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はやく大人になりたい




 はじめに。
少々過激と思われる表現もございますが、当時起きた事のありのままを書かせていただきました。時代背景等含め、ご容赦いただければと思います。


中学3年の時の話である。私、柿木坂花卉音(かきのきざかかきね)のクラス、3年2組の教室の後方入口のすぐそばに男子トイレがあった。休み時間には大体クラスのカースト上位男子達がトイレでたむろしたり、付近で騒いだりするのでうるさくて落ち着かなかった。

ある日の休み時間のことだった。いつもの様にうるさい男子トイレで、ごく普通の、普通だけど少しだけ先生に反抗的でイキっていた男子(以下、域利(イキリ))が、タバコを吸った。当然匂いが教室にも届く。教卓で提出物のチェックをしていた担任(パンチパーマだったので生徒からのあだ名はパンチ。以後パンチと呼ばせていただきます。)が、すぐに異変に気付き血相を変えて男子トイレへ。
域利はパンチにトイレから引き摺り出され、思いっきり平手打ちを喰らう。その衝撃で倒れ込むも、パンチに殴りかかろうとした。それをパンチが阻止する。域利とパンチはしばらく揉み合っていたが、トドメを刺したのは
「ふざけるな!!」
というパンチの激しい怒鳴り声。
域利は諦めてすぐに大人しくなり、パンチは域利からタバコの箱と吸い殻を奪い取ると早足で去っていった。

「やべえ!ぶたれたし!」

教室に戻って来た域利は、バツが悪そうに笑いながらも「堂々としてる俺かっけー!」な態度でクラスの同じくイキってる、といっても見た目はごく普通の仲間達に
「やるじゃん!」
なんてチヤホヤされていた。
私は彼らを冷ややかな目で見ていた。

上記からも分かる通り、私はもちろんイキっている生徒ではなかった。普通の中学生。仲良くしている人以外とは基本喋らない。だけど言う時は言う。きつい口調でバッサリ言い切ることが多々あり「姉さん」なんて呼ばれることもあった。でもまあ、域利達からしたら普通の女子という位置付けだろう。私は優等生でもない、カースト上位でもない、なのに無駄にイキっているどっちつかずの域利達「イキリ軍団」が心底嫌いだった。

その日の午後は学年集会があり、体育館に3年全員が集合することになっていた。季節は秋。肌寒くなってくる季節とはいえ午後の日差しにはまだ暖かさがあった。

体育館裏の1番日当たりの良い場所で、この時代にすでに絶滅危惧種となりつつあったヤンキー4人組の男女が日向ぼっこをしていた。仲良く寝転んでいる。その中に、1年の時に仲良くしていた夜来(ヤンキ)がいた。彼女は私を見つけると
「花卉音ちゃん!バイバイ!」
すぐそばにいるのに大声で声をかけてきた。
「気持ちよさそうだね」
夜来はにっこり微笑みながら私に手を差し出し
「花卉音ちゃんも日向ぼっこする?」
私はその手を掴み、夜来の隣に座ろうとするが一緒にいた友人、不都于(フツウ)に手を引かれる。
「行かないと。」
不都于には右手、夜来には左手を握られていた私は一瞬だけモテ男の気持ちが分かった気がした。
「ごめん、またね!」
私は結局、夜来の手を離した。すると同時に夜来は私の手にアメ玉を握らせてくれた。
「あげる。またね。」
そしてヤンキー仲間皆が笑顔で手を振って見送ってくれた。
私は彼女らに対しては友人というせいもあるが「イキリ軍団」とは逆に、好感を持っていた。やるならとことんまでやれよ。ヤンキーにでもなってみろよ。と、中途半端でどっちつかずの域利にイラついていた。

体育館の中へ入ると域利達がすでに座っていた。夜来たちと会ってせっかく穏やかな気持ちになれたのに、姿を見ただけで再び怒りが湧いてきた。先程の喫煙事件とは対照的に、早々に体育館へやって来て大人しく座っている。ブレブレじゃん。アホくさ。私はUターンして体育館を出る。
「どうしたの?もう始まるよ。」
追いかけてきた不都于に
「気持ち悪いから保健室に行ってくる。」
とだけ告げ、教室に戻りカバンを持って、そのまま学校を出た。
校門を出てすぐに夜来からもらったアメ玉を口に頬張ると、私は自然とスキップをしていた。
案外誰にもバレずにあっさり学校って抜け出せるもんなんだなぁ。


