
目をハンカチで抑える。
後日
奏の大学時代の友人有森貴子25歳と目黒スタジオで鉢合わせた。
貴子は法学部出身だが、学生時代から映像作家濱口タケルのアシスタントをしている。
今は助監督をしている。
「今度のアントワープのMV、私の案かなり取り入れて貰った。奏も「ペレストロイカ」大成功だね。いろんなメディアに取り上げられてるし、大作映画の仕事もオファー。数理科学的な色彩とか変形とかぶっ飛んでるわ。」
コーヒーを飲む貴子。
「貴子、ありがとう。まぁ、俺は凡人だから人の100倍努力しないと。24時間脳をフル稼働させて。まぁ、努力も裏切るけどね。でも、今は自分の道を邁進するしかない。」
キッパリ言い切る奏。
「いや、奏は才能の塊っしょ。私こそ凡人。だから、自分から動いた。まだまだたくさんのクリエイターや作品から貪欲に吸収したい。そして、一人前の映像作家になりたい。」
奏の目を見て話す貴子。
「ありがとう。やっぱり自分の街道一直線の貴子はカッコいい。」
コーヒーを飲む貴子。
「奏、サンキュ。私たち似たもの同士ね。だから、付き合わなかった。恋愛感情も生まれない。生まれたらお互いダメになる。だから、友情で良かった。仕事はチームでやるものだけど、人間最終的には孤独よ。」
奏をじっと見つめる。
「だからどこまで自分に厳しくなれるかだよな。俺も貴子もシングルタスクタイプだし。何かを得るには何かを捨てないと。」
メンソールを吸い、コーヒーを飲む奏。
3週間後。
奏からあかねにLINEが届く。
待ち合わせは渋谷のカフェ。
奏はコーヒー、あかねは抹茶ラテを頼む。最初は沈黙する2人。
「俺、あかねの望む彼氏にはなれない。ごめん。」
頭を下げる奏。
「奏じゃなくて、夢を追ってる奏の夢に乗っかりたかっただけ。私には何もないから。ハッキリ言ってくれてありがとう。」
抹茶ラテを飲み、頭を下げるあかね。
「あかね、ごめんな。」
再び頭を下げる奏。
「私たち初めからダメな2人だったんだよ。」
握手するあかねと奏。
2年後
奏はパリコレデビュー。
あかねは銀行員山岸29歳と結婚。
お互い、それぞれの道を歩んでる。

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