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仕事の悩みは、いつの間にか消えていた。

「辞めたい」と上司に申し出たのは昨年6月の終わりだった。

その頃、私はベテラン女性の対応のあまりのきつさにすっかり萎縮してしまっていて何をするにも自分の判断に自信が持てず、おどおどと質問に行ってはそっけなく冷たい返答にいちいち傷ついていた。
そのときも、いつものお客様とのいつもの電話応対だったにも関わらず、私は自分の対応が正しかったのか不安になり、ベテラン女性に判断を求めに行ってしまった。
するとベテラン女性は声を一段大きくして、
「それ、いまさらする質問?そんな状態じゃあ、もう単純作業しか任せられないよ!」
と言い放った。
そのとき、私の中で「ぷつっ」と何かが切れた。

もうできない。
もう、諦めよう。

その数日後、上司に辞意を伝えた。

以前からベテラン女性とのやりとりを心配してくれていた上司はすぐに動いてくれた。
その頃、上司は他部署でも人繰りに苦労しており、最初は辞意を受け入れてくれなかった。
でも私の意志は固かったので再度気持ちを伝えたところ、
「今辞められるととても困る。頼むからあともう少しだけ頑張って」
と言って、私の仕事量を減らすようベテラン女性に指示を出してくれた。

私が辞めたいと申し出たことを知ったベテラン女性の態度がどんなふうに変わるのかという不安もあったが、それよりなにより、仕事量が減ったことによって心身共に楽になったことが本当に嬉しかった。
これまで重い荷物を背中に背負って下を向いて歩いていたのが、急に荷物が消えて体が軽くなり、視界がひらけたような感じだった。

それからというもの、不思議なことに、それまで出来なかったことや分からなかったことが次々に解決するようになった。
問題が起きたとき、「ベテラン女性に相談しよう」と思うそばから答えがふいに分かるという現象(?)が何度も起こった。
直前まで忘れていたことを、それが必要な場面で急に思い出したり、お客様対応の際に一瞬迷っても「こうすればいい」という考えがすーっと出てくるようになったり・・・
「自分の判断は正しいのだろうか」とびくびくする気持ちはいつの間にか消えていて、自分が思う通りに行動するようになっていた。

ふと気づくと、ベテラン女性の私に対する口調が穏やかで優しいものに変わっていた。
驚いたのは、他の社員さんの前で私のことを、
「みまりいさんね、最近すごいんだよ!」
と褒めてくれたこと。
ぽかんとする私に、マスクをしたベテラン女性は
「ねっ」と目くばせした。
2カ月前、半泣きで「辞めたい」と訴えたあの頃には到底想像できなかったことだった。

最近、仕事に行くのが辛くなくなっていることに気づいた。
ほとんど変化のないルーティンを淡々とこなす日々。
毎日、毎日、1年半以上同じことを繰り返してきて、ようやく体が仕事を覚えてくれたのだと思う。
バラバラだった知識の点やわずかな線が突然一気に繋がって立体になった、そんな感じがしている。
私が任されている仕事は、実際のところどれも決して難しくないものばかりだ。
もっと能力のある人なら2、3か月もあればマスターできる程度の内容だと、私は思っている。
でも、私にはここまでの時間が必要だったんだ。そう、腑に落ちた。

事務仕事は自分には向いていない、そう思った時期もあったし、それはその通りだと思う。
でも、逆に言えば、これだけの時間をかけて繰り返し練習すればできるようになることもあるのだと思えた。

来週から「役割のシャッフル」が始まる。
私の仕事の一部を新人の女の子に渡す代わりに、ベテラン女性の持っている仕事の一部をもらうことになった。
新人の女の子も日に日に成長していて、お互いに励まし合い、フォローし合い、褒め合いながら(笑)頑張っている。
職場の人達とくだらないことで笑い合える、そんなひとときも生まれるようになった。


「辞めたい」と上司に伝えてからしばらくは、本気で次の仕事を探していた。
50を超えている自分は、会社の都合で引き留められたままでいられるような余裕はないのだ。
そう思ってひたすら求人を見ていたのだが、出来そうな仕事は見つけられなかった。
副業の家事代行も忙しく、13連勤や17連勤になるときもあった。
ただ目の前のことをやる。
しっかり食べてしっかり眠る。
言ってみれば、それしかできなかった。
そうしているうちに、いつの間にかここにいた。

「耐えて粘り強く頑張れば何とかなる」
そんなことを言いたいのではない。
自分が誇れる努力をしたとも思っていない。
今のこの状況を、自分の手でつかみ取ったなんてとても言えない。
「辞めたい」と伝えた後はただ、毎日を繰り返していた。
それだけだった。



ここまでの出来事を、ようやくnoteにまとめることができる心境になれました。(執筆に3日かかりました💦)
なんだかホッとしました。

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