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【NJRPG】アラスカ・イン・ザ・メイルシュトローム・オブ・オキナワ#1

アラスカデストラクターはかつてからのネオサイタマにおける情報収集、現地での入念な調査により、オキナワには秘匿されたレシピが現存し、それを受け継ぐ人々が実在していることを突き止めた。そしてそのレシピを秘匿する神聖なドージョーが、ここトカラ・セクションに存在することも!

この記事はDiscordのプライベートサーバーにてプレイした(かもしれない)「ニンジャスレイヤーTRPG」のリプレイ風小説風リプレイです。

実卓リプレイであるア・ヒキャク・レイド・オン・ニンジャズ・ハウスの後、登場人物のひとりであるアラスカデストラクターは余暇をどのように過ごしたのか?をテーマにシナリオ(もとい創作小説)を書きながら、気分でダイスを振ったり振らなかったりして展開を決めてゆくという奇妙な進行方式を採用しています。

TRPGには多様性があり、こういう遊び方をしてもいい。わかったか。

インデックス:◇1 ◇2 ◇3 ◇4

◆登場人物

◆アラスカデストラクター(種別:ニンジャ)
カラテ		6	体力		6
ニューロン    	5	精神力		5
ワザマエ		3	脚力		4
ジツ		1	
◆装備や特記事項
◇カナシバリ・ジツ
◇サイバネ:▶生体LAN端子、▶▶ヒキャク+


◆◆◆


ネオサイタマ~オキナワ空路の旅客機タワーフ13号は、この日大きな問題に直面することもなく、順調にフライトを開始した。

(まったく……ラオやんも気が利かないな……)周囲の旅行客と大差ないラフな装いに身を包んだアラスカデストラクターは、飛行機の柔らかな座席に身を沈める。空の旅は快適であったが、その表情は少しばかり浮かないものだった。

本来この旅行には自身の妹か、件の詫びにヤモトを誘おうかと計画していた。ところがラオモトより拝受したオキナワ行きの旅行券は、よく見れば生憎と一人用であったのである。彼女は自分ひとりが旅を楽しむ結果になってしまったことに、内心複雑な気分だった。

今、彼女らの代わりに隣の空席を埋めるのは、泥のように眠り込んだトレンチコートの男とスーツを着た金髪の女という奇妙な組み合わせの2人である。女と目が合い、アラスカは軽く微笑み会釈を返す。

その窮屈そうな服装からして、彼女らは決してバカンスのためにオキナワを訪れるわけではないのだろう。僅かばかりの好奇心を掻き立てられたが、無用な詮索は無礼にあたる。この訳ありそうな二人組に何かしらの複雑な事情があるのだとしたら尚更だ。

一瞬トレンチコートの男の顔が視界に入った。彼は目を閉じていたが、その厳しい面持ちから、どうにも周囲の様子に注意を払っているように思えてならない。少しばつの悪い気分になったアラスカデストラクターはサングラスをかけ直し、目の前のUNIXモニタに集中することにした。

モニタではあの男がとどめのキックを繰り出し、ちょうど悪漢の顎を砕いたところだった。


◆◆◆


翌日、天頂に輝く太陽に照らし出され、アラスカデストラクターは暗黒メガコーポが作った洋上ユニット群のうち、トカラ・セクションと呼ばれる区画にいた。ここは主要なオキナワ・リゾート圏からはむしろ外れたエリアであり、時に地元住民の生活と交わることさえある。

とは言え、古来から受け継がれてきたオキナワ料理の習得のためオキナワを訪れた彼女にとって、このエリアの存在はとても好都合だった。

現在、伝統的オキナワ料理として知られ、リゾートで振る舞われている料理のほぼ全ては、「オキナワ料理」として製造されるバイオ合成品を組み合わせて代替されたそれらしい何かに過ぎない。ある程度の水準で外見を模倣した、しかし風味は全く異なる、いわばバイオ・オキナワ料理である。

本来の伝統的オキナワ料理は郷土に根ざした秘密のレシピと共に、人々の間に受け継がれてきたが、それらは時代の流れと共に失われて久しい。

バイオ・オキナワ料理の存在でさえも、本来のレシピが失われた現代では、むしろ再現を目指そうとする崇高な試みであると見做される始末である。

しかしアラスカデストラクターはかつてからのネオサイタマにおける情報収集、現地での入念な調査により、オキナワには秘匿されたレシピが現存し、それを受け継ぐ人々が実在していることを突き止めた。そしてそのレシピを秘匿する神聖なドージョーが、ここトカラ・セクションに存在することも!

