東京一極集中への対策

東京一極集中の是非が東京都知事選挙の争点のひとつになったが、東京一極集中は到底肯定できるものではない。東京在住の多くの有識者は、地方都市への人口集中と東京一極集中を同等のものとして捉えていて、東京一極集中を肯定している。東京一極集中と地方都市への人口集中は全く別物である。コンパクトシティ化はサービス効率化のため必要であり、都市計画において他の選択肢は存在しないだろう。しかし東京一極集中は以下の問題を更に悪化させ、在住者がより不幸になっていく(または幸せが遠のく)。

社畜大量製造機、人間性の低下、無責任人間の増加

エネルギー等の浪費

環境悪化

経済的文化的多様性の欠如

ジェントリフィケーション

テレワーク化に逆行

災害に弱くなる

変動費率と追加コストの増加、待機児童問題

自然に触れる機会の低下

品川でも渋谷でも新宿でも六本木でもどこでも良いが、多くの人がいる場所を歩けば、詳細な議論は必要ない。そこで歩くだけで、人が多過ぎて疲れる。歩く効率が非常に悪いことを誰もが体感できる。エネルギーを浪費していることを誰もが体感できる。人混みは人ゴミという認識を生み出し、人材の使い捨てを許容する思考を育む。逆に田舎では、たった1人の新規客、友人を得ることに時間がかかるため、その1人との出会いを大切にする。(コンビニ等のチェーン店を除く)

東京一極集中を許容する人は基本的に強者であり、上記問題と関わりが少ない人である。個人の貧困化、国家の弱体化が進む日本においては、上記問題は致命的である。

貧困化が進み、東京でホームレスが増加する。その時に、ホームレスや低所得者向けの住宅を充実させることは対処療法であり、好ましくない。そこでホームレスや生活困窮者を地方都市に強制的に移転させるべきである。東京ではググれても自宅警備員やホームレスになるだけである。しかし田舎ではエース級人材である。再チャレンジの場が田舎である。都会は競争が激しいため、再チャレンジ許容度が本質的に低い。田舎では競争が少ないと言う以前に、都会で存在したビジネスが存在しないことが多い。

Uターン支援事業の失敗の一因は、生活困窮者にUターン支援の情報が届いていないか、自分には関係がないと思われたことである。情弱には強制的な対応しか方法はないだろう。

田舎の良質な野菜や魚をより多く田舎で消費すれば環境に優しく、日本がインフレを生む可能性が少しでも高まる。均衡ある発展という発想は昭和の遺物であるが、地方都市の充実は当面の重要課題である。

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