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“発酵”という、いまだ未知なる世界に挑戦する。

(文=薮下佳代/ライター)

“発酵”の概念を変える職人と企業から生まれる、いまだかつてないパートナーシップ。

オーベルジュ「とおの屋 要」を訪れた時、その静謐な空間で供される美しくおいしい料理にただただ驚いた。旬の地のものを使うのはもちろんのこと、発酵や熟成など、時間をかけて作られた食材を随所に用いた味わい深い料理の数々。それはまさに、「とおの屋 要」のコンセプト通り、「時を食す」料理だった。

店主の佐々木要太郎さんは、発酵、熟成のエキスパートであり、日本屈指のどぶろくの造り手でもある。今回の発酵プロジェクトは、その彼のすばらしい技術に惚れ込んだ人々により立ち上がった。

自家製のどぶろくは、ひと目みて、今までのどぶろくとは異なっていた。ぶくぶくと大きな泡が立ち、それはいつまで立っても消えることがなかった。それはまさに菌が生きている証拠。一口飲んでみると、驚くほどなめらかで、米の甘い香りが鼻を抜け、米の粒はあっという間に口のなかへと消えていく。その口溶けの良さは、むしろあっさりとさえしていて、米の甘い余韻をほんのり残すのみ。甘みと酸味、ほどよいバランス感で、見た目とは裏腹にとても飲みやすい。今までに飲んだどんなどぶろくとも違う独特の味わいだった。

発酵プロジェクトのパートナーであるロート製薬の佐藤功行さんも、このどぶろくを飲んで衝撃を受け、「このプロジェクトをやるべきだ」と確信した一人。遠野での佐々木さんとの出会いが、新たな道を開くことになる。

「初めてどぶろくとプロシュート(生ハム)をいただいた時、本当においしくて驚きました。どぶろくは、どこか田舎くさくて、酸っぱかったり、口の中に残ったり。今までおいしいと思ったことがなかった。でも、要太郎さんのどぶろくは、しっかり発酵が進んでいるものの、酸っぱさはなくて、発泡も強めなのに繊細さがある。『これがどぶろくなのか?』と今までのイメージがガラリと変わりました」

「また、プロシュートも、単純に塩漬けにしただけではなく、熟成という手法を用いて旨味を極限まで引き出したもので、とても味わい深いものでした。遠野で、発酵食品のおいしさと奥深さを知り、ヘルスサイエンスと発酵をつなぎ合わせて、今までにない発酵プロジェクトを立ち上げたい。そう考えるようになったんです」(佐藤さん)

日本酒の原型ともいえる「どぶろく」に、未知なる可能性を見いだす。

そもそも、「どぶろく」とは、米、麹、水を発酵させた素朴なお酒。昔から農家で余った米を使って造られてきた。その起源は古く、米作りが始まったのと同時期から造られていたともいわれている。そんな長い歴史を持つどぶろくだが、明治以降、酒税法により自家醸造が禁止されたため、密造酒として家のなかでひっそりと造られることになった。しかし、2003年、飲食店や民宿などでどぶろくの製造を許可する「どぶろく特区」の認定を受け、遠野が全国にさきがけて、どぶろく造りをスタートさせることになる。

佐々木さんの実家は民宿を経営しており、この「どぶろく特区」をきっかけに免許を取得。遠野を出て、東京で働いていた佐々木さんは、その頃、発酵も料理ともまったく縁がない生活をしていたが、実家に戻り、酒造りを学ぶことに。

「どぶろく特区」の条件は、「飲食店を経営していること」「田んぼを管理していること」「それが同一名義人であること」というもの。そこで、免許を取得する1年前から無農薬で米作りもスタートした。岩手県の工業技術センターで日本酒造りの基礎を学びながら、初めての米作り。知り合いの農家さんに教えてもらいながら、手探りで始めたという。無事、免許を取得したものの、おいしいどぶろくが造れるようになるまでは、試行錯誤の連続だった。

