らくがき「変身」


 蜂蜜をスプーンで掬う。大さじ一杯、正しい量をこえてはどろりと溢れて瓶の中に帰っていく。まだ足りない。
 蜂蜜、蜜蜂が作っている、きれいな甘い琥珀色。働き者の虫のおかげで甘くて美味しいものが食べられて、幸せだ。怠け者の私のおかげで甘くて美味しいものが食べられて、幸せだ。毎日こんなに幸せで、少しでも早く楽になりたい。まだ足りない。
 カーテンの隙間からは硬い光が冷たい床に落ちている。クッキーが入っていた缶には燃えるゴミと燃えないゴミが入っている。子供部屋には子供が居て、奴隷小屋には奴隷が居た。凍えたことも、飢えたことも無かったはず。なのにどうして暖かく満たされた思い出に喉から手が出て吐き気がするの。飛べない鳥の羽を毟って肉を食べる。ありふれた聖母は子供も奴隷も欲していて、有害な幸福が満ちていた。まだ足りない。
 平均寿命とは0歳の平均余命のことである、マルかバツか。蝶々の鱗粉は再生しない/空は空色で塗るべきだ/この蛹は羽化できない/子供も奴隷も悪魔だった/聖母も悪魔だった/蜘蛛を殺してはいけない/眼鏡をかけていると醜い/蝶々の羽は美しい/手足が短いと醜い/芋虫は、醜い/人は死ぬべきである、マルかバツか。今日死ぬべきか、明日死ぬべきか。マルか、バツか。もう少し、まだ足りない。

 今日も空は空色でした。それだけが正しくて美しくて、それだけでした。まだ全然足りないけど、もう良いですよね?子供部屋で眠って、奴隷小屋で夢を見て、毎朝毎朝毎朝目が覚めたら芋虫になってしまう私を、幸せにしてください。怖い夢が終わって、瞬きのうちに芋虫になるところを見ていてください。息ができないくらいたっぷりの蜂蜜をかけて、楽にしてください。

 新しい春が来る前に、早く私をしあわせにして。

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