見出し画像

地元の生活②

衆子と美千代が地元に引っ越して3か月が経った。

あの日、東京から来た衆子と美千代を迎えた地元の秘書と運転手、お手伝いさんは、二人の変わりように誰だか気づかないほどだった。

小さなリュックと手提げバックに入る荷物しか持ってこられなかった美千代は、学校に行くために必要なランドセルや洋服を町の店で揃えてもらった。しかし、所詮、落選議員の家族、町の人々の対応は冷ややかなものだった。

東京にいたころは、運転手付きの車で、誰もが知る名門女子校に通っていた美千代だが、ここでは、学校まで1時間もかけて歩いていかなくてはならない。
服装も、伝統あるセーラー服から、町のスーパーで売っている子供服へと変えられた。

3か月前、東京から引っ越してくる前に切った美千代の髪は、前髪が眉にかかるまでに伸び、後ろ髪も襟にかかるようになった。

衆子は、美千代を地元の床屋に連れて行くことにした。

この辺りでは、おしゃれな子は美容院に行っている子もいるが、まだまだ女の子といえど床屋派も多く、それよりも多いのが家庭散髪派だった。
しかし、衆子は、美千代の髪を前と同じく短くショートヘアにさせようと思っており、自分で切る自信はなく、かといって周りの目を考えると小学一年生の美千代を美容院に連れて行くのも気が引け、床屋に連れて行くことにした。
 
衆子は、美千代には何も告げず、学校から帰るとそのまま床屋に連れて行った。
店の前まで来て、美千代は、「髪を切りたくない」と泣き出したが、衆子は泣くのを止めるよう叱り、美千代の手を引いて店の中へと入った。

無骨なカット椅子では、中学校の制服を着た女の子が、おかっぱ頭にされている途中。
その隣では、美千代よりも小さな女の子が、頭の半分あたりまで短く刈り上げたアニメに出てくるような刈り上げおかっぱにされている途中だ。
こども=おかっぱ的な伝統が、この町にはまだまだ根強いようだ。

衆子は、美千代をショートカットにさせるのをやめ、小さな女の子がしているような短めのおかっぱ頭にしてほしいと注文した。

美千代にケープをかけながら、床屋は「前髪は?」と衆子に聞いてきた。
「短めにお願いします」と答えたが、返事はなかった。
衆子は、待合の長椅子に座ると、携帯を触る振りをしながら美千代の様子を見ていた。
「自分が、こんな床屋で髪を切られたら・・・」そう考えただけで落ち着かず、美千代の気持ちを考えると衆子の方が泣きそうだったが、気丈にふるまうしかなかった。
ちなみに、衆子も、あの日と同じ短く刈り上げたショートカットにしているが、仕事の関係で東京に出た時に東京の美容院で整えてもらっている。
美千代には申し訳ないと思いつつ、こんなに短く刈り上げるだけでも死ぬほど嫌なのに、こんな田舎町で切るなどとても耐えられなかった。

そうこうしているうちに美千代のカットが始まったが、いきなりバリカンのスイッチを入れ、おでこの真ん中で横に真っすぐに動かしていった。
ヴィーンと唸るバリカンは、美千代の前髪に触れると、無情にも切り落とした。
もう、それだけで、ありえないほどダサい髪型になってしまった。
しかし、それだけでは済まない。
前髪をおでこの真ん中で真っすぐにそろえると、バリカンをそのまま耳上に当て、前髪と同じ長さで揃え始めた。
衆子は、慌てて椅子から立ちあがったが、全ての感情を押し殺して、椅子に座りなおした。
自分は、何のためにこんなことをしているのかわからなくなったが、それでもやめることもできず、娘が、浅いお椀をかぶったようなおかっぱ頭にされ、耳上から後頭部まで、頭の半分以上を剃ったかのように刈り上げられているのを見ていることしかできなかった。

「もうすぐ正月だから、きちんとした髪型にしないと」と言って、床屋は、頼みもしていないのに、バリカンで刈り上げた部分にシェービングクリームを塗りたくり、剃刀でゾリゾリと剃りだした。
衆子が止める間もなく、美千代は下を向かされて、後頭部を剃られている。
剃られた跡にローションを叩き込まれると、痛かったのか、美千代は涙でぐちゃぐちゃの顔をさらにしかめた。

支払いを済ませ、店を出ると、衆子は美千代の手を引いて細い路地に入った。
ここなら、誰に見られることもない。
美千代が驚くほど号泣している衆子。美千代のことを黙ってぎゅっと抱きしめた。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?