魚類との交流〜おいでちゃんとの思い出

魚類との意思疎通は可能であるか。
答えは厳然たるYESである。YESったらYESである!

以上!

とすると、主張が主張を成していないのでもう少し解説することにいたしましょう。

つまり、わたしはこれまでに金魚を4匹飼っています。わたしの感覚を素直に言うと、これまでに金魚4人と暮らしていた、なのですが、ここは世間の常識に合わせましょうね。
そしてこの金魚たちが実に魅力的で個性豊かなのです。

まず最初にうちに来たのは更紗琉金の『おいで』。
「『おいでおいで、』と言っている間に『おいで』が自分の名前だと勘違いしちゃった子」という設定の、わたしが将来生き物と暮らすとき真っ先につけようと大事に温めていた名前です。
ちなみに想定は金魚ではなく猫で、しかも『おいで』を覚える間も無く、『おいで』ちゃんはあっけなく死んでしまったのでした。

おそらく死因はエロモナス菌か何か……とにかく突発性で原因不明の内臓破裂で、その知識すらないわたしは、その前夜、しんどそうに浮いている=転覆病?じゃあ死病ではないね、と、呑気に構えていたのでした。
のちに別の子が実際の転覆病で長く苦しむことになり、ああ、転覆病とはこういうものか、あれは内臓破裂だったのか、とわかった次第。

持病のせいでもうここ10年程、毎日のように早朝覚醒があるのですが、翌朝早くに目が覚めて、金魚鉢をのぞいたら、浮かんでいたのか、沈んでいたのかも覚えていないけれど、夜中の間に苦しんで亡くなったおいでの姿を見たのでした。
わたしの頭はクリアというより、意識が透き通っていて、冷静にジャム瓶に飼育水ごと動かなくなったおいでを移し、7月のことだったので冷蔵庫に入れました。
それから、寝室へと戻り、ミツ子に、「おいで、死んでしもた。」と告げ、いつも起きる時間までゆっくり寝なおしたのでした。

おいでのなきがらは、近所の毎年沈丁花が綺麗に咲く公園に埋めました。それこそ、猫などに掘り返されないよう、それなりに深い穴を、その日買った移植ゴテで掘り、ジャム瓶を開け、埋め戻しました。確か、買うか、家にあった何かの花びらを一緒に入れてやったように思います。

ちなみにこの日は大学時代の友人がちょうど泊まりにきていた日で、おもてなししなければならないところたいへん気まずい思いをさせてしまい、申し訳なかったのでした。ああごめん。
それなのに彼女は数日後、多分御礼と慰めと誕生日祝いを兼ねて、わたしの大好物の551の蓬莱の豚まんを山ほど送ってくれたのでした。優しすぎる。いまだにごめんって思ってる。あのときは、ごめんね。

生きている時のおいでちゃんは、とにかく生き物が我が家にいるということが嬉しいわたしにちょくちょく観察されては、やれゴハンを食べた、〜(※伏せ字)をした、ジャズに合わせて踊っただの、いちいち喜ばれていたのでした。

そう、わたしはその頃まだ病気が下り調子のしんどい時期で、その頃のことはしんどすぎてもうあまり覚えていないのですが、日中は病院以外じっと一人で家に閉じこもる日が続いていたので、生き物と暮らしていることが、とても嬉しくて、救いだったのでした。

おいでちゃん、わたしは右も左もわかっていない飼い主で、良いおかあちゃんじゃなかったけど、あめつちに還って、よかったら、またうちにおいでね。


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安野ニツカ

丹の枝 /nienoedda /安野丹束の語ること/笑うのがすき/本は児童文学を中心にヒラヒラと/遅読家/右手に過去、左手に未来な紙の本派/おいしいはしあわせ/書くのは読書感想文とエッセイ、たぶん
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