(オキナワに隠された秘密が、遂に明かされる時が来た……!)アラスカデストラクターは照りつける太陽に、額から流れ落ちる大粒の汗を拭う。荷物の大半を宿に残し、その足取りは軽やかだ。空路での浮かない気分はどこかに消え去り、フィールドワークめいた調査旅行に彼女の心は躍っていた。

己の脚で大地を歩き、好奇心を満たせるとはなんと素晴らしいことか!

トカラ・セクションの古めかしさを残す町並み、そしてそれを飲み込まんとする洋上ユニットの現代的建造物群。アラスカは濃縮パインジュースで水分補給を行いながら、こうした光景を興味深そうに眺める。

創造に破壊が伴うのは必然。そしてそれからは、たとえ約束の地オキナワでさえも逃れることはできないのだ。彼女はそれを美しいと思った。


◆◆◆


アラスカデストラクターは草木を掻き分け、白砂を踏み進む。目的のドージョーはトカラ・セクションの内、かつての自然環境を再現するバイオ熱帯樹林の先にあった。リゾート地ゆえ樹林には危険性の高い生き物こそ生息していないが、観光客の無用な立ち入りを阻むだけの役割は十分に果たしていた。

しかし相手がニンジャとなれば話は別である。障害を物ともせずに突き進むアラスカはやがて拓けた空間に飛び出した。無造作に伸び放題の放置樹林とは対象的に、落ち着いた白砂には人工的な石畳が敷かれていた。

「はて、何やらにおうと思えば。よそ者がこの神聖な地に何用だ」緊張の面持ちで一歩石畳に脚を踏み出すアラスカに、背後から男の声が投げかけられる。男は紺色の僧服をまとい、その顔は獅子を模したオメーンに隠されていた。ニンジャだ!

「色々と、秘密を探しにね」ゆっくりと振り向くアラスカの瞳に、サングラスの下で危険な光が宿る。「ドーモ、ハジメマシテ。アラスカデストラクターです」「ハ・ハ・ハ!やはりニンジャよな!ドーモ、シンハーです」二者は互いの間合いを計りながら、円を描くように歩を進める。

「忠告だ、悪いことは言わん。ここで立ち去れい。余所者が立ち入る場所ではなし、お前の求める秘密なぞもここにはない」「忠告ありがとう。しかし求めるものがあるかどうかを決めるのは、この私だ」両者は180度位置を入れ替わった形で足を止めた。

「強情な奴よ……!」砂地を蹴り飛び出したシンハーの両手には、いつの間にか1対のトンファーが握られていた。「イヤーッ!」ブゥン!高速回転するトンファーがアラスカデストラクターの肩口を襲う!

「イヤーッ!」アラスカデストラクターは咄嗟に左腕でこの打撃を防ぐ。しかしそれを守るブレーサーは存在しない!想定以上の衝撃に腕が悲鳴をあげ、苦痛に表情が歪む。「ンンッ……!」

アラスカデストラクターは個人的なポリシーとして、仕事道具である両手を傷つけないよう、争いごとに腕を使わないという制約を課している。咄嗟の判断とはいえ、彼女はこの条件反射的な防御を内心苦々しく思う。

「イヤーッ!」シンハーはさらに一歩踏み込むと、もう片方の手で顎先を狙うトンファー打突を繰り出す。「イヤーッ!」アラスカデストラクターは防御せず、敢えてバックフリップでこの間合いから逃れる。

「ハイヤーッ!」アラスカデストラクターは右足を振るい、側頭部を狙うアプトルリョチャギ・オルグルを繰り出す。「イヤーッ!」その打撃は小手めいて肘先に添わせたトンファーに阻まれる。「ハ・ハ・ハ!その脚、サイバネティクスか!」カラテ衝撃がアラスカの衣服を裂き、奥ゆかしいニエロ象嵌の施されたヒキャク・マニューバーが露わとなった!

