【Mリーグ】ノーテンでも優勝だった?サクラナイツ優勝へ最後の選択(5/1追記)(2024/1/7再追記)

2022年4月26日、2021-2022シーズンMリーグはサクラナイツの優勝で幕を閉じた。
ファイナルではどの選手も存分に魅力を発揮したが、沢崎選手不在の中で奮戦したサクラナイツの三選手、特に12戦中7戦出場した堀選手の戦いぶりは起用した監督、そしてファンの期待に存分に応えるものだった。

そのような神聖な夜に「たら、れば」の話をするのは気が引けるが、珍しく、かつ面白い場面があったので少し考えてみたい。
(以下敬称略)
状況
滝沢 42,200
多井 19,800
近藤 19,400
堀 17,600
流れ1本場 供託1本

前提:
・滝沢は目なし
・多井はトップ+堀との素点条件だが、ツモで滝沢をまくればだいたいOK。滝沢からの直撃はトップをとっても素点が足りない。現状は三倍満ツモ。
・近藤は堀に対し1着順差7,500以上または2着順差。現状、多井から2000~3900出和了では優勝できないが、それ以外はすべて和了れば優勝。
・テンパイノーテンで条件が軽くなる多井はカン2mを仕掛けたあとに7m5mと手出し
・近藤は多井の2sに小考した後何度か手出し

また、以下では便宜上多井は総合順位が変わらない状況(堀が伏せた場合)でテンパイしているとき手牌を開くものとする。また、滝沢はノーテンで、次局以降も無理に上がりには来ないと仮定する。(そこまでの打ち方から)

この状況でカン6mのタンヤオ赤1聴牌を入れていた堀選手がツモ和了、ほぼ優勝を決定づけたが、最終ツモで近藤選手に対して放銃の危険性がある牌を引いた場合にオリ、あるいは流局時に聴牌していても伏せて流局で優勝を狙う選択肢が考えられ、解説の土田浩翔プロはこれを推奨していた。以下では流局時に伏せる選択の有利不利を考えてみる。読者の方も、よろしければ①流局時に開くかどうか、②多井と近藤の聴牌率がそれぞれどれくらいか、について答えを出した上で読み進めてもらいたい。

伏せた場合

開けた場合

条件A:現状とほぼ同じで、多井からの2000~3900出和了以外は和了優勝。
条件B:堀をラスにして多井を逆転すれば優勝。多井がラスになる場合は堀との8700差をまくる必要があるため、400700以上のツモまたは堀or滝沢から2000以上または多井から1300以下または満貫以上
条件C:堀との5700差を逆転するか、堀をラスに落とせれば優勝(同点ラスでも可)。8001600以上のツモ、堀からは何を和了ってもよく、多井or滝沢からは5200以上
条件D:堀との9700差を逆転するか、堀をラスに落とせば優勝。16003200以上のツモ、堀から1300以上、多井or滝沢からは跳満。

また、A~Dの条件を堀の側から見たとき、流局時に伏せられるかを確認すると、堀が伏せた場合の近藤の優勝条件は
条件A→近藤テンパイ多井ノーテン
条件B→近藤一人テンパイ
条件C→多井近藤テンパイ
条件D→多井近藤テンパイ
となるため伏せにくい。ただし、B~Dにおいてもう一度テンパイノーテンで多井または近藤のどちらかと4000以上の差をつければその次からは伏せて優勝できる。
また倍満ツモ条件となったケースの多井はリーチを打つ可能性がかなりあり、その際流局すれば伏せて優勝となるため、1本場に比べると伏せられるケースはかなり増えていくが、不確定条件のため序盤中盤から降りて優勝を狙うのは厳しい。

A以外にBCでも和了条件はかなりゆるく、最も厳しいDですら簡単には降りられない条件下での1300直撃で逆転されてしまうことを考えると、フェニックスの優勝はAで25%、BCで20%、Dで10%ぐらいはありそうに思える。

この前提でサクラナイツの優勝確率を比較した。開けた場合の優勝確率は、条件Aの出現確率×75%+条件Bの出現確率×80%…+条件Dの出現確率×90%の要領で計算している。(下表)

