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畑から食卓までをつなぐ“食べる”コミュニティ

(文=片田理恵/編集者・ライター)

食材と情報と人が集まるハブベース

 食べることは生きること。それゆえ食べる場所には多くの人が集まってくる。人が集まれば同じ数だけ知恵が集まり、それは次第に成熟して文化を生み、時代の空気を醸成する。Next Commons Labが掲げる“つなぐ、つくる、つづく”という理念もまさにそこにあるのではないだろうか。有機的につながり合うコミュニティの中心地として「カフェ」をつくろう。それがこのフードハブ・プロジェクトだ。

 かつてカフェで過ごすことは「おしゃれで雰囲気のいい店で食事やお茶をすること」とほぼ同義だった。けれど今秋遠野にオープンするこのカフェはどうも感じが違うようだ。今回募集するカフェオーナーの最初の課題は、その違いを考えること。この町でサスティナブルな空間としてカフェを機能させるために何が必要なのかをともに模索していける人材が求められている。

 とはいえカフェにおける最も重要な要素が揺らぐわけではない。どんなものが食べられる場所なのか。それはシェフのアイデア次第、腕の見せ所だ。現段階での構想がある。遠野ならではの食材を使い、地元に伝わる味付けや調理法に敬意を払いつつ、家庭の食卓の延長のようにシンプルなごはんが食べられること。そして「垣根をつくらない」ことだ。

 お母さんが小さな子ども連れでお茶を飲みにくる、台所仕事が大変になったお年寄りの夫妻がお昼ごはんを食べにくる、仕事帰りのお父さんが家に帰る前に一杯だけお酒を飲みにくる、旅行者が町の情報を聞きがてら郷土料理を味わいにくる。そんなあらゆる「食」のシーンに対応できるようなカフェにしたいという。誰にとっても来やすいというハードルは相当に高い。けれどそれを実現できてこそ、その先の発展があるとプロジェクトパートナーの渡辺敦子さんは考えている。

「遠野にはいい生産者がいて、いい食材があります。けれどそれを調理できる人と文化が圧倒的に不足している。提供したいのは、地元の新鮮な野菜やとれたての海産物を使った、素材そのものの味を楽しめるような食事です。遠野で暮らす人、遠野を訪れる人、あらゆる年代や職業のすべての人にとっての良い食事を考えたい」

遠野らしい健康的なごはんと文化を伝えたい

 渡辺さんは遠野に暮らしてもうすぐ1年。9カ月の娘を連れて家族3人で外食をすることも多いが、毎日でも通いたくなるような“普通のごはん”が食べられる場所にはなかなか巡り会えないと感じるそうだ。「ボリュームもカロリーもたっぷりの特別なごはんって毎日、毎食、食べるにはちょっと重いですよね。季節の旬の野菜をメインにお魚かお肉を少しいただくというのが私にとってはちょうどいい。そこに食材や調理法で“遠野らしさ”がプラスされているのが理想です」

 健康的な食生活というと味気ないものに思われる向きもあるが、決してそうではない。そのままでも味が濃い旬の野菜に使う調味料はほんの少しでいい。みずみずしく甘いとれたての果物は最高のおやつだ。何を豊かさの基準にするかによって、おいしさと健康は等しく比例する関係となる。

 プロジェクトはすでに地元の生産者ともつながっている。一般に八百屋で売られている野菜のうち遠野で作っていないものは、まず、ない。野菜はすべて遠野のものを使用するが、特に地元の特産品として効果的に使いたいのはわさび、クレソン、ホースラディッシュ(ごぼうわさび)、山菜だという。ほかに古来伝わる地域の在来種として暮坪かぶ、琴畑かぶ、南部芭蕉菜。果物ならブルーベリー、りんご、洋梨、ブドウ、山葡萄、プルーンが挙がる。さらにササニシキの交配親の一方であるササシグレ(米)に、南部小麦の地粉(小麦粉)。川魚のヤマメやイワナ、三陸産の魚貝や海草類なども豊富だ。

「以前東京に住んでいた頃には食べたことがなかったものもたくさんあります。私にとってはこれらがまさに遠野の味。どれも驚くほどおいしくて安いんですよ。だからシーズン中は毎日でも食べられる。鮮度がいいってこんなに大事なことだったのか、と気づきました。だからこれを東京へ移送したとしても同じおいしさは味わえない。コストパフォーマンスも落ちる。遠野の食材は遠野で食べるのが一番いいと思うんです」

 生産者と消費者を、つまり畑と食卓をつなぐという役割は地域にとって非常に重要だ。遠野に限った話ではないが、年々高齢化する生産者と若い世代の分断が顕在化し始めているという課題がある。当然これは地域の食文化にも大きな影響をもたらしており、漬け物などの保存食や郷土料理の作り方が次世代に受け継がれていないという事態を招くきっかけにもなっているのだ。渡辺さんの危機感もそこにある。だから「地産地消」を取り戻すことができれば、生産者への感謝とエールを伝えることができ、かつ世代間の交流も深まるのではないかと考えるに至った。

