与党と野党の支持率の関係について

自民党員や安倍政権応援団、学問的業績がないが防衛省の機密情報に接することができた吉木誉絵氏等は、自民党の不祥事、支持率低下の話になると必ず野党の支持率の低さを攻め立てた。自民党の支持率低下と野党の支持率上昇は別次元の話である。
例えば阪神タイガースが不祥事を起こしたら、読売ジャイアンツの人気が上昇するか。別次元の話だと御理解頂けるだろう。ではもし阪神タイガースのファンがファンを辞めたらどうか。彼らは読売ジャイアンツのファンになるか。一定程度の数のファンは、ファンを辞めたら野球を観戦することも辞めるだろう。一球団が不祥事を起こせば野球界全体の人気低下になるだけで、特定の球団の人気上昇につながるとは到底考えにくい。しかし政治の話においては別次元の話が同列に扱われてしまっている。

自民党の度重なる不祥事、問題発言が発生したことを国民が知ることができているのは、それらを暴いてきたマスコミとその情報を元に自民党を追求してきた野党議員の活動があるからである。自民党の不祥事がニュースになった時にどれほどの数の人がマスコミの活動を支持したり、応援したり、感謝したりしているだろうか。千人に1人以下ではないだろうか。他の999人は「自民党はだらしない」という感想を持つだけであり、野党議員の活動が支持されて然るべき時にも支持されない。

つまり2つの点で自民党の支持率低下と野党の支持率上昇は別次元である。

自民党が20年前、40年前とは別物の組織になっても、自民党という看板は一定なので、一定の価値を持ち続けてきたという幻想を振りまくことができている。またあらゆる国民に対して党としての分かりやすさを提示しており、選挙に有利である。
野党は、離散集合を繰り返すことは仕方がないとしても、1つの看板を数十年間使い続けられるように結集すべきである。そのためには優れたリーダーを擁することでもなければ、斬新な政策を打ち出すことでもない。いかなる失敗、対立があろうとも気にせず、それらを糧として次々に消化し、1つの看板に集い続けることである。この30年間の選挙における野党運営の問題は、目新しさに目を奪われ過ぎたということである。新党が打ち上げ花火のように輝き、人気を博し、そして散っていった。花火ではなく種を植え、花が咲くのを待つべきだったのである。

現在もそして今後も超高齢社会は続き、若者の政治への無関心は続く。政治と選挙にとって氷河期は数十年続く。吹雪の時に花火を上げても見る人はほとんどいない。しかし人々の家の中に花を届ければ、大切に扱われる。それが具体的にどのような行動なのか。少なくともロシアがアメリカとヨーロッパで行ったようなデマ情報の拡散ではないことは確かである。

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