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生クリームたっぷりのイチゴケーキの巻

「明日はニコちゃんの命日なの」

わたしは、キッチンで生クリームを泡立ててる彼に言った。

わたしの彼、雲坂雅哉は、イケメンビジュアル系バンドメンバー風な木彫りアーティスト。

今日は、ロックな服装の上に、ヒラヒラの可愛いエプロンをして、生クリームたっぷりなイチゴのケーキを作ってるの。

「ニコちゃん?」「そう。わたしのところにいた、死んじゃった犬」

「そう...」彼は、少し元気のない声で言うと、生クリームのボウルを持ったまま、わたしのところに来てくれて、わたしの前髪を搔き上げると、優しくキスしてくれた。

おでこがちょっとヒヤッとした。わたしは、彼の持つボウルの中の生クリームを、指ですくって舐めた。

「甘くて美味しい!」


テーブルのスポンジに、生クリームをデコレートしていく彼。

「わたしは、いつも、後悔ばかり。死んじゃってからじゃ遅いのに...」

彼が、生クリームをヘラでならして、三分の一に切ったイチゴを並べていくのを見ながら、わたしは、ニコちゃんのことを思い出していた。

「前足を痛がってね。獣医さんに見せたら、もう年だから、飛び上がった時に痛めたんだろうって。痛み止めもらって飲んだら、すっかり元気になってさ。わたしの布団で一緒に寝たの。朝は、寝ているわたしの上にのっかってきて。子犬の頃のニコちゃんのままで。元気で」

彼は、重ねたスポンジに、生クリームをデコレートしながら、何度も頷いていた。

「でも、また元気なくなっちゃって。食欲もなくなっちゃって。また獣医さんに見てもらおうって、車に乗せて。ニコちゃん、ドライブ好きだったから、ドライブしてから病院行こうって。でも、もう、ニコちゃんの身体は、そんなこと出来る状態じゃなかったんだね。わたし、それ、分かってなくて...。信号待ちしてて、バックミラー見てたら、ニコちゃんが目を見開いてて。前足を前に伸ばして。振り向いたら、わたしと目があっているような感じで。そしてすぐに、バタッと倒れて、そのまま動かなくなっちゃった」

彼の手が止まった。

「家に帰って、しばらく玄関で、ニコちゃんを抱っこしてた。まだ温かくて、そのうち、ウンチが出てきて、おしっこも。まだ生きてるんじゃないかって。目も口も開いたまま。でも、ベロがだらんと出てきて。最後、苦しかったんだ。ニコちゃん」

わたしの鼻の奥がツンとした。もうニコちゃんが死んでから何年も経ってるのに。

「でもね、不思議なことがあったんだよ」「ん?」彼が優しい目でわたしを見ていた。

「玄関でニコちゃん抱っこしてたら、冷えちゃって、トイレに行ったんだ。トイレ済まして出ようとしたら、どこからか、犬の遠吠えが聴こえてきて。近所の犬かな?と思ったんだけど、その鳴き声が、なんだか、わたしの体の中から聴こえているような気がしてた。とても低い声。哀しそうな声。ニコちゃんが、最後、サヨナラを言っていたのかな?」

彼は深く頷いて、「そうだね」と言って、わたしの頭を撫でてくれた。

「もっと早くに気付いてあげれば良かったのに。ニコちゃん、わたしのことが大好きで、わたしが仕事から帰ってくると、ピョンピョン跳ねまわって。もっといっぱい遊んであげれば良かった。ニコちゃんが死んじゃう前、わたし、好きな男いて、そいつに夢中になって、ニコちゃんの変化に気付かなくて。あんな男。わたしのこと、ぜんぜん大事にしてくれないで、やり逃げで、やったら、上司に見つかるのが怖くて逃げた。上司もわたしのこと好きだったみたいで。なんで、あんな男のために、ニコちゃんのことを犠牲にしてしまったんだろう。明らかに、あんな最低男より、ニコちゃんの方が大事なのに!」わたしは、顔を両手で覆った。

「え?え? 初耳なんだけど!!」彼が慌てた。

「あ、気にしないで!わたしの男性遍歴は大したことないから!」「いや、大したことあるでしょっ! いまのは!!」彼はむきになって言った。

「変態よ! わたしとのやりとり、スマホで録音して、職場のわたしの女友達に聴かせたり。それで、わたしがからかわれたり。リベンジなんとかってやつ。それに気づいて、問い詰めようとしたけど、うまく逃げたわ、あいつ。まあ、あんなバカ男とは、もう一生関わりたくないからいいの」

「そう、そんなことがあったんだね...」彼は、わたしの隣でため息ついてた。

わたしのこと、最低な女と思ったかな? そんなどうしょもない男に引っかかって、バカな女と思ったかな?

だけど、彼は、また、ケーキのデコレーションに戻りながら、「だけど、ニコちゃんて、本当に可愛い子だったんだね! なんで、ニコちゃんてつけたの?」とニコニコしながら聞いてきた。

彼は、メイクはドギツイけど、笑うと、とても優しい顔になる。

「ニコちゃんはね、捨て犬だったの。近所の人が犬の散歩してたら付いて来ちゃったって、うちに連れてきて。人懐こくて、なんだか顔が笑ってるみたいで。わたしが好きな小沢真理さんの漫画で、『ニコニコ日記』っていうのがあるんだけど、その中に出てくる、事情あって、お母さんに育ててもらえなかった女の子の名前がニコちゃんて言ってね。だけど、ニコちゃんは、お母さん代わりのケイちゃんと暮らすようになって、幸せになったんだ!」

「それじゃ、玲奈ちゃんがケイちゃんだね!」彼は、こっちを見て、ニッコリ微笑んだ。

「ううん、違う。わたしは、ぜんぜんケイちゃんじゃない。ニコちゃんを可哀想な目に遭わせちゃったもん。ぜんぜん違う」わたしは、首を横に振った。

「わたしは、いつもそう。ばあちゃんの時もそう。せっかく、ばあちゃんが買い物誘ってくれたのに、いじけて、プイッてして。その1週間後に、ばあちゃん死んじゃった。新しく生まれた従姉妹のこと、ばあちゃんが可愛がってるのが気に入らなくて...。せっかく、ばあちゃんが歩み寄ってくれたのに...わたしは...」

ちょっと涙が出そうになった。

「いつもいつもそう。わたしは、いつも、大事な人が死んじゃってから後悔する。もっと素直になれば良かった。もっと素直になれば、たくさん一緒に楽しめたのに。せっかく相手が、わたしの気持ちに寄り添ってくれようとしてても、それを受け取ることが出来なくて。なんで、わたしは、こんな奴なんだろう...死んじゃってからじゃ、気持ちはもう届かない」

涙が出た。

「出来た!!」彼は大きめな声で言った。

生クリームたっぷりのイチゴケーキが出来上がった。

「届いてるよ。玲奈ちゃんの気持ち」彼は、ケーキをお皿に取り分けながら言った。一人二分の一個。「でかっ!!」

二人でケーキを食べた。「ニコちゃんに会いたいな」「会えるさ!」彼は、ニコニコして、自分のケーキのイチゴを、わたしの皿に置いた。

「ありがとう。雅哉さん」

わたしは、優しい雅哉さんが大好き。

どんなにダメなわたしにも、自分でも自分が嫌になるわたしにも、いつも寄り添ってくれる。

わたしは、雅哉さんと、一つになりたい。いつも叶わないけど...


つづく


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