見出し画像

能登半島ほぼ一周!夏の能登、加賀、越中道の駅スタンプラリー旅③

前回の記事は文量の多さから八世乃洞門を区切りとしたのだが、行政区画の境目でもあったようで、そういう意味でもよい区切りになったようだ。

当該洞門を境に西側(前回までの行程)が珠洲市、東側が輪島市となっており、八世乃洞門及び八世乃洞門新トンネル等は全て輪島市に属していた。
要するに、トンネルに入った時点で既に輪島市入りしていたことになる。

今回はそんな輪島市からスタートだ。



道の駅千枚田ポケットパーク

国の名勝として指定された名勝、白米千枚田しらよねせんまいだの横に設けられた道の駅が千枚田ポケットパークだ。
珍しい景色だからか利用者がとても多く、車道に入庫待ちの車列をなすほどだった。
そして、この混雑が原因となり警備員との口論に発展してしまった

詳細を書いてみたが、どう読んでも冗長で愚痴じみた内容になってしまい面白くなかったのでボツにした。
簡潔に書くと、駐車場が入庫待ちで混雑しているのに融通を利かせられず、第二駐車場の存在を告知しないという不手際に憤りを覚えたという話だ。

赤枠内が第二駐車場で、別の警備員からその存在を知らされた

他の警備員はきちんと対応してくれたので、偶然ろくでもない警備員に当たってしまったのだろう。
口頭で二回ほど文句を言いに言ったが、言い逃ればかりするので埒が明かない。
そのため、その場で道の駅のウェブサイトにある連絡フォームから苦情を入れたのだった。

手前に見える自販機前にある赤いベンチが、私がiPadから苦情を送信した場所だ
白米千枚田入り口
日本海と白米千枚田
白波が美しい

道の駅輪島

奥能登の中心都市であり、輪島塗輪島朝市で有名な輪島市の中心部にある道の駅輪島に到着した。
この時点で既に時刻は午後4時半頃を回っていた。

夕方という時間帯にもかかわらず未だ快晴の青空に対し、私が当初決めていた「奥能登の道の駅全て行く」という目標達成の雲行きは怪しくなってきていたのだ

国道249号を中能登方面へ走行すればよいので、道に迷うことはない

この日のうちに回っておきたかった道の駅は、残すところ「道の駅赤神」と「道の駅とぎ海街道」の2件のみだった。
前者は輪島市なので奥能登にあたるが、後者は羽咋郡志賀町であり中能登にあたる。
そのため、厳密には奥能登にある道の駅ではないのだが、経路的に近いので一括りにして周るつもりでいたというわけである。

さて、ここで一つ注意しなければいけない点がある。
今回の旅はあくまで道の駅のスタンプラリーが目的なのであって、単に道の駅へたどり着きさえすれば良いというものではないという事だ。

つまり、道の駅でスタンプを押すことが出来なければ意味がないのである。
そして、大半の道の駅では営業時間内でなければそれが出来ない。
要するに道の駅スタンプラリーにはタイムリミットが存在するというわけなのだ。

次なる目的地としていた道の駅赤神の営業終了時刻は午後5時で、Google先生によれば道の駅輪島からの所要時間は約35分だという。
先述のとおりこの時点での時刻は午後4時半であり、営業終了時刻までに間に合わないことは明白だった。

そのため、奥能登地域の道の駅についてはここで時間切れということで、ここから先は帰路につくことに決めた。

旧輪島駅

この道の駅輪島は、以前の記事で取り上げた道の駅すずなりと同じく鉄道駅の跡地を利用した道の駅だ。
奥能登地域の中心都市にふさわしく、かつてはのと鉄道七尾線の終点だった。

これらの旧鉄道駅跡地の利点は、当初から市街地の中心に立地しているという地の利がある点に他ならない。
そのため新たに用地確保などの手間をかけることなく、直ちに一等地に観光の起点となる施設を整備する事が出来るのだ。

老舗の和菓子店の佇まいが、駅前だったことを感じさせてくれる気がする
ここから先へ進むと…
なんと踏切が残されているのだ

輪島駅の現役時代を知らないのでなんとも言えないが、駅構内に踏切がある例も知っているので、おそらく当時のものなのだろう。

当時の駅のホームが再現されている

駅名標の謎

駅名表示に「シベリア」の二文字があるのが気になったが、現地ではこの理由がよく分からなかった。
他の地域においては鉄道の終点駅から港で船に乗り換え、そこからロシアへ渡るルートもかつては存在した。
同じく日本海に面する嶺南第一の都市、敦賀だ。