体育館から学年主任がマイクテストをする声が聞こえる。体育館裏には相変わらず夜来たちが寝転んでいた。彼女らを横目に、私の足は次第に小走りになる。そして小走りから全力疾走へ。
風を切って走るのは何て気持ちが良いのだろう。全力疾走のまま走り続ける。地面を蹴るたびに足の感覚がなくなり軽くなっていく。このまま走り続けたら空を飛べるのではないか?と錯覚するほどふわふわと浮遊しているような感覚だった。

しばらく走り続けてたどり着いた公園。呼吸を落ち着かせ、ベンチに座った。お昼を過ぎたばかりの為か誰もいない。しんと静まり返っている。

私も私で何やってんだか。
落ち着いてくると衝動的に行動に出てしまった自分が少し恥ずかしい。そんな自分を誤魔化すように、アメ玉を口の中で転がしながらため息をついて空なんか見上げてみる。空はどこまでも青く澄んでいた。
域利にはこんなこと絶対できないよなぁ…
私のやっていることも大概おかしいが、域利よりは上な気がした。
あいつは1人で学校を抜け出す勇気もない、そしてヤンキーにすらなれない小さい奴だ。今頃体育館で大人しく先生の話を聞いて座っていることだろう。考えれば考えるほど怒りが湧いてくる。何であんなところでタバコを吸ったの?域利のやった事に納得がいかなかった。

怒りが頂点に達したところで私は立ち上がり、感情に任せて公園の遊具全てで遊んでやった。ブランコを漕ぎ、滑り台を滑り、シーソーを1人で操る。そして最後に鉄棒で逆上がりをした。逆上がりから綺麗に着地をしたその足で、私はすぐ近くにある祖母の家へ行こうと思い立った。

他に行くあても思いつかない。田舎なので本当に行くところがないのである。かと言って、家に帰るわけにもいかない。家までは徒歩ではかなりの距離がある。自転車通学だった為、自転車は学校に置きっぱなしだ。また学校へ戻るのは嫌だった。

呼び鈴を押すとすぐに祖母が出てきた。

「あれ花卉音!何やってんだ?学校は?」
 驚いた祖母を直視できず
「早退した」
「具合悪いのか?」
「うん、まあ」
曖昧に答えながらスタスタと廊下を歩き、突き当たりにある祖母の部屋へ向かう。
祖母がいつもお菓子をストックしている押入れを開け、お菓子の吟味をする。祖母の部屋からは、叔父が剪定した盆栽が綺麗に並べられた庭を望むことができる。
煎餅を頬張りながら盆栽を眺めしばらくぼーっと過ごす。テレビを付ける。

午後のワイドショー「ビッグトゥデイ」がちょうど始まったところだった。風邪で学校を休んだ時の様なちょっとした幸福感に包まれた時間。ところがそんな時間も長くは続かなかった。

 電話が鳴る。母からだった。祖母の話し声ですぐに分かった。意外にバレるの早かったな。
 祖母は、私が何をしたのか理解し難いと言う表情だった。
「なんで勝手に帰ったりしたんだ?具合が悪いなら連絡してくれれば、ばあちゃんが迎えに行ったのに。」
怒ると言うよりも不思議そうにしていた。そりゃそうだ。意味わからないよね。ごめんね、おばあちゃん。

つい数ヶ月前もこんな事があった。母が仕事で家を空けているのをいいことに、仮病を使って早退しようと考えた。通常は1人で帰るのだが、迫真の演技をしてしまった為に保護者の迎えが必要と判断された。そこでパンチに祖母へ連絡してもらったのだった。祖母は三輪の自転車で迎えにきた。
「後ろに乗れ!」
三輪の自転車には後方のタイヤの間に大きなカゴがついている。その中に入れと言うのだ。
「重いし動かないよ。」
ところが自転車はゆっくりではあったが動き出した。いつもこの自転車でスーパーに買い物に行っている祖母にとっては私1人の重さくらい大したことはなさそうだった。
仮病なのに…
親不孝ならぬ祖母不孝だ。もう後ろめたい事はしまい。その時はそう誓ったのに。巻き込んでごめん。私は心のなかで深く祖母に謝罪をした。

