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行きすぎた承認欲求

こんにちはAoIです。私基本テレビ見ないのですが22歳の若い命が失われたということで世間にかなり騒がれているように思います。

私はいい人ぶりたいわけでもないですし、誰かを叩きたいわけでもない、基本中立でいたい人間なのですが、ネットという舞台に物議が醸されているということで今回は記事にさせていただきました。

インターネットと私

私自身も正直、(精神的に)健康的な学生ではなかったと自負しています。
というのも、両親は兄や私に期待をし、兄を潰してしまいました。家庭内も明るく振る舞う役目をしていた一方で、学校では冗談で意地悪を言ったつもりが真面目に捉えられ(ボスの女子が多分もともと私のことを良く思っていなかったと思う)、ハブられてしまい、家でも学校でも居場所がなくなってしまったのです。仲はいいとは言えませんでしたが、幸いにも裕福だったのでパソコンを1人1台与えられていたので、私は居場所を求めチャットに没頭しました。

小学6年生の時でした。

普通に過ごしていると関わることのないいろんな世代、全国の人と話せることにすっかりのめり込んでいった。
そんなトラウマを抱え中学や高校、大学では周りによく見られたい反面、自分はみんなと仲良くしたかったけれど、誰に対してもフラットに仲良くしていたら誰からも好かれず結局また一人になっていた。
一人で強く生きたいと思ってはいたものの、人間そんな強くいれず、唯一の憩いの場所がネットになっていた。
ここまでいうとネットが全くの白い善良な存在に聞こえるかもれませんが、そんなことはないです。
私が女というだけでちょっといい思いをしようという男の人にまんまとついて行ったこともあります(無知は怖いです)。これについては私の愛情不足も関係するのですが今回は割愛します。
また、顔が見えないということで「●ね」だの「キモい」だという人は少なからずいました。
それをわかった上でネットは顔が見えないからこそ気軽に話せる私の安息地でした。

承認欲求について

タイトルに戻って、そもそも承認欲求とは何?というところですが、
wiki先生によると

承認欲求(しょうにんよっきゅう)とは、「他者から認められたい、自分を価値ある存在として認めたい」という欲求であり、「尊敬・自尊の欲求」とも呼ばれる。ーWikipedia「承認欲求」より

ということです。そんなの知ってるよ、って人もいると思いますが改めておさらいしてみました。

マズローの欲求5段階説によると「尊厳の欲求」にあたります。


いらすとやより)

この欲求はある程度は必要だと思っていて、他人からの目がなければ私はきっと髪を切ったりメイクをしたり身嗜みを整える必要がなくなりますし、向上心なども削がれてしまう可能性があると思っています。
一方で、これが主体になってしまうと他者が自分を認めなくなった時点で、もしくは孤独になった場合、自分の存在価値がなくなってしまうのです。

今回、事件の被害者さんは若かったのもあり、欲求の高次元の尊厳の欲求、つまり周りから”認められない”ということをきっかけに命をたってしまったということなんでしょう。
私目線彼女はとっても美人さんですし心も綺麗な方なので、もっと自分の可能性を信じて欲しかった・・・とそう思います。
これに対してメディアを叩くのもお門違いであり、確かにグレーな内部事情もあるようですが彼らは必死に番組を作るのでいっぱいいっぱいであった。
じゃあアンチが悪いかと言ったら、まあこの中では一番黒いかもしれません。ただネット住民を20年近くやっている私からしたら「ネットはこういうものなんです」と声を大にして言いたい。そしてそれが自分に対する全ての意見だと思うのは危険なことなのです。

誰を責めようとかそういんじゃなくてですね、近くにいる周りの大人はもっと若い人たちに目を向けて欲しいっていうことなんですね。
そばにいる誰かが「あなたは大丈夫、私がついている」その一言で結構本人は救われたりするんですよ。私自身、周りにそういう大人がいなかったので、ネットで愚痴をはいていたところ人生何とかなる、といったことを数年単位で教えてくれた大人に出会えたことで視野が広まり、今の今まで死なずに済んでいるのです。

今後のネットとの付き合い方について

ネットとリアルが隣り合わせなご時世、ネットの発言の自由を規制することより、ネットリテラシーというものを全国民に教えるべきなのではないでしょうか。
こういう危険性もあるが、有効な使い方を世の大人たちは子供たちに教えてしかるべきだと思っています。
ネットに限らず、人間関係、人の言葉に左右されずにもっと自分を信じて欲しいと今の若者に伝えたいです。
そういう意見もあるんだな、くらいでいい。そしていい意見はたくさん受け入れて、嫌だなーと思う人からは大胆に離れて行ってもあなたの人生終わらないから。
悩んでいる人全員を相手できるわけではないけど、私と関わってくれた人たちの話は真摯に聞いて味方になってあげたい。私が若い時自分と真面目に関わってくれる人を探していたように、厳しい言葉も優しい言葉も全力でかけてあげたいと思っている。
だから一人で悩まずに、悩まないためにどうしたらいいか、人に聞いたり、本を読んだり、はたまたネットで検索したり、もうちょっと生きてみる ことを選択してほしい。

いないとは思うけどDMとかくれたら全然返事するし、死ぬくらいだったら恥ずかしがらずに大胆に行動してみてからでいいんじゃないかな。

社会は自分に価値を求めてくるけど自分のペースでのんびりやっていこう。

私から言えるのはそのくらい。最後まで読んでくれてありがとう。

それではまた。



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