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8月11日 八千円の長靴

8月3日(水)

高校時代の友人が家に泊まりに来た。遅くまで酒を飲んで楽しかった。その友人は来月結婚式をするのだが、散々喋り倒した午前三時頃、突然かしこまって、友人代表スピーチをやってくれないかと頼まれた。もうかなり酔っ払っていたので、明日覚えていなかったらまずいと思い、リマインダーを設定してから寝た。


8月4日(木)

朝方、スマホのリマインダーに「すぴーち」と表示されたのを確認後、二度寝した。夜中まで飲んで話して、昼近くまでダラダラ寝て、そろそろどこかにお昼食べに行こうか、みたいな友達との過ごし方が久しぶりすぎて、なんかもう果てしなく新鮮だった。

一緒に蕎麦屋に行って、それぞれ頼んだもの+天丼を半分こした。その店の天丼は天丼と命名されてはいるが、実体はほうれん草のかき揚げ丼で、しかもほうれん草はお気持ち程度でほぼ天ぷらの衣、そこに甘辛いタレがかかっているのをご飯と共にかき込むという、「油メシ」とでも呼びたくなるような超絶ジャンキーフードであるため、せっかくこの町に遊びに来てくれた友人にわざわざ食べさせるものがこれかよ、とも思ったのだが、友人は半分こした油メシ(半分でも結構多い)をぺろりと平らげ、「これ出す店近くにあったら絶対通う」と最高の評価をくれた。

友人を駅まで送り、帰ってからもうひと眠りした。


8月5日(金)

私が働いている店はショッピングモールの中にあり、隣の隣には家具屋がある。家具屋とは言っても、若いカップルが新婚ごっこに興じるようなお洒落なインテリアショップではなく、家具の傍らに誰が作ったのかよくわからない謎の手芸品なども売っている感じの、渋い家具屋である。

今日の夕方、ゴミ捨て場に段ボールを捨てに行った帰りにその家具屋の前を通ったので、ふと店の中を見てみると、いつも一人で店番をしている店主が売り物のソファに座ったまま爆睡していた。奥の方に置いてあるソファでこっそり、とかではなく、割と入り口に近い位置の、入り口に対して正面向きのソファである。田舎のショッピングモール、平日の夕方には客もまばら、とはいえ、脚を開き、腕を組み、実に堂々とした寝姿。思わず笑ってしまった。もしかすると、店主が思わず眠ってしまうほど座り心地がよいソファなのだという広告なのかもしれない。


8月6日(土)

近所の焼き鳥屋に行ったが、今日は肉の仕入れ状況が悪く、メニューによっては出せないもの多数とのことであった。「じゃあ、普通の焼き鳥はありますか?」と聞くと、店主が「あるんですけど、二本くらいしか出せないです。串盛りならできるんですけど」と言う。「じゃあ鳥皮は?」と聞くと、「あるんですけど、二本くらいしか……串盛りならできますよ!」と言う。「豚串はあります?」と聞くと、「豚はあります!豚なら串盛りにも入りますよ!」と言う。串盛りを頼んで欲しい気持ちを前面に押し出してくる店主。おそらく、串盛りなら店側の都合に合わせて残り少ない肉をうまいことやりくりして出せるからなのであろう。我々はそんな店主の思いに応えて、串盛りを注文した。おいしかった。


8月7日(日)

昨日が夫の誕生日だったので、家でお祝いした。毎年、夫の両親が夫の誕生日に合わせてステーキを送ってくれる。自分たちでは買えない高級なやつだ。夫がいてくれるおかげで、私も毎年高級ステーキにありつけるのだから、夫がこの世に産まれてきてくれたこと、感謝しかない。


8月8日(月)

夫と昼食を食べに行こうとしたが、二度寝したり昼寝したりしていたために、気付けばもう14時を過ぎていた。近所の店を片っ端から調べるも、どこも昼は14時までの営業。「まったくもう、私らみたいな人もいるってことを少しは考えてもらいたいね!」などと私は憤怒したが、夫は「昼過ぎまでダラダラしてただけの人間に合わせてくれるわけがない」とやたら謙虚であった。ダラダラ人間として、身の程をわきまえている。

一軒だけ三時まで営業している食堂を見つけたので、急いで向かった。私は味噌ラーメンを食べて、夫はカツカレーを食べた。味噌ラーメンは美味しかったが、カツカレーは微妙だった。


