お母さんの心と体をサポートする新プロジェクト始動

(文=片田理恵/編集者・ライター)

地域での出産、産後、子育てを変えたい

 子どもを産むという奇跡を心から喜び、楽しみたい。母になることに自信と誇りを持って、子育てをしたい。そんな多くの女性の願いに寄り添いサポートするための新しい施設が、この夏、遠野で産声を上げる。産前の学びから産後のケアまで、お母さんの心と体のさまざまな変化を支えていく新しいプロジェクトだ。そのための活動をともにする人材を全国から募集する。

 発起人は生後9カ月の女児・怜ちゃんの母であるプロジェクトサポーターの渡辺敦子さん。妊娠8カ月の時、夫妻で東京から遠野へ転居した。引っ越しを終えて一息ついた昨年8月、自宅で破水して車で病院へ向かい、陣痛開始から11時間後に怜ちゃんが誕生。会陰切開はしたくないという渡辺さんの希望を考慮し、助産師は時間をかけて丁寧にお産をサポートした。「ツルン、と出たのがわかって。生まれてすぐに抱っこするカンガルーケアもさせてもらえたし、へその緒も血流が止まるまで待ってから夫に切らせてくれたんです。本当にありがたかったし、家族みんなにとっていい出産でした」と笑顔で語る。

 渡辺さんの産後をサポートしたのは、助産師で「まんまるママいわて」代表をつとめる佐藤美代子さん。県内各地で「まんまるサロン」と銘打ったイベントや交流会を開催する傍ら、東日本大震災の被災地支援を続け、さらに渡辺さんが出産した病院にも勤務している。出産をサポートするうえでの信条は「お母さんの気持ちに寄り添うこと、できるだけ希望を叶えること」。精力的な活動を支えるパワーの源は家族。自身も二児の母だ。

 東京にある助産院で経験を積み、地元・花巻で開業したいとUターン。だが助産院で出産を行うためにはさまざまな諸条件が整うことを必要としており、叶わなかった。やがて花巻市初の試みとなるフリースタイル出産(畳の部屋に布団を敷き、妊婦が自分の好きな体勢で出産すること)が花巻で始まることが決まり、経験者の美代子さんはその指導のため病院に勤務することに。渡辺さんの出産をきっかけにつきあいが始まったふたりは当初から意気投合、話し合いを重ね、力を合わせてこの施設の創立に携わることになった。

 渡辺さんがこのプロジェクトの必要性を強く感じたのは産後、乳腺炎になったときだという。「家から病院まで車で1時間かかるんです。高熱で頭は朦朧とするし、とにかく痛くて痛くて。当時は子どもとふたりきりという状況にも慣れていないから精神的にも不安でした。娘は座席の後ろで泣いて、私も運転しながら泣いて」。

 実は遠野市には産婦人科がない。そのため多くの妊婦は隣の花巻市もしくは釜石市で出産するケースがほとんどだという。渡辺さんは産後に母乳指導や育児相談など、助産師ら専門家と気軽に話せるような窓口が欲しいと切望したが、望む場所やコミュニティは見つからなかった。自分のように悩み苦しむ妊婦や経産婦がきっといるはずだし、これから出産を望む女性たちにとっても必要なはずなのにーー。ならば自分でつくろう、と腹をくくった。この地で子どもを育てる母として、そして次の世代へバトンを渡すひとりの大人として。

同じお母さんだからわかる、できるサポートを

 渡辺敦子さんという女性のことをご存知の方も多いだろう。栃木・益子町にあるスターネットで経験を積み、株式会社アーバンリサーチと組んでセレクトショップ「かぐれ」を東京・青山に立ち上げた人物だ。衣類、アクセサリー、下着、日用品、器、オーガニックコスメ、食品。意識的に、心身ともに豊かに暮らすために、必要なすべてを商った。敦子さん自身のライフスタイルや目指す営みを色濃く反映したモノ選びと提案は都市部に住む働く女性たちの大きな共感を呼び、全国6店舗を展開する人気ショップに成長。キャリアを重ねる日々は充実していたけれど、自然の豊かな場所で暮らしたいという思いが徐々に募っていったのだという。

「遠野を訪れたきっかけは、先に移住していた友人に誘われたから。初めて来た時、なんて気持ちのいいところだろうと思いました。空気がおいしい、水がおいしい、野菜がおいしい。気に入って、年に数回遊びに行くようになったんです。何度も訪れていると友達もできるでしょ。それでだんだんその気になったというか(笑)」

 5月のよく晴れた日、渡辺さん宅の庭でお茶会を兼ねたミーティングが行われた。大きな桜の木の下に鮮やかな色のラグを広げて、渡辺さんはお茶の支度。佐藤さんは怜ちゃんを抱っこして散歩しながら、何か話しかけてふたりで笑っている。テーブルにはジュースやクラッカーが並んだ。

佐藤さん「病院でも家でも、産んだ後のお母さんへのケアが不足していると感じます。産後すぐに家事や農作業をすることが母体にとっていいわけがないのに、そうせざるを得ない人ってたくさんいる。それが当たり前という認識の社会であることが問題なんです。女性は辛くても声を上げられないし、むしろあげてはいけないと思いこまされている。それで精神的にも孤立して、ますます悪循環」

渡辺さん「産後の自分が大切にされないという経験は、自己肯定感を低くしてしまうと思います。産後クライシスという言葉が話題になったけれど、出産を終えた心って、多かれ少なかれみんな疲れてちょっと弱っているものでしょう。そこにさらに負荷をかけられてしまうと、もう……。私もイライラが止まらなくて、夫にずいぶん八つ当たりしました。何度も話し合って、彼も変わってくれて。子育てが楽しいって言えるようになったのはようやく最近ですね(笑)」

