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現代のニーズにあわせた湯治場をつくる 加賀温泉郷での新たな動き

加賀市の南に位置する山中温泉は昔から日本有数の「湯治場」として栄えてきた。山中温泉は千年以上の歴史がある加賀温泉郷のひとつだ。俳諧師・松尾芭蕉に始まり、多くの文人墨客が訪れたことでも有名である。また、北前船の船頭衆が長旅の疲れを癒すために訪れたという記録が残っているほどその泉質は当時から日本随一とされてきた。町の中心には、湯治に使われた「総湯」と呼ばれる共同浴場が今もあり、観光名所としても生活の中心としても賑わいを見せている。総湯は、地元の人にとっては「温泉」に入る施設としてだけではなく、時間を共に過ごしたり、互いの健康を気遣ったり、情報を交換する交流の場として長くゆっくりと息づいてきたのだ。そして今回、その「温泉」というこの町の誇るべき宝を多角的な視点で捉え直し、現代における「湯治」とは何かを探求していくプロジェクトがこの地でスタートすることになった。

本プロジェクトでは、地元で不動産業を営む中村商事合資会社の中村学紀(なかむらたかのり)さんが一緒に事業を実現させる起業家を全国から募集している。中村さんはこれまで、町の古い建物が歴史と現在そして未来をつなぐ役割を担うのではないかと考え、そこに住む人々の思いを掛け合わせたり掘り起こしたりしながら、常に新しい価値を見出してきた。「単なる空き店舗・空き家活用とは違う」と言う中村さんに、まずはこれまでの取り組みについて聞いてみた。

人やまちを活かす

「20代前半に親が亡くなったのを機に急遽家業を継ぐため山中に戻ってきたのですが、高校から地元を離れ社会人として右も左も分からない私は本当に山中の方々に助けられました。今思うと、ある意味私も移住者に近い立場だったのかもしれません。商店街活動を通して父親と同年代の方々と接する中でまちづくりに関わることになったんです。それは、年代も職種も関係なく観光をテーマに楽しいことを一緒に出来る私にとって初めての経験でした。たまたま居酒屋に集まっていた古九谷(山中温泉発祥と言われている)の復興を願う町の有志に『山中に登り窯を作ろう!』と飲んだ勢いで誘われました。一番年下の私が出来ることは空いていた自宅の2階を街の人も観光客も作業出来る場として提供することだけでした。それが現在のシルクロ陶芸体験工房です。シルクロ陶芸体験工房は九谷焼を作ったり絵付けしたりできる体験型の工房です。若い作家さんたちが講師として働いてくれています。彼らの作品は1階のギャラリー『きぬや』で購入することもできます」

シルクロ陶芸体験工房HPは▶こちら


隠れ家的なカフェとして人気となっている「東山ボヌール」も中村さんが手がけたものだ。鶴仙渓という景勝地(町と平行にある大聖寺川のほとりにある遊歩道)の入り口に位置する。木漏れ日や川のせせらぎを楽しめる山中温泉を象徴するカフェだ。中村さんはどうしてこの場所にカフェを作ろうと思ったのだろうか。「当時、観光客が減り続けている観光地が観光客を呼び戻そうと新しい取り組みをするという内容の番組をテレビで見たんです。それは、古いものや自然を壊し、新しく建造物を建て、通りをすっかり綺麗にし、別の町に生まれ変わらせようとするものでした。私は、そこで“違和感”を感じたのです。いくら街を綺麗にしても『綺麗になったね』で終わってしまうのではないか、と。山中温泉に置き換えた時に、ふと寂しさが込み上げました。山中温泉でもそのような取り組みがあり、またそれが続いたとしたら…。そう思うと、このまま“加賀温泉の奥座敷”とか“自然豊か”とか言われていたことが、どんどん忘れ去られてしまうような気がしたのです。しかし、それと同時に、山中温泉にはたくさんの観光素材があり、生活の一部に自然や温泉があることに気づきました。それだけで、いや、それこそが凄いことではないかと思ったのです。 そこで鶴仙渓の入り口にあった空き家(元旅館の別館)を『とりあえずなにかしよう』と借りました。何故メニューがビーフシチューなんですかとよく聞かれますが、私は”自然だけでも人が来る”ということを実験してみたかったのです。なので、山中に昔からある観光素材を外して今のメニューを出すことにしました。オープン1ヶ月前でもメニューはコーヒーしか決まってなかったのを思い出すと懐かしいです。また、広告費の代わりに売上金の一部を鶴仙渓の環境保全に使っています。鶴仙渓の魅力を発信するという本来の目的を、ここからもっと出来たらと思っています。」

