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第21章 しあわせ園の空に

美優ちゃんが、しあわせ園から何も言わずに消えてしまってから、早いもんでもう一年が経った。


「梅田さん!ほんっと辞めたい!もう無理!」

「書きなさいよ!その思いを!あなた、それでも一応、作家の端くれなのよ!パンの耳くらいの役目は果たしなさいよ!せめて!」

マリーと南海出版の編集者、梅田麗子とのこのやりとりは、相変わらず続いており。


「十三さん、あなた宛にハガキよ。あなたの宛名しか書いてないけど。気味悪いわね、なんだか...」

主任が、マリーに絵葉書を渡してきた。確かに、しあわせ園の住所に、マリーの名前しか書かれていない。絵葉書の絵は、

「双子の星...」


帰って、ポポ子に見せた。

「知ってる! このおはなし。あかぁ〜いめだまのさそり〜、ひろげ〜た、わしのつばさ〜、あおいめだまのこいぬ〜  だよ!」

ポポ子は、細い身体をユラユラ揺らしながら歌っていた。

「それ! その歌! 美優ちゃんが歌ってた歌!!」

マリーは興奮して立ち上がり、絵葉書を改めて、ジッと見た。

「この葉書、林風舎って書いてある!」

マリーは、スマホで調べ始めた。

「なに?なに?」

ポポ子も興味津々で、マリーの肩からスマホを覗いた。

「あった! 東北本線、花巻駅近くにある宮沢賢治のお店!」


翌日から一週間、マリーは右手首の骨折で身動き取れず、仕事を休むこととなった。有給も足りないので、病欠扱いになったけど。

「ひっさびさの旅行よ!」

マリーは、園長に電話を入れると、ボストンバッグを背負って、家を飛び出した。

「ズル休みって、なんか楽しいね!」

ボストンバッグにキーホルダーのように掴まりながら、ポポ子は嬉しそうに言った。

新幹線と在来線を乗り継いで、花巻駅に辿り着いた時、あの歌が駅の外で鳴っていた。マリーは、駅を出ると、右に走っていった。可愛いからくり時計を過ぎたら、すぐに林風舎はあった。

カランカランと音を立てて店のドアを開けると、まるで、宮沢賢治の童話の世界に入り込んだようだった。店の中では、心地よいクラシックがかかっており、時間がゆっくりと流れているようだった。

「いらっしゃいませ」

レジにいた女の人が言った。レジの周りには宮沢賢治の童話が描かれた絵葉書が置いてあった。

「あ、これ!」

マリー宛に送られてきた絵と同じものがあった。

「それは、賢さんの童話です。双子の星といって、チュンセとポウセという双子の男の子が出てくるおはなしですよ」

レジの女の人は、ゆっくりとした話し方で説明をしてくれた。

「あの...これ...」

マリーは、レジの女の人に、マリー宛に来た双子の星の絵葉書を見せた。女の人は、その絵葉書に顔を近づけて、マリーが絵葉書をひっくり返すと、「あ!」と言い、「ああ!あなたが!」と、それまでは物静かに話していたのに、急に賑やかな声で言った。お店にいたお客さんが驚いて、こちらを見た。

「あ、すいません」

レジの女の人とマリーは、店内に顔を向けて謝った。そして、レジの女の人が、ニコニコしながらマリーを見ると、コソッとした声で話し出した。

「この葉書を持ってきた人に、教えてあげてほしいって頼まれていたんですよ」

「ここ」とレジの女の人が地図を指差して言った。

「おひさま荘?」

手書きのなんともかわいい地図には、温泉マークのちょっと上に、『おひさま荘』とあった。

「この地図は、中山さんが描いて置いていったんですよ。住所と宛名しか書いてない双子の星の絵葉書を持って来た人に、この地図を渡してほしいって」

レジの女の人は、ニコニコしてそう言った。

「地図描いた人って、中山美優さんですか?」

「そう! 中山美優さん!」


林風舎のレジの女の人に言われたとおりに、マリーは、南花巻温泉郷方面へ行くバスに乗った。マリーの胸はドクドク音を立てていた。

『おひさま荘』とは、単なるアパートの名前には思えない。まさか、また、施設に入っているのか...。仕事で身体を壊したのではないか...。

いろんな嫌な予感が、マリーの頭を巡り、胸を締め付け、

「なんだか、酔っちゃった...」

窓の外は、稲刈りの終わった田畑がずっと向こうまで。

「すご〜い!! 日本昔ばなしに出てくるみたいなおうち〜!!」

ポポ子が窓に乗り出して、歓喜の声をあげた。バスは南花巻温泉郷入り口に入り、山道を走り出した。緩やかなカーブの脇に、温泉宿が見えてきた。

「いいな!温泉入りたいよ!マリー!」

ポポ子が、窓の外にそう叫んだ時、バスが止まり、マリーが立ち上がった。マリーはゆっくりバスを降りた。バスが走り去ると、マリーの目の前には、

「が、学校?」

マリーは、横断歩道を渡って、校門の前に立った。この学校には柵がない。柵の代わりに花壇がある。ユリの花がユラユラ揺れていた。

「ここの校長先生の方針だったみたい。柵とかあんまり好きじゃない先生だったんだって」

マリーが振り向いた。そこには、白シャツにジーンズ、腰エプロンをした美優ちゃんが立っていた。

つづく

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