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床屋女子が熱い!

眉子が、美容院で雑誌を読んでいたら、こんな文字が目に飛び込んできた。
「今、床屋女子が熱い!」

記事によると、
「今、床屋に行く女性が増えている。ひと昔前であれば、女性が床屋に行くと言えばシェービングのためだったが、若い女性を中心に床屋で髪を切ることがブームになっている」
という。この記事には、何人もの女性の写真が添えられていたが、どの女性も短く刈り上げた個性的なヘアスタイルで、ほとんどが10代~20代の若い女性。想像する町の床屋とは違う、おしゃれな雰囲気を醸し出していた。

眉子は、カラー剤を塗られたばかりの自分のロングヘアを見ながら、「私は、床屋なんて無理だなぁ。それに、あんな刈り上げなんて絶対、無理!」と、決して冒険しない自分のヘアスタイルに、どこか安心していた。

きっと、多くの女性が「変わりたい気持ち」を持っているのと同時に、「変わらない自分」への安心感を持っているのだろう。

眉子は、毛先を揃える程度にカットしてもらい、いつもと同じ色に染めてもらった髪に、少し物足りなさを感じつつも、満足して家路についた。

家に帰ると、娘の莉愛が先に帰っていた。
今日は、バイトで遅くなると言っていたのに、こんなに早く帰ってくるとはどうしたものか・・・。
しかし、玄関に靴はあるものの姿が見えない。
眉子が、莉愛の部屋に入るとベッドで布団にくるまっている莉愛がいた。

眉子が布団をはがそうとすると、「いや!やめて!ママ、見ないで!」と莉愛の大きな声が聞こえた。
しかし、はずみでスルッと布団が取れると、今度は眉子の方が大きな声を上げた。

「その頭、どうしたの!」

布団から現れた莉愛の頭は、前髪こそ眉程度の長さを保っているが、それを除けばわずか数ミリの丸刈りだった。

眉子は、頭が真っ白になったがそれを通り越すと娘のあまりの変わり様にパニックになり「そんな頭で学校はどうするの?」「女の子が坊主なんて、恥ずかしくて外歩けないじゃない!」「なんで、そんな頭にしたのよ!」と立て続けに捲くし立てた。

莉愛は、泣きじゃくりながらも必死に答えた。
「リポートの仕事で、床屋さんに連れて行かれて、こんな頭にされちゃって…」

大学生になって、学生レポーターとして時々、仕事をもらえることがある莉愛。仕事と言っても持ち出しの方が多く、内容を選べるほどの身分ではないため、今回のような結果は十分にあり得ることだった。

落ち着いて話を聞いてみると、こうだった。
巷では、若い女の子を中心に、お洒落な子ほど床屋に行くのが流行っているという。美容院よりも刈り上げが上手いというところからブームに火がついたらしいが、人気がある店は限られており、また、そこに行くのは、もともと短めのヘアスタイルを好む女の子ばかりだという。
そこに目を付けたのが、莉愛がレポーターをしている番組のプロデューサーで、莉愛のようなロングヘアの子も、今ではこぞって床屋に行くという波を仕掛けるために、莉愛を使って撮影を行ったというのが、事の顛末だった。

莉愛も「床屋女子」という言葉は知っていたし、一部の女の子の間ではブームになっていることも知っていたが、まさか、腰までのロングヘアの自分に白羽の矢が立つとは思いもせず、今日も、床屋の中まで連れて行かれて初めて、自分の髪が切られることを知ったという。

眉子は、莉愛の話を聞いて、モヤモヤした思いがぬぐえなかったが、成人したこどものことに親が出て行くのも違うような気がして、なんともすっきりしない思いでいた。

それでも、泣きじゃくる莉愛を見ていると可哀そうで、ぎゅっと抱きしめて頭を撫でた。

気持ちいい・・・・・

眉子は、もう一度、ゆっくりと莉愛の頭を撫でた。

ザリザリして気持ちいい・・・・

眉子は、坊主頭の手触りの良さに目覚めてしまった。
片時も手放せないほどの気持ちよさに、一瞬、「自分の頭を坊主にすれば…」と思った眉子だが、やっぱり自分が坊主になるなどあり得ない。自分の髪は、長い方がいいのだ。
そうなれば、莉愛に坊主を維持させるしかない。

眉子は、あの手この手を使って、莉愛に坊主頭を維持させようとしたが、年頃の娘を床屋で坊主にさせ続けるのは至難の業である。
そして、最終手段として眉子が考え出したのが、罰として坊主にさせることだった。

大学生ともなれば、いろいろと生活面でも緩みがち。そこを使って、莉愛に罰を与えた。授業をさぼった罰、成績が下がった罰、門限を守らなかった罰・・・。
そのたびに、床屋に連れて行かれ五厘の坊主にされるのだから、髪が伸びる間などもちろん無い。正真正銘「床屋女子」になった莉愛だったが、口では「髪を伸ばしたい」と言うが、罰を受けないために生活を改める気もなく、床屋でバリカンを当てられている姿をSNSに上げては、「いいね!」がつくことに喜んでいる。「ダメッ子坊主ちゃん」というハンドルネームで、ある層には人気があり、ある意味、学生レポーターのころより有名人ではある。

ちなみに、あの日、莉愛が大切に伸ばしてきたロングヘアをバリカンでバッサリ刈られた映像は、ボツになった。
ロングヘア女子も床屋で刈り上げるくらいのブームを仕掛けるはずが、バリカンで長い髪が刈り落されるたびに大泣きし、お情けで前髪だけ残してもらった映像などゴミにしかならなかった。

しかし、こんな女子がたくさんいたのは、また別のお話。


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