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【水野祐】「ルールメイキング思考」がイノベーションを促進する

NewsPicksアカデミアでは、10月から水野祐氏のゼミ「ルールメイキング思考」をスタートします。今年4〜6月にも開催し、大反響を巻き起こした水野ゼミですが、コンテンツ内容を一新し、リニューアルします。
本記事では、前回のゼミの内容をレポート。ゼミで学べるエッセンスを少しだけお見せします。

「法の遅れ」を補うのは、民主的なルールメイキング

「ルールメイキング思考」を学ぶために、会場に集結したのは、事前選考を通過した受講者たち。弁護士や法務といった法律関係者はもちろんのこと、企業の事業開発を担当者、広報担当者なども選出された。

水野氏は人選の意図を含め、本ゼミの目的を説明する。

水野 イノベーションを起こすためには、ビジネス開発に関わるすべての人が「ルールメイキング思考」を持つことが重要であると私は考えています。

私自身、弁護士として様々な企業の戦略法務をお手伝いしていますが、ルールメイキングというと法律家だけが担うものだと思われがちですが、特にいまの時代には法律家だけではイノベーションは起こせません。

最前線で本気でその問題に取り組んでいる関係者が議論を重ねた末にしか、これまでの景色を変えてしまうような戦略法務やルールメイキングなど、生まれないと思うからです。

このゼミでは、色々な属性の人同士でディスカッションを重ねながら、「ルールメイキング思考」について知識を深めていきたいと考えています。さらにみなさんが、ここで得た知識をもとにビジネスの現場で行動していくことで、「ルールメイキング思考」を社会に発信し、その文化を醸成していければという思いでこのゼミを開始しました。

水野氏は昨年2月、単著『法のデザイン』を上梓。本ゼミ開講にあたり、同書のタイトルでもある「法のデザイン」について、水野氏は以下のように解説する。

水野 法律や契約といった「法」を「自由を阻害するもの」として捉えるのではなく、社会をより良い方向に導くための潤滑油として捉えるべきなのではないか。その信念のもと提唱しているのが「法のデザイン」です。

法律は産業構造や情報環境の変化など、時代の変遷とともに形を変える。加速度的にテクノロジーが発展する現在、新たなイノベーションを円滑に創発するために、「主体的にルール形成に取り組むことが重要だ」と水野氏は指摘する。

水野 法律は、現実の後追いしかできません。イノベーションに追従するかたちでしか、変化しない。この現象を「法の遅れ(Law Lag)」と言うのですが、今の時代は歴史上最もLaw Lagが大きい時代なのではないか、と思っています。

このギャップを最小限に縮めるためにも、法律家だけでなく、企業や民衆が主体的に、ルール形成に参加する意識を持つことが重要です。

たとえば、人工知能、特に深層学習やブロックチェーンなどの先端技術が出てくる度、霞ヶ関の各省庁では「どのようなルールメイキングをするか」の議論が巻き起こるのだという。

それぞれの省庁において、別々に議論が起こっていることを「非効率」だと感じた水野氏は、慶應義塾大学 湘南藤沢キャンパス(SFC)で「リーガルデザイン・ラボ」というラボも運営している。

水野 僕ひとりの力では、リーガルデザインマインドやルールメイキング思考を社会に醸成することはできません。ルールメイキングを含む「法のデザイン」を研究・開発し、体系的に学び、人材教育を行う場所として、「リーガルデザイン・ラボ」をつくりました。

法規制をチャンスと捉える、クリエイティブマインド

UberやAirbnbなどの新興サービスが日本進出に苦戦している理由に、「日本は欧米に比べて、法規制が厳しいから」といった声が多くあがる。しかし、水野氏によれば必ずしも日本の法規制が欧米よりも厳しいということではないのだという。

では一体何が、日本のイノベーションを阻んでいるのだろうか。それは、日本におけるコンプライアンスに対する捉え方や「空気」の存在だと、水野氏は説明する。

水野 欧米と日本では、コンプライアンスに対する解釈に齟齬があるのではないか、と思っています。英英辞典で「コンプライアンス」を調べてみると「The action or fact of complying with a wish or command」とあり、これは「理想を求める意思または命令・法令等を遵守した行動様式」と意訳できる。