「イヤーッ!」「イヤーッ!」アラスカはトンファーを蹴った反動で大きく間合いを取り、シンハーの繰り出した右手のトンファー打撃を回避する。

「そのカラテ……!」かつて様々な格闘術の独自研究を行っていたアラスカデストラクターは、敵の構えに含まれた古代武術の要素を見逃さなかった。「これぞ聖域を守るトンファー・ジツよ。貴様に我は破れん」シンハーはゆっくりと腕を動かしながら、手首のスナップでトンファーを威圧的に回転させる。


◆シンハー(種別:ニンジャ)
カラテ		5	体力		5
ニューロン    	5	精神力		6
ワザマエ		7	脚力		4
ジツ		1	回避D		8
◆装備や特記事項
◇エンハンスメント・ジツ、タツジン(トンファー・ジツ)、連射2、疾走
◇装備:パーソナルメンポ、トンファー(二刀流)

『エンハンスメント・ジツ』:手番開始時【精神力】を2消費し、難易度:HARDのジツ判定で発動する。
 発動すると左スロットの『近接武器』によるダメージ全て(カウンターカラテも含む)が+1される。
 その武器が"木製"の場合、更にターン開始時に入手する回避ダイス+2の効果を得る。
 装備する武器を切り替える、あるいは戦闘が終了したとき、このジツの効果は失われる。

『タツジン(トンファー・ジツ)』:『トンファー』(二刀流含む)装備時に限り、次の効果を得る。
 『カウンターカラテ』発生時、即座に追加の回避ダイスを+1獲得する。
 また4つの戦闘スタイルの効果が以下のように置き換わる。

・『強烈なイアイドー斬撃』:回避ダイスを任意の数消費する。
 消費した回避ダイス数+1だけ、この近接攻撃の判定にボーナスダイスが与えられる。

・『マシンめいた精密攻撃』:この近接攻撃を【カラテ】ではなく【ワザマエ】で判定する。
 また自身が持つ素の『●連射』スキル値を『●連続攻撃』スキル値の代わりに使用してもよい。
 この近接攻撃の判定難易度と回避難易度はそれぞれ+1されるが、『サツバツ!』は発生しない。 

・『油断ならぬ防御的イアイドー』:即座に回避ダイスが+3される。
 そのターンにまだ攻撃をしていない場合、敵から攻撃を受けたタイミングでこのスタンスを選択できる。

・『フェイント斬撃』:判定難易度が+1される代わりに、隣接する敵1人に対し
 回避不能の「攻撃判定難易度+1」デバフを与える。このデバフは対象の次の手番の間まで持続する。

「この先にあるものに俄然興味が湧いてきたぞ、シンハー=サン」アラスカは油断ならない敵のカラテを見極めようとする。シンハーの構えるトンファーは何の変哲もない木製だが、戦闘用サイバネティクスとの衝突に耐えるその強度は尋常ではない。使い手の腕を通して、何らかのカラテ・エンハンスメントを受けているのだ。

トンファーとはオキナワを発祥とする、攻防一体の特性を持った危険な殺人武器である。今のアラスカはただの観光客と変わらぬ姿で、ニンジャ装束はおろかメンポすら身に着けていない。守りの乏しい状態でウカツに何度も打ち込めば、ジツで強化された手痛い反撃を食らうことは必至。シンハーもそれを分かっている故、悠々と相手を待ち構えている。

「どうした。掛かってこんのか」シンハーは一歩踏み出し、リラックスしたカラテ姿勢で挑発する。しかし一度の交錯から無視できない力量差を察していたアラスカは攻めあぐね、彼を中心に弧を描くようにゆっくりと動く。

シンハーは興味深そうに相手の動きを観察していたが、その意図を察すると心底おかしそうに笑った。「何をするかと思えば、そんな児戯で我を破ろうてか!」アラスカデストラクターはシンハーを中心に90度の弧を描いて移動し、まばゆい太陽を背中に背負ったのだ。

よもや敵の視界を制限しただけで力量差を覆そうとでも言うのだろうか!?「浅はかなり!イヤーッ!」シンハーは一瞬で間合いを詰め、振り下ろしたトンファーで為す術もないアラスカデストラクターの両肩を粉砕する。


そうなる筈だった。だが、そのニューロン指令に反し、シンハーの体は一寸たりとも動いていなかった!(((バカナーッ!?これは……!)))

「私のジツだ。驚いたか?」

『お前のジツは光るだけだ』周囲にそう揶揄されるアラスカデストラクターの未熟で弱々しいジツは、一見してそれは視線の交錯で相手を催眠に掛けるカナシバリ・ジツに酷似している。

しかしその実、彼女のジツは光背めいた淡い輝きを放ち、特殊なパルスパターンを介して視覚からニューロンへ遅効性の麻痺毒のように作用するヒカリ・ジツの一種であった。瞳の輝きは単なる囮、あるいはジツの輝きを隠匿するため生み出されるヴェールに過ぎない。

アラスカはこの特殊なカナシバリ・ジツを太陽光に紛れ込ませることで、じっくりとこちらを観察するシンハーに気が付かれることなく、密かに、しかし堂々とジツの影響下に置くことができたのだ。陰鬱な暗闇に閉ざされたネオサイタマでは不可能な、オキナワでのみ成し得るフーリンカザン!