また、多井と近藤が聴牌している確率(以下聴牌率)について、考えると、
多井の聴牌率について、三倍満ツモ条件を満たしうる手は少なく、形式テンパイの価値が高いため、かなり遠くても2mチーする可能性があり、これだけではわからない。ただし、近藤に放銃するとその瞬間優勝がなくなるなか、危険な数牌を押したことで相応に聴牌率は高いと見ることはできる。
近藤の聴牌率について、2sを小考後にスルー、さらに手出しということで1シャンテン~聴牌の確率が高そうではあるが、確証となる情報はない。

雀力が足りない上に事前に答えを知ってしまっているため正確な評価はできないが、多井の聴牌率は7割~8割ぐらいありそうな気がするし、その場合の損益分岐点は近藤の聴牌率7割程度になる。上表では、①聴牌率が多井≧近藤である②多井の聴牌率が7割以上、という条件を両方みたす場合はすべて伏せるほうが有利となる。

計測に利用した多くのパラメータに仮定が入っているため正確な評価はできていないが、どうやら伏せるのが有利という土田解説はそれほど間違っていないように思える。
さて、記事冒頭の①②について、①の判断と②のパラメータに基づく損益は一致していただろうか。おそらく、①の答えは聴牌宣言だが、②の数字から計算してみるとそれほどでもない、という方もいらっしゃったのではないか。(条件A~Dの達成確率の数字がおかしいために一致しないだけかもしれない。麻雀が強く余力がある方は是非前提のパラメータを適切に変更して検証してみて欲しい。)

ちなみに、終了後のインタビューで堀選手は
「降りるつもりはなかった。多井さんの聴牌率が高いことはわかっていたが自分がやめると多井さんもやめるかもしれないし、近藤さんとのテンパイノーテンでも次局だいぶ楽になる」といった趣旨のコメント(一度聞いただけなので筆者が誤解している可能性あり)をしており、BやDのケースで優勝に近づくことを重視していたことがうかがえる。BやDでのサクラナイツの優勝はそれぞれ80%,90%より高いのかもしれない。

ここまで長々と計算を述べた割にはっきりしない結論であるが、当記事で提起したいのは、この判断の相違は、多井選手が聴牌している確率をどう見るかといった数学的な評価の相違だけで起こるのではなく、プレイヤーによっては厳密にはオリ/伏せたほうが優勝確率が高いケースでも、押す/開ける行動を取る選択をすることもあるのではないかという人間行動に関する問いである。(さらに穿った見方をするなら、多井選手はそれを承知でケイテンに向かったのかもしれない)
優勝を無関係な第三者に委ねることへの抵抗、その他色々の理由が考えられるが、おそらく「聴牌宣言して次局近藤さんに条件を満たす和了をされたらしょうがないが、自分があえて伏せたことで優勝を逃すのは耐えられない」といった感覚を持つ方がむしろ普通だと思われる。なお、私は伏せるし、伏せて優勝を逃しても最善の選択の結果としてやむを得ないと考えるが、自分のことを少数派だとも思っている。

こうした判断に抵抗があるかどうかは麻雀の強さや、通常時の打牌で合理性を重視するかどうかとはおそらくあまり関係がない。解説の土田さんがノーテン宣言を推奨し、逆に多井選手の聴牌率が高いことを知りつつ堀選手は降りるつもりがなかったとインタビューで答えたこともそれを示唆しているように思う。(注1:この部分は堀選手の思考を誤解した記載で、堀選手は100%合理的判断から聴牌を宣言しています。詳細は文末をご覧ください。)

こうした価値判断は各選手あるいはチームの哲学の問題であって善悪の問題ではないが、かつて「裏ドラ条件の和了に抵抗感がある」という考えが一般に膾炙しており、その後「条件をツモ牌に委ねるのも裏ドラ表示牌に委ねるのも一緒」という考えが主流になったように、時代とともに変化しうるものでもあろう。
次に同じような条件が現れることがあるかわからないが、いつか、一度くらいは他者のテンパイノーテンに命運を委ねて優勝するプレイヤーを見てみたい、と一人のファンとして思っている。

なお、言うまでもないことであるが、堀選手が予定していた選択が純粋に優勝確率を高めた結果であるか、それとも上記のような価値判断が混ざった結果であるかは不明であり、ひょっとすると後者ではないか、と言うのは筆者の想像にすぎない。またそのどちらであったにせよ、今期Mリーグにおける堀選手の戦いぶりが素晴らしいものであったことは間違いない。

サクラナイツの皆様、優勝おめでとうこございます!