一方で、日本において「コンプライアンス」は、「法令遵守」と訳されています。ここで気づいてほしいのは「wish」=意思の部分が翻訳されていないということです。

ただ法律を遵守しているだけでは、イノベーションは起こせません。「コンプライアンス」は「法令遵守」よりももっとずっと深い、豊かで、複雑な概念なんです。ルールは時代とともに変化することを前提に、「コンプライアンス」の訳語を考え直す必要があるのではないでしょうか。

GoogleやAirbnbなど厳しい法規制の領域でサービスを展開する企業は、専門的に対応する公共政策部を置いている。たとえば、以下の記述はAirbnbの公共政策チームの説明だ。

「Airbnbの公共政策チームは、我が社の時代を先取りするイノベーティブな進取の精神を現実のかたちにする部署です。シェアリング経済の最前線でAirbnbは、政策、法、政府の従来の枠組みに収まらない事業を展開しています。これを障害と見る人もいますが、私たちはそうは思いません。むしろ政府とコミュニティが直面する課題にクリエイティブで現実的な解決策を見出すチャンスと捉えます。」(公式ページより

水野 Airbnbがいう「政府とコミュニティが直面する課題」とは、法的にグレーゾーンである部分と言えます。これを「現代社会の課題を解決するチャンスと捉える」のには、「なるほど」と思わされました。

先ほどもお話したように「法の遅れ」が大きい時代のなかで、新しいことに挑戦しようとすると、グレーゾーンに直面することが多くあります。実はそこに対して立ち向かうことは、社会課題をクリアする可能性がある、とてもクリエイティブな作業なのです。

UberやAirbnbの動きの背景にある「戦略法務」

先ほどの「理想を求める意思または命令・法令等を遵守した行動様式」に基づき、ビジネスのサービス設計を法的にサポートする仕事を、水野氏は「戦略法務」と表現する。

水野 戦略法務においては、ビジョンを実現するために必要な法的なロジックを、サービスのローンチ前に綿密に積み上げる仕事が重要になります。ビジョンとは「社会に提示できる新しい価値」のこと。

ロジックは「現行法において、一定の解釈で成立し得るか」を示します。ここで重要なのが、「成立する」ではなく「成立し得るか」。

ルールメイキング思考がある欧米企業においては、戦略法務によって「ビジョンとロジック」が両立していれば、法的にグレーな部分があったとしても、サービスをローンチするのだという。

水野 彼らは、弁護士や研究者などの専門家からの意見をもとに、「現行法でそのサービスが成立し得るか」を徹底的に考えてロジックを立てています。なので、その確信がある程度とれればば、たとえ法的にグレーな部分があったとしても、サービスをローンチしています。

欧米、特にアメリカは訴訟社会である。GoogleやUber、Airbnbといった企業は、過去に何度も訴訟を起こされている。こうしたとき、彼らが粘り強く行うのがロビー活動だ。

水野 訴訟が起きてから、最高裁にいくまでには少なくとも2〜3年かかります。彼らはこの間に積極的なロビー活動を行い、「価値あるサービスを提供している上に、現行法で成立し得る」ことを社会に対して主張していくのです。

水野氏によれば、米国のロビー活動の担い手にも変化が生じているそうだ。以前はいわゆるロビイストや弁護士がほとんどだったが、最近だとPR・広報担当者も多くなってきているという。

パブリックリレーション、すなわち「組織と、その組織を取り巻く社会との望ましい関係をつくり出すための考え方」を持つ人間が、ロビー活動を率いている。

水野 ロビー活動が広報的に機能することで、徐々に「価値あるサービス」として社会に普及していくのです。最終的に訴訟が終了する頃には、市場のシェアが拡大しています。

UberやAirbnbは、この一連の流れをしっかりスケジュールを切って狙ってやっています。

新しい社会を創出した、「戦略法務」の成功事例

戦略法務は、通り一辺倒なものではない。さまざまな企業の戦略法務に目を向ける水野氏が「面白い」と感じた国内外の事例もいくつか紹介された。

水野 Googleが提供する書籍全文検索サービスの「Google Books」はかつて、著作権侵害にあたるとして米国作家協会と複数の書籍の著者から訴えられました。

