生保の債券需要に関する諸論点

<ディスクレーマー>
以下の見解は私個人の見解であり、所属する組織とは無関係です。
主に運用に関わったことがない若手アクチュアリーや、生保の運用を知らない方へのご参考になればと書いているので、両方とも多少は知ってるよという人には当たり前の論点が大半だと思います。
一部、出典を確認できていない主張も混ざっています。
公開後も適宜修文していくほか、個人的には重要な気がしつつ現時点では若干書きにくいポイントが複数あり、そのうち加筆するかもしれません。

<事前知識>
以下、現行資本規制の仕様案:https://www.fsa.go.jp/policy/economic_value-based_solvency/06_1.pdf

業種別監査委員会報告21号:https://jicpa.or.jp/specialized_field/files/00397-001034.pdf

などの内容は省略します。
責任準備金対応債券についてよく知らないという方は、以下の記事の冒頭部分が非常にわかりやすくまとまっているので、ぜひお読みください。(私の記事の前提知識としては冒頭部分だけで十分ですが、全部読むことをお勧めします)
https://note.com/actfuji/n/n0a4a91a867e6?sub_rt=share_h


略語等の定義・説明
V対応債:責任準備金対応債券
満期:満期保有目的債券
その他:その他保有目的債券
エクスポージャ:債券や一時払商品の負債だったら時価、スワップだったら額面のこと。
デュレーション:資産や負債のエクスポージャ1単位当たりの金利感応度
デルタ:デュレーション×エクスポージャ
コンベク:デルタの金利感応度。負債は解約率の金利感応度が正であることや40年超のキャッシュフローを含むことから、デルタが同じ資産ポートフォリオよりもコンベクが大きくなりがちである。(例えば、20年~40年超のCFを持つ負債に対し30年の債券でデルタヘッジすると、コンベクは負債の方が大きい)
スワップ・スプレッド:「スワップ・レート-国債金利」(服部,2023)p273から引用。国債の方が高いときマイナス。
LOT:最終観測可能年限。資本規制において市場金利をそのまま使う一番長いところ。ここより長い年限の金利はUFRの影響を受ける。
<記事の意図>
(服部,2023)の6章で、保険の新規制と債券需要に関して、「各生保はデュレーションギャップ解消の努力をしてきているが、規制導入後は金利リスクコントロールの重要性がより高まる可能性があり、債券需要において重要なファクター」といった内容の記載があり、またその後にV対応債についてもいくつか資料が発表されている。
これらの内容について批評するのは専門家に任せて、今後生保セクターの円債需要がどうなるか、規制導入の影響と、金利上昇(政策金利のプラス化+超長期金利の上昇)の影響について考えられる要素を列挙してみたい。
というのも、規制導入の影響そのものは各社で対応が進んでいる一方、「新規制の環境下で金利が変動したらどうなるか」に対する対策は各社様々であり、現状では金利低下より金利上昇の方が起こりそうな気がするので、まずは金利上昇と規制導入についてそれぞれの影響や相互の影響を考えてみるのが有益ではないかと思った次第。
なお、V対応債の話はメインテーマにせず、明らかに保有目的ごとに需要が変わる場合のみ多少言及するにとどめる。

<現状認識>
・現状、固定利付円建て貯蓄性商品は低金利を背景に販売量が少ない。特別勘定商品が多いわけでもなく、貯蓄性では外貨建てが主力となっている。
・金利感応度のコントロールは、かなりデルタニュートラルに近づけている会社もあれば、金利リスクをとっている会社もある。どちらの会社も新規制導入を踏まえてそれなりに経済合理性(資本効率の最適化)の観点から金利ポジションを構えていることが多く、規制導入前後で極端に変化させることは考えにくい。とはいえ、どちらかと言えば、規制導入によりデルタニュートラルに近づけるインセンティブは高まるだろう。
・コンベクヘッジは、一部の会社を除いてあまり進んでいない。それなりにヘッジ策を活用している会社はあるが、完全にニュートラルにしている会社はおそらくなく、多くの会社にとってデルタよりもミスマッチ度合いが大きいと思われる(デルタとガンマのミスマッチ度合いを直接比較することはできないので、感覚的なものにすぎないが)。解約率の金利感応度に十分なデータがなく評価しにくいなかでオーバーヘッジを避けたいこと、また金利面での解約オプション価値は保険の価格に転嫁できないことから、保険会社にとってフルヘッジする選択肢は合理的でない。
・以下では、資産負債のデルタに多少なりとも差が残っていて、コンベクにはハッキリとした差がある会社を主に想定する。