「初めて造ったどぶろくは、めちゃくちゃまずかったですね(笑)。忘れもしない、2004年6月30日にできたものでした。今なら見極められる発酵の状態も、当時はまだわからないままに、ただ勢いだけで造っていました。教えてもらったことを忠実に造っていましたが、発酵は生き物ですから、その時の状態で違うんです。トライ&エラーを何度も何度も繰り返していくうちに、自分のイメージするどぶろくの味に少しずつ近づいていきました」(佐々木さん)

「自分が求める味」を造るため、工業技術センターに3年間通いながら、先生を質問攻めする日々。そして、ある時、「もうこれ以上教えることはない」と言われてしまう。

「君が求めている味を出すには、酒蔵に行って勉強するしかないんじゃないか、と言われました。そこで、ある人を介して、奈良県にある『久保本家酒造』で勉強させていただけることになったんです。日本酒醸造のなかでも最高の技術が必要だといわれる生酛造りで酒を造る伝統ある酒蔵で、酒造りの本質を学ぶことができました」(佐々木さん)

加藤克則杜氏のもとで、酒母や麹造りを学んだという佐々木さん。「この人に出会ってなければ、いまの僕はありません」と断言する。


佐々木さんが造るどぶろくは、そうしたいろんな経験のなかで、10数年かけて作り上げた独自のもの。その頃から考えていたどぶろくの味は、いまも頭の中にある。

「僕が大切にしているのは、完璧なまでのバランスの良さと、飲み口のエレガントさです。『久保本家酒造』で学んだ酒造りの技術をベースに、独学で造りあげた生酛仕込みのどぶろくが、自分の理想とする味に近いものに仕上がっていますね」(佐々木さん)

今回、Next Commons Labの発酵プロジェクトにおいて酒造りを担う蔵人は、まず佐々木さんの元で、どぶろく造りを学ぶことになる。本来であれば、2~3年で習得できるものではない。見て、体験して、習得していくしかない。

「自分の感覚だけで仕事をしている部分があります。発酵の状態を見て、次の作業を見極める。それを言葉にするのはやはり難しい。だから、仕事を見て覚えてもらうことになると思います。どぶろくは、まだまだ未知の世界。どぶろくなんて、日本人なら誰でも造れるだろうと思われるかもしれませんが、そうではない。手をかければ、今までにないおいしいものができあがる。ロート製薬さんが賛同してくれたのも、そこにおもしろみを感じてくれたからだと思います。そんな風に、どぶろく造りをおもしろいと思ってもらえたら、うれしいですね」(佐々木さん)

発酵食品の価値を現代に合わせてリブランディングしていく。

佐々木さんはどぶろく以外にも様々な発酵食品を手がけている。たとえば、プロシュートを作るようになったのは、佐々木さんの曾祖父が「鉄砲打ち」だったために、自宅で干し肉を作っていたということを知ったのがきっかけだった。うさぎや鹿を獲っては、家のなかや軒先に干し、それを食料として山に籠って猟をしていたのだという。また、その昔「醍醐(だいご)」といわれた乳酸発酵で作られていたチーズのような食品があることを知り、自分にも作れるのではと考えた。佐々木さんは好奇心のおもむくままに、すべて独学で、発酵や熟成を学んでいったのだ。

「自分で作ったもので、おなかを壊したこともありましたね(笑)。そうやって自分の体を張って習得していくしかなかったんです。今は、長期熟成のサラミや、からすみも作っています。僕1人でどぶろくも造って、オーベルジュもやりながらなので、どうしても生産量が追いついていないのが現状です。今回のプロジェクトでは、そうした発酵食品の担い手にもぜひ来てほしいと思っています」(佐々木さん)

この発酵プロジェクトでは、地元の食材を使ったプロダクトを開発し、国内向けのブランドを立ち上げる計画がある。どぶろくの造り手とともに募集するプロジェクトのもう1人の担い手は、佐々木さんの下で発酵を学びながら、商品開発に従事することになるだろう。

「発酵、熟成のすばらしいところは、年月が経てば経つほど、価値が上がるということ」。そう語ってくれたのは、国内向けブランドの立ち上げを担当するプロジェクトパートナーの渡辺敦子さん。昨年、東京から遠野に移住し、佐々木さんの発酵技術や、遠野の豊かな食材に魅せられた一人だ。