しかしこの訴えは、ニューヨーク連邦高裁で「フェアユース(公正利用)」にあたるとして棄却されたのです。これは、外部の弁護士からの意見書が効果的に作用したおかげだと言われています。

また、世界中の風景がパノラマ写真で提供されている「Google ストリートビュー」も肖像権侵害にあたるとして、訴訟を起こされています。これに対してGoogleは、人物の顔や車のナンバープレートにぼかしを入れる最先端の技術を開発し、サービスを継続させました。

これらはどちらも、戦略法務が遂行された事例です。一方で、Googleグラスは法的なハードルを超えることができなかったことが撤退の一因だと言われています。

日本においても戦略法務を実践しているスタートアップや大企業がある。ゼミでは、水野氏が考える先行事例が紹介された。

水野氏によれば、戦略法務の成功例は、米国企業や先進的なスタートアップ企業だけでなく、日本の大企業の過去を振り返れば、戦略法務の成功例も存在しているという。「本ゼミではそれらの事例を集めることもやっていきたい」と水野氏は話す。

水野 たとえば、TSUTAYAを手がけるカルチュア・コンビニエンス・クラブ株式会社さん。彼らは、もともと大阪の貸レコード屋として創業しています。

当時「レコードを貸す」行為は、法律上グレーゾーンでした。実際、1981年にレコード会社13社と日本レコード協会から、著作権侵害にあたるとして、民事訴訟されています。

しかし、著作権法上には当時、貸与権が明文化されていなかった。最終的には著作権法が改正され、著作物を貸与できる権利を手に入れたのです。これはまさに、戦略法務的な動きといえます。

さらに水野氏は、ソフトバンクが通信事業に参入した当時を振り返る。

水野 通信市場はもともと、NTTとKDDIの2社が独占していました。そこで、ソフトバンクは「市場競争が活性化されないから、消費者にとって不利益な状態になっている」と総務省に訴えかけたのです。

この働きかけにより、周波数を獲得するに至りました。これは典型的なロビー活動の事例ですが、このあとの通信事業をめぐる景色がどのように変わったかはみなさんもよくご存知でしょう。

さまざまな戦略法務の成功例を振り返った上で、水野氏は「新しいビジネスが社会に普及したときには、その理由を分析する必要がある」と話す。

水野 新しいビジネスを興すためには、社会を説得する必要があります。ニコニコ動画やメルカリも、今や当たり前のように使われているサービスですが、もともとグレーな部分がありました。

彼らがどのようにして、サービスを広めたのか、グレーゾーンを渡ってきたのかを分析することで、戦略法務の視点が磨かれていくと思います。このゼミでは、みなさんと一緒にその分析を進めていきたいです。

(撮影:是枝右恭、構成:オバラ ミツフミ、編集:野村高文)

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社会の変化が激しい昨今、新たにビジネスを起こす際には「法律の壁」に直面します。しかし、法律や契約に対する一定の「視点」を身につければ、規制やグレーゾーンは一転してイノベーションの場所となったり、ビジネスのチャンスを広げる機会を獲得できます。

新たにビジネスを起こす人材は、どのような「視点」で法律や契約といった法と向き合うべきなのか。本ゼミでは、「法を駆使してイノベーションを最大化する」ことをテーマに掲げる水野祐弁護士と、新規ビジネスを立ち上げる際に不可欠な「ルールメイキング」の視点を得ていきます。

秋学期では、春学期のゼミをさらにアップデートし、水野氏本人が重要度の高いディスカッションテーマを選定。具体的には、SHOWROOM、タイムバンク、メルカリ、Tik Tok、polca、CASHなどの注目サービスを中心に、法律的な観点から徹底分析していきます(取り扱うサービスは変更される可能性があります)。

企業内の新規事業担当者、既存の法制度では解釈が難しいサービスを作ろうとしている起業家、自社のビジネスを促進したい法務担当者・弁護士などの方々の参加をお待ちしています。

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