「食文化を伝えるような場所をつくらなければと思いました。それは食べる場であり、学ぶ場でもある。若いお母さんに地元の食の豊かさを感じてほしいし、添加物や化学調味料の意味も知ってほしい。子どもたちに何を食べさせるかを考えるきっかけにもしてほしい。そんな願いから生まれたプロジェクトなんです」

地域にとっての「理想の食」を考えるために

 メニューは採用後にオーナーとともに考えていく予定だが、店舗物件、店内の設計と改装、事業計画などはすでに動きつつある。

 場所は遠野駅から徒歩10分程度の商店街。昭和の初めまで市でにぎわっていたという風情ある街並みに残る、石造りの2階建て建築だ。通りを挟んだ建物正面には、遠野名菓「明がらす」で有名な「まつだ松林堂」がある。レトロな趣ある外観はそのまま生かし、近く内装工事が始まる。要所に古材を用いながら全体は漆喰などの天然素材で仕上げるイメージで、家具や照明は造形作家が手がけた作品を使う。今後は遠野周辺に住む作家を発掘していく予定だ。

 店内の見取り図もほぼ完成。通りに面したガラスの引き戸を開けると奥に長く広がる、いわゆる“うなぎの寝床”形をしている。入口そばは物販スペース。ここではカフェで使用するのと同じ野菜や米、調味料を販売する。客席はカウンターとテーブル席、Next Commons Labのミーティングスペースも兼ねた半個室で、おおよそ40人ほどが着席可能。ほかに畳敷きの小上がりのスペースを設けて、子どもたちが過ごせる場所をつくるという。その奥にはbook pick orchestraが選書するブックライブラリー、スタッフルーム、キッチン、トイレ。

 階段を上がった2階にももうひとつキッチン付きの広間があり、ここではイベントや各種パーティの開催を考えている。地元のおばあちゃんによる郷土料理の勉強会、日本全国からさまざまな料理人を招いてのワークショップ、親子で参加できる料理教室や離乳食作りなど、トライしてみたいアプローチは数限りない。ほかに個室もあるので、ゲストの寝泊まりなどにも対応できるフレキシブルな空間になりそうだ。

 また子育て中の渡辺さんならではの視点を生かし、サービス面での工夫も考えている。お腹が空く妊婦さんや授乳中のお母さん、1食を親子でシェアして食べる幼児連れのお母さんには「大盛り&おかわり無料」、離乳食メニュー、幼児食メニューの用意などだ。さらにこれらカフェのメニューを商品化して販売することも視野に入れ、野草茶、ジャム、万能タレなどの開発も同時に行っていくという。

「Next Commons Labには『発酵』と『クラフトビール』のプロジェクトがあります。これらの食に関するさまざまな取り組みと試みをこのカフェと共同でやっていく。だから“フードハブ・プロジェクト”なんです。地域にとって、遠野にとって、理想の食ってなんなのか。それを地元の生産者と一緒に考えていこうという人に来ていただきたいですね」

 私は今回の取材で初めて遠野を訪れた。一泊二日の取材中に出会った“遠野の味”のなかで、特に印象的だった2つを最後にご紹介したいと思う。

 初日の夕食でいただいておいしかったのが野菜と山菜。採れたてのコゴミを初めて食べたが、苦みもアクもほとんどないことに驚いた。やさしい歯ごたえがゴマ和えにぴったり。ほかにも色とりどりの野菜のおかずが7種ほど並び、いずれもシンプルな味付けで目にも舌にも美味。薬味などもうまく使った風味豊かな味わいは一朝一夕では真似できないものだと感じた。 翌日ご馳走になったのは農林水産省選定「農山漁村の郷土料理百選」にも選ばれている岩手県の郷土料理「ひっつみ」だ。地粉を練った生地を「ひっつまんで」作るところからその名がついたのだという。醤油味の出汁の中に野菜と鶏肉、ひっつみがたっぷり。味がよく染み、つるんと喉ごしがいいので食べやすい。具材や味付けは各家庭や地域で変わるようなので、食べ比べてみるのも楽しそうだ。

 総じて“遠野らしいおいしさ”を私なりに分析するなら「素朴」「丁寧」「表情豊か」といったところだろうか。そんな遠野の食を五感で楽しめるフードハブ・カフェができるのは、一旅行者としてもとても楽しみだ。

TEXT:片田理恵(編集者・ライター)

フード・ハブプロジェクトについて

【Next Commons Lab 説明会】

第四回 6/17(金)19:00〜

会場: sharebase.InC

(愛知県名古屋市中区錦1-15-8 アミティエ錦第一ビル6F)

<お申込みはコチラ>

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