程なくして母が迎えに来た。母は呆れていた。
帰りの車中で
「一体何やってんのあんたは!」
だが、それ以上は何も言われなかった。
「これから先生来るからね!」
そうか、話はこれからって事か。

帰宅し部屋で落ち着かずソワソワしていると、パンチと不都于が一緒に家へやってきた。
「どうぞ」
母が促すも、パンチは「お構いなく」
玄関先に立ったまま
「柿木坂さん!だめだよ勝手に帰っちゃ!何で勝手に帰ったりしたの!」
言葉を選んではいたが、感情のままに怒鳴られた。だが、私は怯まない。
「さっきのタバコの件でイラついたんで、学校にいたくなかっただけです。何なんですかあいつ!何であんなところでタバコ吸ったんですか!!」

「気持ちはわかるけど、勝手に帰るのはいけません。みんな心配してたんですよ。柿木坂さんがいないって。無事でよかったですが何かあってからでは遅いです。これからは絶対にこんな事しないでくださいね。」
不都于も頷く。
「とりあえず、無事が確認出来たので今日はこれで。自転車も置きっぱなしでしょう、明日、ちゃんと乗って帰りなさい。いいですね?」

「わかりました。すみませんでした。」
俯いた私に
「花卉音ちゃん、これ。」
パンチの目を盗んで不都于が手紙を渡してくれた。クラスでいちばんの仲良しの不都于とは毎日手紙交換をしていたので、私もポケットに入れていた手紙を不都于に渡した。
「また明日。」
心配してくれていたのだろう、安心した顔で不都于は微笑んだ。私は少しだけ申し訳ない気持ちになった。
 手紙にはこんなことが書いてあった。
「花卉音ちゃん。みんなに迷惑かけるようなことしちゃだめだよ。パンチに呼び出されてどうしたのかと話を聞かれちゃった。わからないって答えたけどさ。今、パンチが電話をしにいっているスキに書いています。これからは勝手に帰らないでね。不都于より」
 至極真っ当な意見である。不都于の言葉は最もだ。だが、私は間違った事をしたとは思わなかった。自分の気持ちに正直になったまでだ。

私がいなくなった事はクラスでさほど問題になっていなかった様だ。というか、下校時間までパンチには気づかれなかったらしい。
「あれ?柿木坂がいない!どこ行った?」
「保健室です。」
 私が保健室に行っていると思い込んでいた不都于の言葉を信じたパンチは
「保健委員!迎えに行ってあげてください。他の皆は下校時間だからもう帰れ!」
ここでクラスの大半が下校する。
そして保健委員が私が保健室に来ていないことを知る。そこから少しの騒ぎとなったので知る者の方が少なかった様だ。
何だ。つまんないの。もっと大事になればよかったのに。


腫れた頬をまるで勲章の様に見せびらかしてイキリ顔をしている域利。
私はそんな域利を毎日睨みつけて過ごしていた。そのうちに何度か域利と目が合ったが逸らされた。だが私は目を逸さなかった。自分が睨みつられていると知った域利は
「なんなんだよ。」
ぼそっと呟いた。だがそれ以上、何も言ってこなかった。私が域利を睨みつけているのは明白で、域利もそれに気付いた。なのにただぼそっと呟くだけ。
「面と向かって言ってこいや。」
私もぼそっと呟く。喧嘩する準備はできている。力では負けるかもしれないが、口では負ける気がしなかった。だがそのうち域利は私の視線に気付くとすぐに背を向ける様になった。

まともに睨みつけることもできなくなり鬱憤が溜まった私は、放課後の誰もいなくなった教室で域利の机を思い切り蹴飛ばした。椅子の上に唾を吐いたり、机の上に乗って思い切り汚れをつけたり。そうする事で域利への怒りの感情を消化していた。今考えると明らかにあたおかだよね。