<規制導入による新契約負債の変化>
まず、規制導入後によって債券需要の源泉である負債の新契約がどう変化するかが最初のポイント。欧州ソルベンシーⅡ導入後、キャピタルライトな商品への移行と負債デュレーションの低下がドイツで発生したように、日本でもキャピタルライトな商品への移行が促進され、一般勘定で運用する長期の貯蓄性商品は少なくなるかもしれない。一方で、日本の消費者の選好から、そうした商品を中心に据えるのは難しい(あるいは適切でない)との意見もある。
(この議論は、例えば有識者会議の第3回資料を参照https://www.fsa.go.jp/singi/keizaikachi/siryou/20191018.html
もし規制をきっかけに長期の固定利付貯蓄性商品の販売するインセンティブが失われれば、超長期の円債需要は減少していくだろう。

<金利上昇による負債の変化>
金利上昇による金利感応度の変化は資産と負債でことなる。負債の解約行動、超長期のCFを含む負債のコンベクが資産コンベクより通常大きいこと、そもそもエクスポージャの差から資産コンベクが負債コンベクより小さいこと、などにより負債デルタの方が資産デルタよりも大きく変動する。このため、金利上昇により負債デュレーションは資産デュレーションより大きく減少し、債券需要の減少要因となる。
なお、V対応債は40年以下(会社によっては30年以下)の負債キャッシュフローに対してマッチさせる形でポートフォリオを構成していることが多いため、上記のうちV対応債需要にに直接作用するのはV対応債小区分に設定している契約群の解約行動のみで、他の二要因については全体的な債券需要の変化にとどまる。
また、金利上昇は一般勘定の貯蓄性商品に以前より高い予定利率を付与することを可能にするため、前の論点とは逆に、一般勘定での貯蓄性商品の供給増加要因となる。この場合、債券需要は増加する。

<規制と金利上昇の相互作用①>
資本規制導入後の商品動向について、金利上昇も踏まえると、①FIAのように、クーポン部分でオプションを買い続けることで元本保証と運用リターンをある程度両立させる商品が金利上昇により作りやすくなること(同じ理屈で、100%のGMLBと運用リターンも両立しやすくなる)、②金利とインフレ率の上昇により日本人の元本保証・固定利付商品への選好が弱まり、特別勘定系の商品を忌避する傾向が緩和される可能性も考えると、中長期的には欧州(特にドイツ)と同じことが起こる可能性は、低金利環境よりは高くなるだろう。

<規制と金利上昇の相互作用②>
先ほど、負債は40年超のキャッシュフローが存在するのでコンベクシティは資産より大きい、と書いたが、資本規制における評価としては正確さを欠く。
現在導入予定の資本規制ではUFRが設定されており、LOT(円は30年)より長い年限での金利変動は30年の金利変動よりも小さくなることがある。(終局金利が固定されているため。)したがってLOTより長い負債CFの金利感応度やコンベクは、それぞれCFの長さやその2乗に比例して高まるわけではなく、それよりも小さいものになっている点には留意する必要があり、金利上昇時に負債デルタの変化>資産デルタの変化、という状況が必ず起こるとは言えない。

この点は一部の有識者からUFRが厳しく批判される1要因でもあるようだが、個人的には金利上昇局面ではそれほど運用判断に影響すると思えない。金利上昇下でのコンベクのミスマッチのうち長期性に起因する部分は小さく、エクスポージャの相違や解約率の影響が大きいだろう。