佐藤さん「この施設でやりたいのは、その延長です。悩みとも言えないくらいささいなことでもちゃんと話し合える場所を作ること。思いを自由に口にしたり手伝いをお願いしたりできる環境が整備されていない現状を変えたい。交流会をやっていて痛感するのは、ケアしてあげることで回復する妊婦さんや経産婦さんって本当にたくさんいるということです」

渡辺さん「妊娠中の友達に会うたび『体調どう?』って声をかけているんです。でも最初にそう言った時、彼女、泣いちゃって。びっくりしてわけを聞いたら『妊娠のことや自分の体調のことで声をかけてもらったのが初めてだったから』って言うからまたびっくり。夫を含めて家族の意識がそこにないんですよね。悪意ではなくて、無知。それを聞いて本人だけじゃなく家族も学べる場所や機会を作らないといけない、とますます強く感じました」

佐藤さん「助産師がいる施設やイベントに行くのって、家族も送り出しやすいと思うんです。遊びに行くって受け取られちゃうと気兼ねする部分も正直ある。でも『助産師さんにおっぱい指導をしてもらって赤ちゃんの体重を測ってもらうんです』って言えればお互いハッピーですよね。そこでお互い愚痴を言ってすっきりしたり、ゆっくりお茶を飲んでリラックスしたらいい」

 ふたりが思い描くプロジェクトの構想は多岐にわたる。ベースは「必要な産後ケアを受けられる宿泊施設」にまとまりそうだ。施設単体での活動に留めず、マドレボニータ、ドゥーラ、ファザーリングジャパン、オトナノセナカ、パパとママになるまえになど、出産~子育てまでのさまざまなサポートを行うNPO、医師やヨガ講師、料理人らに協力を依頼し、イベントや勉強会などもどんどん開催していきたいと考えている。

日本中どこでも産める、そのための第一歩

 根幹にある思いは「お母さんを大切にする」こと。お母さんが元気でなければハッピーな育児は実現できないからだ。そのためには家族のサポートも重要になる。子育てに参加しつつ、妻の産後の“こころとからだ”をケアするのは夫の役割。だがまだその意識は薄いと感じる。家族ひとりひとりのための学びの場を用意し、お母さんが子育てに向き合う心と体をしっかりとつくることが、今、必要なのだ。

 具体的な実践としては産直後の骨盤ケア、赤ちゃんと一緒に参加できるヨガ、ベビーマッサージ、産後の体にやさしいごはんが食べられる食の交流会、お母さんと赤ちゃんと一緒に滞在する兄弟姉妹のための保育園、沐浴やオムツ替えなど赤ちゃんのお世話の仕方を学び、ともに新しい家族のあり方を考えていく両親学級、妻の心身のケアの方法や家事・育児への向き合い方を知るお父さんのための講座、不妊・高齢出産などを考える会などが候補に挙がっている。自然豊かな地で産後を過ごせる滞在施設として近隣地域や東京など都市部の女性たちにも有効活用してもらえれば、運営の見通しも明るい。

 その思いに共感し、協力したいという地元住民の声もあがりはじめた。中高校生の農業体験宿泊受け入れなどを行う古民家民泊「古屋弥右エ門」の山田夫妻は、渡辺さんが遠野に越してくる前からのつきあい。知人を介して出会い、交流を重ねてきた。「産後の養生がしっかりできるかどうかって本当に大事ですよ。私たちも子育てを経験してきたからそう思います。お母さんにとってだけではなくて、子どもにとっても、お父さんにとっても、おじいちゃんおばあちゃんにとってもね。この施設ができれば地元にとっても大きな魅力になる。応援してきたいです」

 これからの課題は、理想をどうやって具体的なプランに落とし込んでいくかということ。施設をどのエリアに、どんな環境下に作るのがいいか。ふさわしいネーミングは何か。資金調達をどうするか。今回募集する新たなスタッフには、それら山積する課題をともに話し合える人を求めているという。応募資格はふたつ。助産師か看護師の資格と経験があること。そして施設の運営と経営に主体的に関わっていきたいという気持ちを持っていることだ。

 場所も名前も資金調達もすべてこれから。決まっているのは赤ちゃんと家族、2つの「新しいいのち」を育むための場所をつくるということだけ。出産施設をすぐに実現することは難しいが、それでも、いつか遠野に産める場所をつくることを最終的な目標にしたいと渡辺さんは力強く宣言する。それはそのまま日本全国の過疎地域における「産むためのロールモデル」になるはずだから、と。

「出産という経験を経て、お母さんと子どものために何かできないかという気持ちが大きくなりました。遠野でそのために働けることが幸せだし、うれしいと思っています。私たちと一緒に思いを紡いでいける人に来ていただきたいです」

 安心して出産と子育てができるということを今どれだけのお母さんが求めているだろう。揺らいでしまった基盤を地域に取り戻し、暮らしを支えていく。それがプロジェクトの目指す姿だ。大きな喜びと悩みを両手に抱え日々の子育てに奔走する、そんな同じ母親のひとりとして心からエールを送りたい。

TEXT:片田理恵(編集者・ライター)

産前・産後ケアプロジェクトについて

【Next Commons Lab 説明会】

第四回 6/17(金)19:00〜

会場: sharebase.InC

(愛知県名古屋市中区錦1-15-8 アミティエ錦第一ビル6F)

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