敦賀港からはウラジオストク行きの航路が存在しており、シベリア鉄道へ連絡できるようになっていた。
このように航路と鉄路を組み合わせたものはボートトレインと呼ばれ、空路がない時代はこれで大陸へ渡っていたのだ。

それでは、この輪島もボートトレインの途中にある都市であったかと言えば、そんなことはない
営業当時もここからシベリアを初めとする大陸へ向かう航路は存在しなかった。

そうであるにもかかわらずシベリアの表記があるのは、現役時代に駅名表示板にシベリアという落書きがされており、道の駅として再整備するにあたりこの落書きをも再現したという理由らしい。

遺構を上手に活用していると思う

ねこ

ねこ

意外と濃厚な輪島の道の駅を堪能し、スタンプラリーや見学を済ませた私の足を止めたのがこの猫だった。
人馴れしているようで、人が近寄ってきても逃げたり避けたりする様子はなくのびのびとしていた。

かわいい
元気でいてほしい

この記事を書いているのは年も明けた令和6年、ちょうど能登半島地震が発災した時だった。
地震と火事によって輪島の中心街は焼け野原になってしまったのを報道で目にすると、非常に悲しい気持ちになる。
この猫は震災を生き延びていてくれているだろうか。


道の駅能登食彩市場

道の駅輪島から帰路に着こうと考えた私だったが、途中の七尾市に道の駅があることを思い出した。
それが七尾市の中心部にある道の駅能登食彩市場だ。

一階には鮮魚コーナーを含む売店があり、二階には多数の飲食店が入居している大規模な道の駅で、七尾市の観光拠点になっている。

時間が早ければ遊覧船にも乗船できるようだ
次は乗ってみたい

時刻は午後6時15分を回っていた。
日帰りで帰宅するか、あるいはどこかで宿泊して一泊するかの2択を決めてしまわなければならなかった。

このまま日帰りで帰宅すれば、所要時間は休憩込みで5時間を下回るだろう。
しかし、後日あらためて日帰りで訪れる際にかかる時間と交通費を考慮すると、実は一泊して翌日も北陸を周った方が得なのではないか
そう考えた私は、ここに至りようやく宿泊することを決めたのだった。

さて、残るは問題はどこに泊まるかだ。
宿泊することを決めたはいいが、当然だが宿泊先のあてなど全く考えていなかった
とりあえず道の駅の駐車場から見えたルートイン七尾に電話で問い合わせてみたが、結果は空室なし
それもそのはずで、8月12日と言えばお盆の真っ只中という時期だ。
そんな時期に観光地であり、中能登最大の都市である七尾市で予約もなしにいきなり宿泊するのは容易ではなかった。

そこで試したのがホテルズドットコムだ。
一度宿泊すると決めた以上、今さら翻意して帰るのは何かに負けた気がして嫌だったので、意地になって宿泊先を探していたのだった。
奇跡的に高岡市内のアパホテルに空室が見つかったので、ただちに予約を済ませて同市内へ向けて出発した。

海洋気象観測船

民間の船舶ではないだろう

少しだけ時を遡るが、七尾港に公船らしき船舶が停泊しているのを発見した。
海上保安庁の巡視船かと思ったが遠すぎて分からないので、少し拡大して撮影してみた。

船体が全て白色で塗装されており、この段階で海上保安庁の巡視船ではない確証を得た。
海上保安庁の巡視船ならば、白色の船体に青字でJAPAN COAST GUARDという記載がされているからだ。

これ以上のことは現場では分からなかったので帰宅後に画像検索したところ、この船舶の正体は全国にたった二隻しかない水産庁の海洋気象観測船だったようだ。
貴重なものを見られて良かったと思っている。

敦賀港に停泊する八管所属の巡視船ほだか(参考)

七尾を後にした私は高岡市へ向かった。
ちょうど高岡には友人(ネッ友)が居たので、一緒に夕食を取ろうという話を持ちかけたのだ。
急な提案に応じてくれたことに感謝しかない。

その高岡人の友人から富山の名店であるローカル回転寿司チェーン店の氷見きときと寿司本店を勧められたのだが、驚くべき事に到着した頃には満席どころか受付が終了していた。
時刻は午後7時半。
待ち時間どうこうという話ではなく、入店すら出来なかったのである

気を取り直して高岡市内のくら寿司で夕食を済ませ、積もる話もありファミレスへハシゴし、ほぼドリンクバーだけで居座り続けていた
心だけは高校生のままなのかもしれない。
こういう自由で無計画な事が出来るのも一人旅の醍醐味だ。

こうして散々遊び尽くした後、深夜にアパホテルへチェックインしたところで1日目が終了した。


区切りがよいので、二日目については次の記事で。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?