8月9日(火)

昼食に一人で素麺を食べるにあたり、夫の嫌いなトマトを使ったトマト素麺のレシピをこの機会に試したいと考え、近くのスーパーにトマトと大葉を買いに行った。トマトと大葉だけ買って帰るつもりだったのだが、レジに向かう途中、肉コーナーが近づくにつれ、異変。少し離れたところからでもわかる、あの黄色いシール。半額。半額だ。肉がやたら半額になっている。豚も鶏も挽肉も、黄色い半額シールの貼られたパックが無数に点在。ちょうど時間帯がよかったのだろうか、他の客はほとんどいない。私だけの半額パラダイスである。興奮のあまり、我が家の冷凍庫のキャパシティすら忘れ、次々と半額肉をカゴの中に放り込んだ。ご満悦。しかし、重くなったカゴをレジまで運んだところで、気付いた。プレミアム商品券を持ってこなかった。プレミアム商品券とは市で発行している特定のスーパーなどで使える商品券である。まさかこんなに買い物をするとは思わず、持ってこなかったのだ。商品券を使えるスーパーなのに、使わないのは勿体ない。どうしたものか。前の人のレジが終わる直前まで悩んだあげく、私はレジ係の店員に、「これ、ちょっとだけ置いといてもらえませんか。すぐ、ほんとすぐ戻ってくるので……!」と言って半額大量カゴを預けて駐車場へと走った。急いで車に乗り込み、家に向かう。その間も気が気ではない。客が「すぐに戻って来る」と言い残して出て行った場合の「すぐ」とはどれくらいと判断されるものなのだろうか。スーパーと家を往復しても10分とかからないが、店員の思う「すぐ」が駐車場にある車に財布を取りに行く程度の一分であった場合、こうしている間にも私のカゴは見限られて半額肉たちが元の陳列棚へと戻されてしまうかもしれない。焦る気持ちを抑えつつ安全運転で家に到着し、商品券を持って再度スーパーへ乗り込む。すると私の半額大量カゴは、レジの隣のサービスカウンター的な目立つところにデン!と置かれていた。なかなか照れる光景。無事に商品券でそれらを購入し帰宅。トマト素麺を食べる前に、大量の肉を冷凍庫に収納するための処理に追われたのであった(何とか入った)。


8月10日(水)

今夜はシチューと夫に伝えたら、「ブロッコリーは入れないで欲しい」と懇願された。前回私がシチューを作った際、具材を煮込みすぎてブロッコリーが溶け、必要以上にどろどろの緑色のシチューになってしまったことが、夫のトラウマになっていたようである(夫はブロッコリーがそんなに好きではない)。今日はブロッコリーは入れなかったのでセーフ。しかし、代わりに今度はじゃがいもが溶けた。私は料理に関して煮込めば煮込むほどおいしくなると思っている節があり、パッケージ表示よりもじっくり煮込みがちである。シチューの煮込みは引き際が肝心と、今度こそ心に刻んだ。私はもう、何も溶かさない。


8月11日(木)

長靴を買いに来たお客さんがいて、聞けば明日から始まるライジングサンロックフェスティバルに行くのだと言う。ライジングサンの会場は非常に足元が悪く、当日晴れていても前日までの雨でぬかるみだらけだったりするので、履き潰す覚悟でスニーカーを泥まみれにするか、長靴で行くのがベストだ。しかし、うちの店にはあまり長靴の種類がなく、その中でお客さんが試着して唯一「これなら歩きやすい!」と気に入った長靴は八千円もした。底もしっかりしており品質としては間違いない商品なのだが、年に一度のフェスのために八千円の長靴を買うかどうか、お客さんは悩みに悩んだ。同じ立場なら、私も絶対悩むと思う。とは言え私も店員の端くれ、「これ履いて行けば安心ですよ!」と一応プッシュしてみたのだが、最終的には「もうちょっと考えてみます」と言ってその人は帰って行った。もうちょっと考えてみるとは言っても、ライジングサンはもう明日である。あの人、結局どうすることにしたんだろう。こんなに気になるのは、何を隠そう、私も明日ライジングサンに行くからである。私には初めてライジングサンに行ったときに買った五千円の長靴があるので安心だ。


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