<金利上昇下の債券需要>
金利上昇時には負債デルタが資産デルタよりも大きく低下するとはいえ、多くの会社では依然として負債デルタ>資産デルタの状況が続く。そこで、意図的な、あるいは意図しないデュレーションミスマッチが残っているポートフォリオを抱えて上昇局面を待ち構えていた生保により、短期的には買入が増えることが考えられる。
なお、この需要による買入は、柔軟で機動的な買入を行なうことが重視されるので、これまでの債券積み上げと比べると、自由度の高いその他で買う可能性が高いだろう。(小区分設定に適した負債が余っていたり既存小区分の上限まで余裕があるなど、会計上の制約が深刻でない場合はV対応で持つかもしれない。)

<金利上昇時に債券を買うか、スワップを組むか?>
金利上昇による債券買い入れ需要は、スワップ市場でのレシーバー需要にもつながるだろうか?
短期的にはおそらく債券に向かうはずである。これまで、短期金利がマイナスで投資財源を消化したいニーズが強かったこと(いわゆるキャッシュ潰し)や、マイナスのスワップ・スプレッド(2010年代後半の円長期ではスワップ寄りも国債有利の局面が継続していた。詳細は(服部,2023)の11章などを参照ください)などの背景から、基本的には債券が優先されていた。今後もスワップ・スプレッドがマイナスである限りその傾向は変わらないだろう。

(服部,2023)の11章では規制強化の関係から国債保有が不利になりTLスプレッドに影響している可能性があるとの説明があり、謎のスプレッドだと思っていた私には非常にためになる解説であった。(参考文献はまだちゃんと読めていないのでこれから読みます。)

一方で、保険業界における新しい資本規制は、逆の影響(レシーバースワップと比較して、国債買入需要の相対的な増加)が発生する可能性もあるので取り上げておきたい。

<資本規制下のスワップと債券需要>
新規制におけるスワップと債券の最大の違いは、ICS・国内経済価値ベース資本規制のいずれも、円建て負債の割率はスワップではなく国債をベースに決定される点にある。これにより、厳密にはスワップではサープラスの金利感応度をニュートラルにできない。例えば、金利変動において国債金利が10bp動くと同時にスワップ金利が10.1bp動くと、負債価値は国債金利によって動くため、0.1bp×(スワップのデルタ)分の時価変動が資産時価と負債時価で乖離してしまう。
カウンターパーティーリスク、集中リスクなどの面からも国債の方が僅かに有利である。さらに流動性に関しても、現金を留保できるスワップが有利とも言えない。スワップを組んだあと、証拠金等のために持つ資金以外を現金で滞留させるわけにもいかず他に投資するため、むしろ現物債券が手元にあるほうが良いケースもある。

従って、当面の間、スワップ・スプレッドと資本規制の仕様から、相対的にスワップよりも債券の需要増が中心となる可能性がある。ただし、現時点で規制の仕様を意識して債券に資産を振り向けている生保はそれほど多くなく、スワップ・スプレッドの変動リスクなど生保全体の運用リスクを考えれば大したものではない、という見方も強い。どこまで影響するかは未知数であり、当面の間債券/スワップのどちらに取り組むかを決める主な要因は、スワップ・スプレッドの水準そのものや、スワップと国債の会計的な相違であるように思われる。

なお、規制により国債が選好されるのは、規制が経済価値かどうかではなく負債割引率の参照金利が問題なので、すべての法域で国債選好が起こるわけではない。例えば、ソルベンシーⅡは負債割引率の参照金利がスワップレートのためこうしたことは起こらない。(そもそも法域内に様々なソブリンリスクがある場所なので比較の対象として不適切かもしれないが)

<生保の需要は債券市場をゆがめるか?>
有識者会議が開かれて日本の経済価値ベースの資本規制導入の道筋が見え始めたころ、規制が導入されると生保の投資財源がリスク性資産から超長期国債へ傾斜し、40年はおろか30年債も需給がひっ迫、スワップ市場の固定受け需要も高まり、債券金利とスワップ金利は急速に低下方向へ向かう、という説があった(出典不詳)。
確かに、生保業界の総資産が約400兆であり、単純計算でこれの1/20程度が毎年新規投資に回るとすると、業界全体の投資財源は20兆、このすべてが長期債に向かうと20年~40年の発行額を買いつくしてしまう。
生保業界の総資産:

https://www.seiho.or.jp/data/statistics/trend/pdf/all_2023.pdf

国債発行状況:実績ではないが、規模感としては20年~40年で20兆程度https://www.mof.go.jp/jgbs/issuance_plan/fy2022/highlight211224.pdf