「無理にでも通らせてもらうぞ!イイヤーッ!」アラスカデストラクターは石畳を強烈に踏み込みシンハーに最接近すると、その腹部へと勢いを乗せたモントントリチャギを叩き込む!「グワーッ!?」BOOM!バーニアスラスタが一瞬火を吹き、シンハーは背後へと吹き飛ばされる!

シンハーは一度地面でバウンドしたのち空中で錐揉み回転すると、見事に着地してみせる。「チイーッ……!おのれ簒奪者め……!もう手加減はしない!」砕かれたトンファーの残骸を放り捨て、叫ぶ。彼は精神力を振り絞ることでカナシバリを脱し、片方のトンファーを犠牲に寸前で打撃を防御していたのだ!何たるワザマエ!

シンハーは油断無く片手のトンファー・ジツに切り替えると、じりじりと距離を詰める。恐らく二度目のチャンスはない。アラスカは再度のジツ行使を諦め、ニューロンを酷使して次のカラテ対策を必死で弾き出そうとする。

やがて射程に踏み入った彼のカラテが爆発しようかというその時!

「シンハー=サン!騒がしいと思ったら、まーた観光客に喧嘩売ってんのかい!」石畳を歩く足音とともに、遠くからしゃがれた大声が浴びせかけられた!「センセイ!?出てくんなって!コイツ、ニンジャだぜ」「誰がセンセイだバカ!もっと穏便にしろと言っとるだろうが」

「センセイ……?」アラスカは声の主である老婆と、急に口調の砕けたシンハーが始めた気の抜けた会話に目を白黒させる。「でもよぉ!」「ダマラッシェー!」

老婆はシンハーをあしらうと、アラスカデストラクターに向き直った。「ウチの若いのが悪かったね。してお嬢さん、こんな辺鄙なところに何の用だい」「私?私は、オキナワ料理を探して……」「料理?」

「かつてのレシピを収蔵していると聞きました。あなたがセンセイ……?」「だからセンセイじゃあ……まあいい。何となく事情は分かった」老婆は言葉を切り、値踏みするようにアラスカを見る。

「それで「ばぁさん、こいつ絶対メガコーポの雇われだぜ!」興奮した様子でシンハーが話を遮る。「孫のことは無視しとくれ。バカなんだよ」「そうですか。大変ですね……孫?」「こいつ両脚がサイバネだ!」「はぁ……」

別人のように口調の変わったシンハーと、場を支配し始めた気の抜けたアトモスフィアにアラスカは脱力する。おそらくは今の彼が素で、先程までの古めかしい言葉遣いは門番らしさを醸し出そうとする演技だったのだろう。

彼の考え方は理解できる。外見や所作によるアトモスフィアの演出は重要だ。例え実力者であっても、心証として侮られてしまえばビジネスにおいて不利になる。シンハーの場合ビジネスとはまた異なるが、彼が日頃から詮索好きな旅行客を追い返しているのなら、その演技は理に適っている。

アラスカデストラクターもソウカイヤの面々と行動する際は、不遜な態度と仰々しい言葉遣いで自身を飾る。そうしなければ小心な本性が溢れ出してしまうからだ。フリーランスにとって侮られることは実際致命的だ。しかし時折、そんな取り繕う姿が滑稽に見えるのではないかと、不安と羞恥を感じることもあった。

(((いずれにしても……)))アラスカは両者が毒気を抜かれたこの状況を好機と見る。穏便に済ませられるならそれに越したことはない。何より、不必要に気を張った態度を取る必要がないのは良いことだ。

アラスカはハンズアップし、敵意のないことを示す「あの、私は企業ニンジャではないです。料理研究家です」。「料理研究家ねぇ」老婆は右手で頭をかく。その手からは数本の指がケジメされていた。「ま、いいよ。着いて来な。立ち話もなんだしね」彼女はひらひらと手を振ると、踵を返して石畳を歩き始めた。

アラスカデストラクターはこっそりと安堵のため息をつくと、サングラスの位置を直しながら彼女の後を追う。シンハーは無言で立ち尽くしていた。

「これは、カナシバリ・ジツ」

アラスカはすれ違いざまに冗談めかしてささやく。(((ク、クソーッ!)))ウカツにも再び動きを縛られたシンハーは、身じろぎもできず無言のまま唸った。

「シンハー=サン!ぼさっとしてるんじゃあないよ!」老婆の罵声が飛ぶ。トンファーを受けた左腕が痛み、アラスカは眉をしかめた。


◆◆◆



「ブッダ……! まただわ」浅瀬を勢いよく進みながら、ナンシーが吐き捨てるように言う「8メートルはあるかしら」。「調べてみよう」ニンジャスレイヤーは預かっていた背嚢を下ろし、バックルを外して機材を取り出す。民間人との接触を考慮に入れ、その赤黒いニンジャ装束はトレンチコートとハンチング帽で隠されていた。