5/1追記
いくつか誤りがあったため補足いたします。
①前提の中で、「多井はトップ+堀との素点条件だが、ツモで滝沢をまくればだいたいOK。滝沢からの直撃はトップをとっても素点が足りない。現状は三倍満ツモ」と記載しましたが、トップラスは4100差なのでハネ直でトップ取ればOKでした。ただし、滝沢さんは降りているためあまり現実的ではありません。
②もう一度流局したケースについて
「多井がバイツモ条件でリーチを打てば伏せられる」
としましたが、Aのケースではリーチした瞬間リーチ棒で近藤さんが多井さんをまくってしまうのでやはりテンパイする必要があります。
③厳密には誤りではないのですが、結論に与える影響が大きい問題について。
議論の前提においた「便宜上多井は総合順位が変わらない状況(堀が伏せた場合)でテンパイしているとき手牌を開くものとする。」というのは非常に問題のある仮定だったようです。
Mリーグ機構のhttps://m-league.jp/news202109281000/にある通り、
「Mリーグは、チームのシーズンの順位はもちろんのこと、累年の成績・ポイント(累積ポイント)も未来永劫残っていく価値と考える。」という観点から開くほうが自然だと思っていたのですが、小倉プロが非常に説得力のある論理で伏せるべきという判断を説明しており、また須田プロがその点を含めて詳細な解説をしています。
https://kinmaweb.jp/archives/164275
実際に多井選手がどうしていたかはわかりませんが、その部分の不確実性(多井さんが合理的判断として伏せる可能性)を含めて聴牌確率を評価すると、多井聴牌率が極めて高く、かつ近藤選手の聴牌率がかなり低い場合しか伏せる選択が有利にはならないと思われます。

2024/1/7再追記
ずいぶん前に書いた記事で、さすがにもう読まれる方もいないだろうと放っておいたのですが、最近参照してくださった方がいるようなのと、新しい記事を書こうかなと思ったこともあり、さらに追記しておきます。
私がこの記事中で記載した分析は、当時なりの分析として100%誤っているとは今も思っていませんが、堀選手の視点で正しく情報を処理できていません。
堀選手が何を考えていたのか、そして合理的選択肢としては堀さんは開く以外にない(多分)ということを堀さんと白鳥さんがわかりやすく説明してくれています。こちらの動画、2:33:00~(特に重要なところは2:39:00~)で説明されていますので、お時間のある方は是非ご覧になってください。https://www.youtube.com/watch?v=jSSHYK_etmI
私なりに要約して説明すると、①多井さんについて、長考しての萬子連打は近藤さんの聴牌アシストの可能性があり、かつ聴牌打牌を何回も選べる手姿は少ないのでノーテンの可能性はかなり高い
②近藤さん視点では、自分も堀さんもノーテンだと終了なので、自分のノーテンが確定したら堀さんは聴牌していてほしい。堀さんが聴牌しているかはわからないので、自分がノーテンの場合はアシストに行くしかない。(もし放銃したとしても次局があり、また堀さん視点では聴牌から危険牌を切ったかノーテンからアシストしに来たかの判別はできないので、アシスト牌を切られた場合もそのことを理由にノーテンと呼んで伏せるという判断はできないため)
しかし、近藤さんは最終手番で堀さんのアシストになりうる牌ではなく8sを選択している。
③上記①②を合わせて考えると、多井さんの聴牌率はさほどではなく、近藤さんの聴牌率は極めて高い(近藤さんと堀さんの思考が一致している場合は100%聴牌)。したがって流局時は開けるべき。
要約を書いておいて言うのも変ですが、これだけだとわかりにくいので、ぜひ動画をご覧ください。サポート役の白鳥さんの説明も非常にわかりやすく、素晴らしい動画です。

また、この対局とは完全に無関係な蛇足ですが、私がこの文を記載した時に願っていた、「いつか、一度くらいは他者のテンパイノーテンに命運を委ねて優勝するプレイヤーを見てみたい、と一人のファンとして思っている。」という願いは、優勝ではないものの、シーズン中のトップ条件という意味では本田選手により達成されました。めったにない状況のため、本田選手以外の人でも同じ行動をするのかどうかはわからない(本局とは異なり本田選手のケースではトップを争う二階堂亜紀選手のノーテンがかなり確定的だったこともあり、局後の反応を見ると同じ判断をするプロが多かったようです)ですが、素晴らしい判断だったと思います。私はそれ以来、本田選手を応援しています。

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