『レンゲ』 R06/01/22

 ラーメンとかチャーハンとか、人生の中で時々、レンゲを使う瞬間がやってくる。

 レンゲ。形が蓮の花に似てるからレンゲというらしい。もっぱら中華料理を食べるときに使うものらしく、中華料理風日本料理が大好きな僕は、よくレンゲに遭遇する。しかし、僕はレンゲを使わない。

 なんで。幼い時は、麺をレンゲに移してフーフーしてから食べていた。ただあるとき気づいてしまった。これでは一緒に食べてる人から大きく遅れて食べ終えることになってしまうと。僕の知り合いに60代のおじさんがいる。そのおじさんは注文した料理が来るまでに、何を思ったのか自分のコップに大量のお酢を入れて、健康に良いからと言ってごくごく飲んだ変なおじさんである。変なおじさんはラーメンを食べるのがとにかく早い。なんとダイナミックな食べっぷりだこと。さながら大きな滝を飲み込むが如く。これでは2人の間で、20分近く食べ終わるのに差ができてしまう。少年は必死に考えた。結論は、熱い麺を我慢して口に放り、辛抱して飲み込むという方法。レンゲによそってフーフーなんてしている暇はない。それは単なる甘えでしかない。

 ラーメンとは僕に、忍耐の大切さを教えてくれた食べ物なのだ。かくして僕は、レンゲを必要としない人間へと成長を遂げた。

 この頃行くラーメン屋さんの多くは、箸もレンゲも卓上にすでに置いてあり、必要になったら自分で取るシステムになっている。故にレンゲを必要としないスーパーな僕は、箸のみを取り、熱いのを我慢しながらズズズッと麺を啜る。けれど、すでにレンゲがお椀の淵に引っかかっている時がある。鎮座ましますレンゲ。どう使うか。引っかけたまま食べ続けると、スープの中へいつの間にかいなくなっていることがある。かと言って店員さんに「これいらない」と先に下げてもらうのも気が引けるしーーー。

 そうだ。左手でずっと持ってればいいんだ。どうせスープの重みでお椀は動かないし、手持ち無沙汰な左手さんの出番を作ってあげようじゃないか。

 この話を知っている母は、家でラーメンを作ったときには必ず、レンゲをつけて出す。一瞬たりとも使われないレンゲを左手に持つ僕を、母は笑うのだ。使用されないのだから、洗う必要だってない。なんとエコな遊びだこと。

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