「何度見ても慣れないわ」照りつける日差しを手で遮るナンシーは、頭を横に振りながら溜息を漏らした。おお、ナムアミダブツ! 何たる光景か! 彼女らが目指す浅瀬の先、オキナワの美しい白砂のビーチには、白い体毛の生えた不気味な肉塊が全長数メートルもの巨体を横たえていたのだ。

「これまでと同じ特徴だ」ニンジャスレイヤーは白砂に片膝をつき、腐敗したようなゴム状の肉塊から突き出した骨組織に注目した。

腐臭に顔をしかめながらナンシーが呟く「間違いないわ。これもグロブスター……」。グロブスターとは、世界中の海岸に漂流する正体不明の肉塊の総称である。その正体はバイオクジラの腐乱死体、未知のバイオ生物など様々な説が囁かれるが実態は定かではない。

ここ数ヶ月の間、トカラ・セクション周辺の海域では多くの船舶が無人の状態で発見されるという事件が相次いでいた。いずれのケースも、腐敗臭を放つ粘液だけを残し、船上からは人だけが忽然と姿を消していた。その中にはオキナワ海上警備保障のパトロール船までもが含まれている。

ナンシーとニンジャスレイヤーは、この大量失踪事件と、多発化しているこのグロブスターの漂着に何らかの因果関係があると考えていた。ネオサイタマを離れてオキナワを訪れる決断をしたのも、背後でヨロシサン製薬と何らかのニンジャ存在が関わっていると睨んだが故である。

「このグロブスターたちは、一体どこから流れ着いて来たのかしら?」受け取った機材で生体サンプルを回収するナンシーは、弾力のある肉塊を削り取る気味の悪い感覚に身震いする「正体がバイオクジラだとして、少なくとも死後数週間は経過しているはず。それがこんなに大量に、短期間に漂着するなんて……」。

「狂った密猟者の仕業だろうか? とてもそうは思えない。こんな事ができるのは……ニンジャだけだ」ニンジャスレイヤーは鋭く指摘する。肉塊の大きさに対して、そこに残された骨格は非常に頼りない。明らかに異常だ。もしこの死体が人為的に生み出されたのだとしたら、ニンジャが関与している可能性は高い。

「もしくは、ヨロシサンのプラントから今もバイオ薬品が違法投棄されていて……待って!」グロブスターの周囲を調べていたナンシーが驚きの声をあげた。「これは?」駆け寄ったニンジャスレイヤーが問いかける。その視線の先では、グロブスターの腐乱肉塊を透かして赤いLED光が弱々しく明滅していた。

ナンシーは弾性の肉塊をナイフで切開すると、躊躇なく腕を突っ込みLED光の主を引きずり出す「見て!これは……オキナワ海上警備保障のビーコン端末よ!」。「何故そんなものがグロブスターの中から……まさか」ニンジャスレイヤーは瞬時にその意味を理解する。

ニンジャスレイヤーとナンシーは緊張の面持ちで目を合わせる。「少しだけ掴めてきたわ。一連の失踪事件には、間違いなくグロブスターが関わっている。犠牲者たちはこれに襲われたに違いないわ!」真相に迫る手掛かりにジャーナリストとしてのナンシー・リーは興奮していたが、その顔はひどく青ざめていた。

「ここで何か異常なことが起こっている。今はそれが分かっただけでも十分だ」ニンジャスレイヤーはナンシーを気遣った。彼女は日に日に逞しくなり、恐ろしい冷静さを身につけている。だが、その精神力も決して無限ではない。「……そうね。でも、これは重要な手掛かりになる」「そのビーコンが?」

「ええ。これがあれば、同じ船の乗員のビーコン電波を追えるわ」ナンシーは腕に付着したグロブスターの不快な粘液を海水で洗い落とす。「もう一度調べてみましょう。他のグロブスターにビーコン反応がないか」宣言する彼女の表情は、ジャーナリストとしての強い決意に満ちていた。

だが丁度その頃、海上で新たな行方不明者が生まれ、別の海岸に新たなグロブスターが漂着したことなど、彼女はまだ知る由もなかった……。

#2に続く



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