とはいえ、いくら円債中心の運用になるとしてもこれは極端な設定であるし、発行以外の供給も考えていない。さらに、生保の需要が高まれば多少は超長期の国債発行額を調整するであろうから、現実的に国債の需給が生保の買いでひっ迫し、さらにはスワップの需給まで波及する、ということは現実には起こらないように思う。実際、2010年代後半から2020年代を通じて規制導入等に備えた長期債の買入は各社で行なわれた認識だが、これによって極端に需給が歪んだという話は私は聞いたことがない。

似たような主張で、負債デルタの金利感応度と資産デルタの金利感応度の相違から、経済価値規制における金利低下局面では生保がリスクヘッジのため債券を買って金利低下が低下のスパイラルが発生する、とも言われた。こちらも主張のおおもとはわからないが、一応言及している文献はあった。(https://www.bis.org/publ/work519.pdf
この主張に従えば、逆のプロシクリカリティが金利上昇局面で起こることもありうるのだろう。しかし、上昇・低下いずれについても実際に発生した例を把握していない(米国のディスインターミディエーションでも、市場に循環的影響をもたらしたとは聞かない)ので、こちらもどの程度現実味があるかはよくわからない。

余談だが、日本においては、金利上昇と金利低下ではこのプロシクリカリティのメインドライバは異なる可能性が高い。
金利上昇下で負債の金利デルタが低下し、資産の金利デルタの変化幅がそれよりも小さかったとしても、依然として負債の金利デルタ>資産の金利デルタというケースが多いため、金利リスクコントロールのため資産を売る必要性は乏しく、負債の超長期性などによるコンベクミスマッチの影響は小さい。しかし、解約によりキャッシュが必要になればある程度は売却せざるを得ないので、金利上昇下では解約行動がプロシクリカリティを引き起こす。
一方、金利低下局面でデルタの変動幅が異なることは深刻である。金利デルタの資産負債差が拡大した場合には、資本規制における健全性要件から、あるいは各社のリスクアペタイトとして金利リスクを一定以下に保つために、債券買い入れなどで解消する必要が生じる。解約に関しては、金利裁定に起因しない解約が一定数存在するため、通常の環境や金利低下局面では解約率はそのフロアに近く、金利低下による解約率低下は限定的である。

上昇と低下の非対称性

閑話休題。

<まとめ>
今後の生保による債券需要は、どうなるかはわからない。規制の仕様だけでなく、債券市場の変動、規制がプロシクリカリティを起こすのかといった論点もまだまだ各社の内部で研究途上であろう。解約率や商品の嗜好の推移など、契約者行動に依存する部分も多く、現時点では見通せない。

個人的には、ごく短期の視点では金利上昇を買い場と見た漢字生保の買い圧力が強まって行き、その後に貯蓄性商品の新契約を獲得する生保により一定程度需要が増加するものの、解約オプション価値や解約リスク、標準Vの遅効性による会計上の制約などを考えるとそれほど強力な動きにはならず、次第にキャピタルライトな商品への移行が進むため、長期的にはそんなに増えない、というシナリオが最有力と考える。

また、国債とスワップの需要については、現状よりは相対的に国債需要が強くなり、20年や30年のスワップ・スプレッドは縮小するが、その影響は大きくないものと予想する。

参考文献
服部孝洋.(2023)「日本国債入門」. 金融財政事情研究会.

2024/1/16初稿
2024/1/17
・コンベクの状況説明がだいぶ不正確だったため表現を修正(修正理由の詳細はそのうち別のnoteに書きます)
・国債とスワップのスプレッドについて表現や引用を修正。スワップの取引慣行は詳しくないものの、2010年代後半の債券需要(対レシーバースワップ)はOISではなくLiborとの差異を意識していたという理解なので、あえてTLスプレッドのままでもいいかなと思ったのですが、Liborが廃止されている現在の記載としてはさすがに微妙かと思い、すべてスワップ・スプレッドという表現にしました。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?