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17. わたしも派遣社員だった

梅雨があけませんね・・・紫陽花は綺麗だけれど。おかげでずっと家でTwitterしています。。。

実は、在宅派遣おばさんというアカウント名でTwitterをやっているわたしなのですが、以前は大手の人材派遣会社でコーディネーター、現在は700名の社員ほとんどがリモートで働いているキャスターという会社の在宅派遣事業に携わっています。

派遣に関わること11年…気づけば社会人生活の半分以上を派遣業界に捧げています。

そんなわたしですが、27歳のとき、わたしも派遣社員だったのですよ。

ここからは、わたしの人生振り返り、少し長くなりそうですが良かったら暇つぶしにでもお読みください。

新卒の就活を早々ドロップアウト

今年40歳になったわたしですが、超就職氷河期、ロスジェネ世代です。

大学3年生の時、初めての就職説明会に参加したときのこと。司会の人が開口一番、

「今、みなさんが会場に入ってくるとき、どんな気持ちだった???本番の就職活動ではそこから見られているんですよ!!

みなさんは就職したいんでしょう?真剣さが足りない!!!そんなんじゃ選ばれない!勝ち残っていけない!」

って、いきなり怒鳴ったんですよ。それにドン引いてしまいまして。

就活止める!と決めて、その足でずっと行きたかった海外への交換留学制度へ申し込みをし、ひたすらバイトしてお金貯めて、みんなが就活頑張る大学4年生を海外で過ごしました。

そして、帰国。そのまま大学卒業。
22歳の春、わたしは完璧に無職でした。

新卒の就活もまるでやっていなかったので、仕事の探し方がわかりませんでした。ビジネスでバリバリ使えるほどの英語力でもなかったから英語も武器にできなかったし。
親に大学行かせてもらったのに何やってるんだよ!と自分を激しく責める日々でした。

でも、とりあえず働かなくては!と、服が好きだったのでアパレル販売へ。

今ではもう色々アウトで真っ黒なんですが、社会保険なし、残業代ゼロ。
足りない売上分は自分で店の服を買うシステム、社長の誕生日にはプレゼントを持って自宅におめでとうございますを言いに行かなければボーナスが出ないみたいな無茶苦茶なルールの会社でしたので…辞めました。

そして、オフィスで働く=ちゃんとした社会人のイメージだったので、とりあえず事務?と事務を目指すことに。

PCが使えなかったので、友達のお古iMacをもらって。(当時すごい流行ったやつ!使っていたのはブルー)

「はじめてのWORD、EXCEL」みたいな教本を買いました。あとはタッチタイピングも死ぬほど遅く、マジで人差し指で打つみたいな感じだったので、当時yahooチャットであらゆるルームに顔を出し、色んな人と片っ端から1日5〜6時間チャットしました。(時にはエロスな感じのチャットとかがあって怖いこともありました)外国人ともチャットしまくったので、2週間くらいで英語も日本語もブラインドタッチが出来るようになりました。

そしていざ!と思ったものの、なんと引き続き仕事の探し方がわからなかったのです…
まだ当時は何でもググれる時代じゃなかったし、わたしのITリテラシーや検索能力も乏しかったし、今ほど情報に溢れているような状況でもなかったです。

ちゃんと働きたい、けど今の自分って何が出来るのか、何にも出来ないんじゃないか、ずっとアルバイトでフリーターでやっていくしかないんじゃないか…ワーキングプア、彼氏も出来ない、結婚もできないかも、ホームレスかも、ギャーーー✖△§Σ■…とあらぬことまで考えて不安ばかりでした。

その時目に飛び込んできたのが、懐かしのオー人事!

派遣会社という存在を知り、とりあえずすぐに登録に行きました。

派遣に救われました

登録会では、これまでの経験と今後の仕事の希望条件を聞かれて、タイピングやWORD、EXCELの簡単なテストを受けました。

新卒の就活もやってない、超フリーターのわたしに合う仕事がないんじゃないか?と不安でたまらなかったんですが、担当者は「大丈夫ですよー!未経験でもチャレンジできる仕事あるので、一緒に探しましょう。」と言ってくれたのが本当に心強くて、リアルにちょっと泣きました。(エモの塊なので)

すぐに3件仕事を持ってきてくれて、3件とも職場見学の日程を組んでくれて、翌日無事仕事が決まりました!

あんなに不安で、社会から置いてけぼり感がすごかったのに、たった2日で仕事が決まったことはわたしにとってかなりの衝撃でした。

派遣サイコーじゃん!仕事探してくれて、面接もついてってくれて、仕事の相談にも乗ってくれるなんて、神なの?

