らくがき「セピア・フォトグラフ」


2024.3.2

 色褪せた花なんか要らないよね。モノクロの映画も、要らないね。長いレシートも、要らないね。君の子供も、要らないね。

 季節が、巡る。のっぺり、べったり、いつまでも乾かない水糊で、曖昧に貼り付けた笑顔で、毎日毎日、同じ話を、同じことを、繰り返しているだけなのに。社会が進む。私は、ずっとずっと、いつまでも、空の色や、月の裏や、同じ夢を、見ていたいだけなのに。なのに、でも、だから、また、何度も、何度でも、春が来る。花が咲いては、枯れていく。知らない人が、今日も死ぬ。
 何度も見た古い映画のキスシーンのように、傷を舐め合った夏夜の未来予想図のように、亡骸に添えた花束のように、季節が巡って、あの日の写真が、色褪せていく。セピア色になった写真は、もう、元には戻らない。一緒に映画を見てくれない。頭を撫でてくれないし、手も繋いでくれない。もう居ない君のせいで、ずっと寒い。
 情も熱も、私には何も無い。黄色い靴も、青い鞄も、赤い車も、桜の花も、何も無い。声援も、銃声も、鎧も、刀も、何も無い。何も無くて、何も要らなくて、そう思いたくて、要らない桜も、大切な灰も、指の隙間から零れ落ちていく。花は散る。人は死ぬ。夢は夢。一足す一は二。みんなが知ってる、簡単な数式のように。私は明日も死にたくて、デリバリーしたピザの長いレシートを折って捨てる。君は明日も死んでいて、色褪せた写真の中で泣いたり笑ったりしている。

 君に優しい人になりたかった。白くてきれいな花束をあげたかった。積み木でお城を作ってあげたかった。不幸自慢を聴いてあげたかった。満開の桜を見せてあげたかった。餞に星を燃やしてあげたかった。何もかもあげたかったのに、要らない私には何も無かった。目に映る全てが過去形で、夢は夢で、灰は灰だった。もう要らない未来予想図は、夏夜の彼方に、置いてきた。季節が巡って、何度目かの春が来る前に、君に優しい人に、なりたかった。

 君の夢以外、何も要らないよ。春も、桜も、君の子供も。

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