それから数日後、卒業アルバムのクラス写真撮影があった。ベタベタに整髪料をつけた今時流行らないリーゼントヘアで決めた域利が、得意げにクラスメイトと話をしている。
(何あの髪型。だっさ。)
心の中で悪態をついた私。
他のクラスメイトはなんとも思わないのだろうか?
すると域利の髪型にすぐに気づいたパンチがさっそくやって来て
「何だ域利!その髪型は!水で流してこい!」
歯向かうことなく大人しく従った域利は水でびしょびしょになった髪の毛をハンカチで拭きながら戻って来た。いつものヘアスタイルよりボサボサじゃん。焦ったのか必死になって「イキリ軍団」に手直しをしてもらって何とか見れる髪型になっていた。
(アホくさ。どうせこうなるんだからいつも通りの髪型で来いよ。)
私は深くため息をついた。
撮影時間も推してるしみんなに迷惑かけてるのに何なんだよこいつは。
だが、懲りる様子もなく域利は制服のブレザーのポケットに手を突っ込んで、上目遣いで微笑んでいた。その笑顔を見ていると嫌悪感から私の顔は自然とすごい形相になった。カメラに向かって笑顔で写ろうという気持ちすら忘れていた。

おかげで出来上がった写真はひどいものだった。これには少しだけ後悔したが、自分の顔なんてどうでもいいと思うくらい、当時は怒りの気持ちの方が勝っていた。域利の得意げな笑顔が気に入らない。上目遣いが気に入らない。とにかく域利の全てに対して嫌悪感しかなかったのだ。

私はアルバムの中の域利の顔写真を思い切り爪で擦った。傷だらけの域利。ざまあみろ。


時は流れ2024年。

先日、久しぶりに卒業アルバムを開いてみた。
域利の傷だらけのイキリ顔は不思議な事に無邪気な子供に見えた。そして怒っている私も、思春期のこじらせ女子の顔にしか見えなかった。激しい後悔と恥ずかしさと…色々な感情が湧いてくる。私は何をそんなに怒っていたのだろう?
こんな一瞬の感情に左右された写真が一生残ってしまうとは。

アルバムを閉じ、しばらく迷った末に私はこれを解体した。ページ一枚一枚をゆっくりと破りながら、丁寧にシュレッダーにかける。私の怒り顔と域利の傷だらけのイキリ顔がシュレッダーの中に吸い込まれていく。さようなら、怒った顔の私。さようなら、傷だらけのイキリ顔域利。さようなら、私の黒歴史…

ところが。
最後の一枚をシュレッダーにかけている途中、ある文字が目に飛び込んできた。アルバムの最後、無地の寄せ書きページ。そこにはクラス全員からの寄せ書きメッセージが書かれていた。そしてその中に域利の名前が見えたのだ!域利のやつ、一体何を書いたのだろう?
慌ててシュレッダーの電源OFFスイッチを押す。そっと紙を取り出すと、そこには

 ″早く大人になりたい… 域利″

うわぁ。やっぱりダメだ!!私は永遠に域利のことは好きになれそうもないし、無邪気な子供とも思えない。この嫌悪感は拭うことができない。身震いしながら勢いよくシュレッダーに紙を押し込む。シュレッダーよ、早く、早く!!この呪物を粉々にしてくれ!!私は祈りながら吸い込まれてゆく呪物を見つめる。たった一枚の紙がシュレッダーにかけられるのがこんなに長く感じるなんて。数十分にも感じた長い長い時間。止まらない身震い。
早く!早く…!!
耐えきれなくなり目を瞑る。瞼に力を入れぎゅっと目を閉じていると、ようやくシュレッダーの動きが止まった。
「終わった…」
ほっとしたと同時に、体の力が抜ける。私の心には虚無感だけが残った。


当時の行動は再現しようとしたってできるものじゃない。というか、再現なんてしたくない。大人になった今なら分かる。あの時にしかない感情。行動。言葉。若いって、美しいけど同時にとても恐ろしい。人生の経験が少ないからこそ、それゆえに起こる出来事。過ぎたことなので戻ることなんて決してないのは分かっているが、戻りたいとは思えない、戻りたくない過去。記憶から消える事をなかなか許してくれず、いつまでも心の奥底に叫びたくなる様な恥ずかしさと共に押し込まれている。それこそが黒歴史なんだ。改めてそう実感する。ここに記すことによって私の記憶の奥底で彷徨っていた黒歴史が成仏する事を切に願う。


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