寄付金という善意がもたらす害

地球温暖化等により、世界的に自然災害が増加し続けると言われている。災害発生毎に寄付をすることで、寄付が税金のような定期的な性格を帯びるようになる。もちろん税金とは異なり、寄付をしないという選択肢は常に存在する。しかし一定数の人々は几帳面に毎回寄付をする。それ以外の人は、「災害は毎度のことなので、いちいち寄付をする必要はない」と判断するようになるだろう。長期的には、寄付の総額は下がり続け、毎回寄付をする人の善意が過小評価されるようになる。
ボランティア全般に言えることだが、積極的な善意だけでは、長期的にその取組みは縮小傾向にならざるを得ない。如何にして積極的ではない善意を集めるかが長期的に重要な課題になる。

寄付の税金化がもたらす他の問題は、役所が一定数の義援金、寄付金を当てにすることで、人に直接渡る予定だったお金が、不要な箱物や道路等へのお金に回るようになることである。つまり、寄付があることで、自民党の票田である土建屋を潤すだけの結果がより強固になる可能性が高い。災害対策には与党も野党もないという建前が長期的、本質的に成立しなくなるだろう。

塾や予備校が学校の指導の補助的なものだった時代から、入試の問題作成、作業代行や大半の学生が塾に通うようになることで、塾が学校の代替サービスに進化し、学校の存在意義が低下してしまっているのと同じように、寄付が役所にとってより大きな資金源になってしまうことで、より多くのお金が公共事業を通じて浪費されるようになるだろう。

そのような状況を回避するためには、役所と実質的に役所化しているNPOに義援金、寄付金を渡さないようにすることである。その副作用として、小さなNPOに一気に巨額のお金が流入し、寄付金の不正使用が起こる事件が起きたとしても、長期的に役所に新たな税収ができることよりかは社会的害は少ないだろう。実際に東日本大震災で支援していたNPOによる寄付金や補助金の不正使用事件があったが、役所とは比較にならないほどの小さな金額だったことを考えれば、その事件は、NPOという箱についての勉強代だったと言える。

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