「かつて、発酵は保存方法の一種でしたが、発酵、熟成させることで、栄養価も高まり、おいしくなっていく。さらに、時間が経てば経つほど価値が高まるのが発酵のおもしろいところなんです。つまり、ストックが財産になる。通常であれば、販売に早くのせないとロスになってしまうものも、置けば置くほど、資産価値が高まる。それは小売業にとっては実は革命的なことかもしれません」(渡辺さん)

こうした発酵文化全体を、いま一度、現代の暮らしのなかで捉え直し、新しい価値観で提供していくこと。そして、発酵そのものを科学的に解明していくことで、これからの暮らしや健康に役立てていくことは、この発酵プロジェクトの大きな柱となる。

目に見えない世界を可視化する。サイエンスがひも解く発酵の不思議。

誰もが知る発酵だが、そのプロセスはまだまだ知られていないことも多い。

たとえば、発酵が“生き物”であることを示す、こんな話がある。

まったく同じ大きさのタンク、同じ原料、同じ手法と環境で、別々の人間がそれぞれにどぶろくを造り、できあがったものをデータ分析してみたら、同じものにならなかったという。またもうひとつの事例では、データ上では成分も数値も同じものができあがったけれど、テイスティングしてみると味が違ったというのだ。蔵人が意識せずにやっている米を洗うという作業ひとつとっても、残っている糠の量がわずかに違うだけで、完成品は少しずつ異なってくる。

目に見えない複雑な世界だからこそ、発酵を科学的に解明していこうという、このプロジェクトに期待は高まる。

「目に見えない菌の状態は、味を見たり、状態を目で確認して勘で判断するしかありませんでした。けれど、それらをすべて数値化していくことで、新たに生産ラインを広げることができるし、ほかのエリアで応用が効くかもしれません。また、発酵食品がもっている『おいしくて健康にいい』というイメージを、きちんとデータを取って裏付けしていきたいと考えています。発酵が体にいいというのは知られていても、何がどういいのかというところまではわかっていません。それが今の最先端技術を使えば、DNAレベルで調べることができるんです」(佐藤さん)

大学の先生や専門家と連携し、サイエンスとして発酵を研究できるのは、製薬会社であるロート製薬だからこそ。佐々木さんが時間をかけて作り上げてきた“発酵の知恵”が1人の職人の範疇を超えて、より汎用的な知見へと昇華することでビジネスの可能性は格段に広がり、社会に役立つツールとして応用することも可能になる。

「まずは、どぶろくから始めたいと考えています。どぶろくがどういう風に体にいいのかを研究していきます。いずれは、発酵だけじゃなく、熟成を含めた食全般にまで広げてエビデンスを取りながらやっていきたい。そして、国内だけでなく海外への進出も視野に入れています。数年かけてチャレンジしていきたいですね」(佐藤さん)

遠野から、東京を飛び越えて、世界へ。

どぶろくをはじめとする日本古来の発酵食品が、健康にいいものとして世界中で当たり前に食される日がくるかもしれない。“発酵”という可能性をどう追求していくか。それは、あなた次第だ。

Text : 薮下佳代(ライター)

発酵プロジェクトについて

【Next Commons Lab 説明会】

第二回 6/5(日)13:00〜

会場: 合同会社 paramitaオフィス

(東京都渋谷区南平台町12-13 秀和第二南平台レジデンス1104号室)

第三回 6/12(日)13:00〜

会場: 合同会社 paramitaオフィス

(東京都渋谷区南平台町12-13 秀和第二南平台レジデンス1104号室)

<お申込みはコチラ>

【Next Commons Lab 現地説明会@岩手県遠野市】

6/11−12(1泊2日)

集合日時:6/11(土)13時15分 

解散日時:6/12(日)14時00分

集合場所:JR遠野駅

定員:12名

参加費:14,000円(宿泊費・食費を含む実費です)

※本エントリーをご検討されている方を対象とさせていただきます

<お申し込みはコチラ>

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