見出し画像

おばあちゃん と おとうさん

3時間くらい前
熊本に住む、父方の祖母が亡くなった。
90歳をすこしすぎたところだった。


大学生の時、お父さんが何事もなかったかのように
「親父の介護をするために、仕事を辞めて熊本に行ってくる」と
出張にでも行くみたいな感じでふらっと家を出て行った。
わたしはまだ学生で、お姉ちゃんは実家の近くで子育てをしていた
お父さんは、お母さんにもほとんど何も相談せず
ひとりで決めて、ひとりで熊本に帰って行った。

今考えたら、それはお父さんの優しさだったんだと思う。

父方の祖父は教員をしていて、とても厳しくて、怖い人だった。
祖父が体を壊し、認知症になって、ひとりでは介護しきれないから
お父さんに帰って来てほしい、と祖母が言ってきたのだと聞いた。

大学の夏休み、お父さんに会うために熊本に行ったら
祖父が夜中に起きだしてホースで家中に水をまこうとしたことがあった。
「空襲だ!空襲で家が焼ける!」と叫んでいた。
それを止める祖母とお父さんの声を聞きながら
わたしは寝たふりをすることしかできなかった。
お父さんが暮らしているところは、こういうところなんだ、と思った。

それから何年かたって、祖父が亡くなった。
お父さんが、やっと自由になれるんだ、と思ったら
今度は祖母が介護が必要になってしまった。
施設はいっぱいで順番待ちで、お父さんは自宅で祖母の介護を続けた。

今日まで、10年以上、
お父さんはたったひとりで両親の介護をしていた。

この話をした時に、お母さんも熊本に行けばいいのに、って言われたこともあった。だけど熊本が地元でもない、友人もいない場所に、お母さんが行くことはわたしもお姉ちゃんも反対だった。
お母さんがこっちに残ってくれていることで助かることが、私にも、お姉ちゃんにもたくさんあった。
お父さんは1度も、お母さんに熊本に来てほしいと言ったことはなかった。

遠い熊本で、たったひとりで親の介護をする父親と
私とお姉ちゃんが育った実家で暮らしてくれている母親と
わたしはふたりが本当に暮らしたい場所で、暮らしたいように暮らしてくれればいいと思っていたし、それをずっと願っていた。

つい最近、絵本を出版したので
絵本を送るついでに、お父さんに手紙を書いた。
出版社で働いていたお父さんはすごく喜んでくれた。
わたしは、その手紙に、「もうすこし東京で生活したい」と書いた。

東京で好きなことをして生きることは、熊本でひとりぼっちでいるお父さんに申し訳ないことをしてるんじゃないかっていう気持ちがこの10年間ずっと消えなかった。わたしは本当は熊本に行った方がいいんじゃないのかって、考えすぎだ、って言われても、東京で友達ができて、仕事ができて、やりたいことが見つかるたびに、わたしはお父さんに申し訳ない気持ちでいっぱいになっていった。

わたしは最低な孫だから
お父さんから、おばあちゃんが亡くなった、という電話をもらった時
おばあちゃんが死んでしまった悲しみよりも
これでお父さんが自由になれるんだ、と思って
ほっとしてしまった。

涙は出てくるけれど、でもそれは、
おばあちゃんが死んで悲しい、という涙ではなかった。
お父さんのことを考えたら、なんだか涙が止まらなくなった。

わたしの知ってるお父さんはずっと
お姉ちゃんとわたしを育てるために生きてくれて
それが落ち着いたあとは
ずっと自分の親のために生きていた
だから明日からは、お父さんには、
自分のために生きてほしい。

気持ちを整理するために、文章を書こう、と思ったけれど
あんまり意味もなかった気がする。

朝になったらもう一度、お父さんに電話をする。
「お疲れ様でした」をちゃんと言いたい。
介護を続けたお父さんにも、
さいごまで、
お酒を飲みすぎる息子のことを心配していたおばあちゃんにも。

この記事が気に入ったら、サポートをしてみませんか?気軽にクリエイターを支援できます。

note.user.nickname || note.user.urlname

ものがたりや絵を描いています。 もし気に入ったものがありましたら サポートしていただけたらうれしいです🐱

24

フクモト エミ

かわいくないネコを描いたり、ものがたりを作っています。

雑記

とくになんでもない文章
2つ のマガジンに含まれています
コメントを投稿するには、 ログイン または 会員登録 をする必要があります。