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遠野を日本のビアカルチャーを牽引する街に――ホップ栽培農家とビール醸造家、メーカーの挑戦

(文=モリジュンヤ/ライター)

「クラフトビール」とは、小規模な醸造所(ブルワリー)で高い醸造技術を持ったビール職人が、丹精込めて造ったビールのことを指す。今、日本の各地、世界では、「クラフトビール」のブームが起きている。

日本では、1994年に酒税法が改正され、ビール製造免許を得るための最低製造数量が60キロリットルに緩和された。このとき、異業種の企業や自治体もビール市場に参入し、各地で「地ビール」ブームが起こった。

この「地ビール」ブームはしばらくすると沈静化したが、近年になってより高い品質を求めたブルワリーたちが生み出すビールが「クラフトビール」として注目され、ブームが再来しているのだ。

ビールづくりに欠かせない農家の存在

ビールと聞いて、多くの人が思い浮かべるのは、完成した商品の様子やごくごくと音を立てながらビールを飲む消費者の光景だろう。ビールを生み出すのに欠かせない原料を作る生産者のことを思い浮かべる人は、多くないはずだ。だが、この生産者の動きが今面白い。

ビールの原材料となるホップを生産するホップ栽培農家。ホップの生産というと、海外の生産地を思い浮かべがちだが、日本にもホップ農家は存在する。民話の里として知られる遠野は、なんと国内産ホップ生産のシェア20%を占め、ホップの栽培面積が日本一を誇る一大生産地でもある。

そんな遠野から、ホップ栽培とクラフトビールで地域を変えようというプロジェクト「Beer Experience」が始動した。

ホップ栽培農家の吉田敦史氏、ビール醸造家の能村夏丘氏、キリン株式会社CSV本部 CSV推進部の浅井隆平氏がパートナーとなり、ホップ栽培だけではなく、ビールの醸造までを地域の産業として育成し、さらには文化として根付かせていくという取り組みだ。

ホップファーマーとビールメーカーの関係

遠野アサヒ農園代表取締役の吉田敦史氏は、遠野でビールに関連する農作物の生産に取り組んでいる。同氏が生産する農作物はホップだけでない。スペインでビールのおつまにとして人気のある「パドロン」も生産している。

このプロジェクトで、吉田氏はキリンの浅井氏と出会う。浅井氏はキリンのCSV推進部のメンバーとして、画期的な東北の農業ビジネスを支え、地域リーダーになりうる人材と、東京のビジネスパーソンとマッチングする活動を行っていた。

浅井氏は吉田氏と話をしているうちに、「さらに遠野のためにできることはないか」と考えるようになっていったという。この想いが、「Beer Experience」にもつながっている。

新たなホップの生産やブルワリーへの挑戦

元々、キリンと岩手県遠野市には、50年以上に渡る付き合いもある。この関係を紡いできたのが「ホップ」だった。これまでキリンは遠野が栽培するホップの全量買取りをしてきた。

だが、遠野のホップ栽培農家は軒並み高齢化しており、ホップ栽培を止めるところも増えていた。このままではホップ生産は衰退する。そうなれば、日本産のホップを使ってのビールも出せなくなる。ホップ生産に関して、地域の課題と企業の課題が合致した。

ホップファーマーとして挑戦できることはいくつもある。吉田氏はクラフトビールの市場の成長に着目して、多品種のホップ栽培を試してみようと考えている。この「Beer Experience」プロジェクトでホップファーマーとして遠野に入ることになる人は、様々な経験ができるはずだ。

吉田氏「あくまでホップの生産が中心で、試行錯誤しながら日々改善していける人が向いているかと思います。チームで作業していくことになるので、チームに対して自分の意見を言うことができる人が望ましいですね」

吉田敦史氏(遠野アサヒ農園)

様々な種類のホップを生産すること以外にも、吉田氏は自らビール醸造を手がけたりブルワリーを開設することなども見据えている。きっと、「Beer Experience」に参加する人は、次世代ファーマーとしての経験を積むことができるはずだ。

「将来的に、生産者として醸造所が運営できたら、他のブルワリーにはできない生産面からビールの味わいに関する発信ができるようになります。これは強力なコンテンツになるはずです」

企業として遠野にできること

遠野の土地だけの活動ではなく、そこにキリンが関わることの価値は、どういうことが考えられるのだろう。

遠野の地でクラフトビールの生産が盛んになれば、キリンが遠野の国産ホップを積極的に使ったクラフトビールのカルチャーを全国に広めていくような活動も可能になるだろう。

こうした遠野とキリンのつながりを持続可能なものにするためには、取り組んでいることを事業として継続的なものにすること、そして地域にプロジェクトを牽引するリーダーを育てていくことが必要になる。

「遠野にはこんな熱量あるプレイヤーがいて、その彼らが明確なビジョンを持って取り組んでいるので実現性の高さに期待が膨らみます。企業は熱量ある地域の実現可能性に寄り添いたいのです」そう浅井氏は語る。

浅井隆平氏(キリン株式会社)

遠野を”ビールの里”へ

吉田氏と浅井氏は、ホップの価値を高めていくために、ホップの生産だけではなく、まちづくりの領域にまで範囲を広げ、活動を行うようになっている。2015年には、遠野市や第三セクター、ホップ農協など農業関係者とキリンで構成するTKプロジェクトと共に「遠野ホップ収穫祭」を開催。

同イベントの企画運営には、キリンから横浜赤レンガ倉庫に出向し、オクトーバーフェストの開催などを手がけていた浅井氏の経験が活かされている。来場者はホップの収穫を祝い、ホップの生産地でしかできないビアフェストを楽しんだ。

「ホップが採れる場所でしかできないホップ体感コーナーなどを設けました」と吉田氏は語る。ホップの生産地であることこそが、他の土地で開催されるビアフェストとの決定的な差別化となる。

「遠野ホップ収穫祭」の他にも、とれたてのホップでビールを仕込む体験をしたり、ホップの生産地をバスで巡るような「遠野ビアツーリズム」を産業化できないかと彼らは考えている。遠野には、ビールに関するコンテンツを生み出すポテンシャルがある。

日本のビアカルチャーを牽引する土地に

ホップの里からビールの里へ。彼らは遠野のあり方を進化させようとしている。「Beer Experience」が目指すのは、遠野から全国に広がるような様々な取り組みを実施し、日本のビアカルチャーそのものを面白くしていくことだ。

今回のプロジェクトで求められる役割は2つ。ローカルブルワーとして醸造家の経験を積むか、ホップファーマーとして⾃⽴するための栽培技術や経営のノウハウを学ぶか。入口は2つだが、ローカルブルワーとホップファーマーは遠野の地で密接に連携していくことになるだろう。

まちづくりにも関わり、ビアカルチャーを作っていきたいと考える意欲的な人は、ぜひ「Beer Experience」をチェックしてみてほしい。

TEXT:モリジュンヤ(ライター)

Beer Experienceについて

【Next Commons Lab 説明会】

第四回 6/17(金)19:00〜

会場: sharebase.InC

(愛知県名古屋市中区錦1-15-8 アミティエ錦第一ビル6F)

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