東山ボヌールHPは▶こちら


次に手がけた木地師(きじし:木材をお椀やお盆等に加工する職人)のお店mokumeもやはり“違和感”から生まれたものだそうだ。 「山中温泉は、温泉や自然だけでなく、漆器、中でも木地挽き技術が世界的にも有名なんです。この町では、常に県内・県外から若い人が、その技術を学びに来ています。私は、長年に渡り学生さんたちにアパートを紹介してきました。そのうち、色々な悩みや不安を自然に耳にするようになりました。場所や資金など、独立するには、たくさんのものを用意しなければなりません。もちろん、研修所や先生方、漆器業界の人も彼らに多大なる支援や協力をされていますが、それでも、職人として一人前になることは簡単なことではありません。諦めてしまう人も少なくないのです。しかし、一方、一部の地元の漆器業界では『職人が足りない』という話もよく聞きました。 ここに違和感を感じたんです。違和感というより「勿体ない」という言葉の方が正しいかもしれません。「なりたいのになれない」人と「なってほしい」人がいる訳ですから。だったら、木地挽きを観光体験として提供できる体験工房を造れば、収入も入ってくるし本人の工房にも使え、職人育成とブランド作りも同時に出来るのではないか、と思いついたのです。もちろん、最初は私なりに色々な方に提案しましたが、なかなか理解していただけませんでした。それはそうですよね。私が勝手に言い出した新しい取り組みです。理解してもらうためには、とがむしゃらに動いていました。そのうちに、あれよあれよと言うまま、気づけば『じゃあうちでやるか』ということになったんです。今になって振り返るとかなり行き当たりばったりでしたね。」

mokumeHPは▶こちら


もう一つ同じ時期に町の有志たちと立ち上げたのが「おわんさん」という山中温泉のマスコットキャラクターだ。現在では、お馴染みのキャラクターとして加賀市界隈に定着しつつある。中村さんは、自分含めメンバーの全員がゆるキャラに元々好意的ではなかったと言う。では、どうして「おわんさん」は生まれたのだろうか。
「歴史や伝統工芸がある山中温泉の商店は本物志向の商品が多く、新商品の開発には多大な時間や費用を要し、多くの商店の方が頭を悩ませていました。ふと昔からあるけど売れ行きがよくないと言われる商品を見てみると、それはそれでとても価値のあるものに感じました。売れなくなったからと言ってどうして、これを潰してまで新しい商品を作る必要があるのだろうかとまた違和感を感じたのです。だったら、今あるもので何か出来ないか、その良さを違う視点で表現できないかと考え、結果としてゆるキャラを思いつきました。行政も観光協会も漆器組合も商店組合も個人店でも関係なく、町の皆で使えるキャラクターであることが皆の願いでした。もちろん町の有志で行っていることなので、まだまだ活動範囲についてなど課題は多いです。
今は若いお客さんや女性のお客さんに人気ですね。これからの課題は「おわんさん」と山中温泉の商店の方々をどうやってさらに繋げていけるかです。色々アイディアを提案し合うことが楽しくて仕方ありません。商店の皆さんと56ページもある「おわんさんガイドブック」まで作ったんですよ!最近では町の人と一緒に何かしたいと県外から来られた轆轤センターの学生さんたちが手伝ってくれるようになりました。若い力は大きな副産物です」


温泉地での暮らし方・過ごし方を提案する

本プロジェクトは低コストで中長期的な温泉地滞在を核とし、心身を整えたり、地元の暮らしや文化の体験をしたり、様々な人やアイディアが集い交流する場を提供することを目的としている。さらに、リモートワークや二拠点住居などの新しい温泉地での暮らし方を提案し、作り上げていくことも大きな目標の一つだ。湯治場として栄え、温泉地・観光地として人々が足を運ぶ加賀温泉郷において、いかに現代のニーズに合った「湯治文化」を新興し、未来に繋げていけるか、さらに「温泉地で暮らす」という新しい発想を世界に向けてどのように構築していくかが鍵となる。そんな古くて新しい挑戦にワクワクする人にはぜひ応募してほしい。


最後に、どんなラボメンバー(起業家)に来てほしいのかを中村さんに伺った。

「いろんなことを一緒にできるオールラウンダータイプの方が向いているかもしれません。地方はプレーヤーも市場も少ないです。どんなにいいアイディアがあったとしてもそれが失敗したのか成功したのかすら見えづらいのです。なので、長期的な考えを持ち、自分のことだけを先に進めるのではなく、隣近所、違う年代、違う職種など周りの人に配慮し、連携を取りながら全体を押し上げ、俯瞰的に物事を見ることが大事だと思います。地方の町づくりは人手がいないからこそ、人を思いやれる資質が一番大切もしれません。

今してみたいことは、生活の一部となっている「温泉」を掘り下げることです。山中温泉・山代温泉・片山津温泉に住んでいる方がもっと地元を楽しめるようにする。それこそが観光やリモートワーク、二拠点居住として選ばれる重要な要素になるはずです。何が出来るかまだわかりませんが、新しい方のアイディアを加え実験していきたいですね。ですが、世間でいう民泊やゲストハウスにはあまり興味がありません。加賀温泉郷には既に素晴らしい宿泊施設がたくさんあり、それがこの町を盛り上げて来たのです。無闇に新しい宿泊施設を作るのではなく、既存の宿初施設と共存できるもの、価値を引き上げるものになるように考えていきたいと思っています。」


「温泉コモンズ」プロジェクトについて

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