後に、この時感じた気持ちが原動力となって派遣会社で働くことになったわけなのですが。それはまたいつか。人生何があるかわかりません。

派遣でしか経験できないことがある

派遣先は財団法人、仕事は貿易事務のアシスタントでした。

上司は非常に厳しい女性で、わたしの前に3ヶ月以内に3人立て続けに辞めているポジションでした。

しかもわたしはオフィスワークほぼ未経験。はじめてのWORD、EXCEL、鬼チャットスキルしかありませんでしたから、もう本当に100万回くらい「そんなこともわからないの?」て言われました。

でも、わからないものはわからないのでやるしかなかったし、超真っ黒な会社で働いていたので女性上司の陰険さは受け流しまくっていました。仕事教えてくれればそれで良かったし、ちゃんと働くことがわたしの目的だったから。

すると徐々にいじわるは減り、逆に可愛がってくれるようになりました。貿易に関する本をくれたり、ビジネス英文メールの小粋な言い回しを教えてくれたり、たくさんのことを学ばせてもらいました。なんと最後辞める直前には正規職員へ推してくれたりなんかして。(結局お受けしませんでしたが)

一般的には財団法人の求人て、アルバイト、パート、嘱託社員がほとんどで求人情報自体ほとんど市場には出ていません。派遣会社が開拓したからこその求人です。

社内はお役所そのものだったので、残業もなく、17:00とか17:30できっかり終わる。子育て中のママさんも沢山いました。わたしの勤め先の場合ですが、頑張りが認められれば職員になるチャンスもありました。

これと同様に、正社員で入ろうとすると難しいとかそもそも募集がない、でも派遣であれば募集がある会社というのは多数存在します。

例えば、誰でも名前を知っているような憧れの企業に正社員で入社するのはなかなか大変。でも派遣だったら入れるかもしれない。

あとは正社員であればフルタイム勤務、残業厭わず出来ること、フルコミットせよ!などハードな働き方を求められることが多いですが、派遣であれば時短だったり、副業したりということもしやすい。

そして、今わたしが関わっている在宅派遣であれば、自分の住んでいる場所限らず、在宅でしか仕事が出来ない事情をお持ちの方でも、リモートで働ける派遣のポジションが確かにあります。

意図的に派遣として働く

巷では、派遣=非正規雇用=悪、派遣は収入も将来も不安定、派遣切りなど、ネガティブなイメージを持たれやすい「派遣」という雇用形態。

ここ数年で労働に関する法律も厳しくなっているため、派遣法上では、同企業・同ポジションでは最長3年までしか働けない3年ルール

労働契約法上では、派遣社員や契約社員などの有期契約労働者は、同じ企業(派遣社員の場合は派遣元)で5年までしか働けないという5年ルールがあります。

こういったルールが更に派遣を不安定なもの、社会悪である、というようなムードを助長していますが、ずっと派遣業界に携わってきた身としては純粋に悲しいです。そんなに悪いものではナイヨ、派遣。

ちょっと考えてみてほしいのですが、あのトヨタでも終身雇用が難しくなってきているという現代で、正社員、ボーナスあり、65歳とか70歳まで雇用が保証されている仕事って、本当にあるでしょうか?

自ら派遣社員の経験をして、派遣会社でもずっと働いてきた経験から、意図的に派遣で働くことで自分が望むキャリアを作ることが出来ると信じています。

現行の法律では派遣として1社で働けるのは3年、または5年です。ここに文句を言ったところでどうにも出来ませんから、自分が将来どう働きたいかを考えながら、そこにたどり着くための過程で派遣で働くという選択肢を取り入れて欲しいなーと常々思っています。

例えば、経理のスペシャリストになりたい。だけど実務経験なし、簿記3級持っているだけ。
これだと正直、正社員の経理職に採用される可能性は低いので、3年間未経験可の経理アシスタントとして派遣で働いてみる、その間に簿記2級を取得して決算補助が出来るようにチャレンジしてみる、とか。

東京で働いていたけど、家族の介護があって地元に戻った。近くには今まで東京でやっていたような仕事がない。だとしたら、在宅派遣でリモートワークという働き方を自分の選択肢として取り入れてみる、とか。

正社員を目指す気持ちはわかるのですよ。
わたしもずっとそうだったので。そして正社員で受けた恩恵もたっぷりあったのも事実です。(ボーナスとか住宅ローンの審査とか)正社員のほうが責任ある仕事、役職がつくって会社がほとんどだろうし、やりがい面でも正社員一択!というのもうなづけます。全然否定しない、正社員希望の人には頑張ってほしい!

どこででも働ける自分を目指して

若い頃、思うように仕事が見つからず辛かった日々を思い出すと、今のわたしは雇用形態というよりは、どこででもやっていける自分になりたいなーと思っています。

正社員の夫が急にリストラされたり、会社が倒産したり、やりたいことを見つけて起業したり、どこかへ移住したりすることがあるかもしれない。自分がそうなる可能性だってある。そんな時に、どこででも何かしら働ける自分でありたい。

年齢も重ねていくけど、その分色々な経験も重ねて、働く場所も仕事も時間も選べるような自分でありたいなーと。





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