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星野源さんと、ネガティヴとポジティヴの混在と、『半分、青い。』

 ものすごく、星野源さんのファンである。その程度はというと、「POP VIRUS」の発売日と東京滞在の日程がたまたま被ったから、せっかくだしタワレコ渋谷店で予約して買おう、という謎行動に出るほど。無事A賞をあててマグカップを手に入れた。そんなこんなで「POP VIRUS」のあまりのアルバムとしての完成度の高さに唸りながら、星野源さんという1人の人間に寄せた文章となる。そして、以前前半は振り返ったものの、結局感想を総括できなかった『半分、青い。』にも言及しつつ、ネガティヴとポジティヴの混在についての話を進めていく。好きなものを早口で語る、オタク的なそれを時折感じさせる文章にしたい。

 この星野源という人は、活動の背景にある思いを知れば知るほど面白い。米津玄師と双璧をなすレベルで流行ってるし「POP VIRUS」も多くの人に聴かれてると思うけど、それでも大体の日本人は彼を「恋ダンス」で消費して、その後を追いかけることをしていない。(アルバムのセールスが30万だとしても、日本人は1億1千人ほどいる)

 それがどれほど勿体ないかをその人たちを付け回して言って回りたいけれど、彼らにも僕にも生活があるのでそれは不可能だ。

    彼を見ていて、ここまで意味を持たせて生きていて疲れないのか、と思う(実際に、くも膜下出血で倒れている)。タイアップ一つにしろ、ただ曲を提供するだけではない。自分の進化の機会と捉えてより良い音楽に昇華する。作品との繋がりが強いのに、毎度音楽的な新しい取り組みに挑戦している。
 『アイデア』はその代表格だ。

 「朝ドラ」の主題歌の特性「絶対1番しか流れない」ことと、配信リリースの「みんなが最速で聴き始められるタイミングが同じ」であることを絶妙に利用し、2番では大方の予想を裏切り、バンドサウンドから一転。MPCプレイヤーSTUTSのビートに乗せ隠の世界観を展開した。この隠の世界観が星野源楽曲の中では非常に軽快に、明るく描かれることが多い。明るい曲であればあるほど、つまり近年の曲ではより一層際立っている。

救急車のサイレンが 胸の糸を締めるから 夕方のメロディに想い乗せて 届けてくれないか (Family Song)
僕たちはいつか終わるから 踊る今 今  (SUN)
いつか 遠い人や国の空 想い届けばいいな いつか 今は居ないあなたを 目の前に現して 現して(夢の外へ)
木の葉色づく頃は 心に穴が開いて 指の先少し冷えて 貴方の温度探す      (Week End)
生きて ただ生きていて 踏まれ潰れた花のように にこやかに中指を (アイデア)
君と僕が消えた後 あの日触れた風が吹いて その髪飾りを揺らす あの歌が響いた  (Hello Song)

 ここに挙げた曲は全て何かしらのタイアップソングで、切ないドラマのタイアップでもない。曲調も、『Family Song』を除けばアップテンポ。『Family Song』に関しても、バラードというよりはミドルテンポのソウル。源さん自身『サザエさん』をイメージしたともいうのだから、「暗さ」をコンセプトに作られている訳ではない。こんなに明るい曲なのに、どこかヒヤッとさせられるフレーズが散りばめられているのが、彼の曲が一筋縄ではいかないところだと思う。
 そして、ただ隠なだけではない、その先にある「陽」の世界を彼は提示する。ネガティヴとポジティヴが混在する世界観が広がるのである。『アイデア』はその代表格(デジャヴ)。1番で陽の世界観、2番で隠の世界観、そして弾き語りで希望を再び見出し、ラストサビで、全て抱えて生きていくことを宣言する。アイデアのMVはフルで見れるのでぜひ一度見て欲しい。

 人生には光もあれば影もある。影を見ようとせずに生きていくこともできるけど、それでは反省することも後悔することもない悲しい人生になってしまう。
 恣意的なものであることが自明である反省はともかく、後悔という感情は難しい。「後悔なく人生を送っている」と胸を張って言える人なんて、日本に何人いるのだろう。本当に胸を張って言える人も、きっとどこかに後悔に似た思いがあって、それをどこかで反省しているのではないだろうか。「どこか」が二回続いたけれど、いるかも分からない知らない人の人生のことだからぼくが責任を取れるのはそのくらいのレベルでなのだ。
 案外、後悔は見逃すことができる。つまり、後悔は恣意的なものに分類される。「あの時ああすればよかった」「あの言葉をかけてやれたら」この感情は辛く厳しいものだけれど、そもそもこういう類のものに気づけない時だってあるのだ。

 そういう意味で『アイデア』は救いの楽曲だ。人生の隠も陽も全て詰め込んで生きることを彼自身が提示し、それを僕たちにも不意に投げかけてくる。
 でも、そんな人生、どう送ればいいのだろうか。基本的には悲しいことが多かったり、できないことの方が多い中で、どう生きるのか。その答えはきっと、『半分、青い。』と『アイデア』に詰まっている。OP映像の、パンが焦げてもそこにラップを被せれば絵になること。まさに「雨の中で君と歌おう」といえる、鈴愛と涼次の雨の中でのダンスシーン。「鈴愛の片耳が聞こえないからこそ」生まれた律から鈴愛への贈り物。「ネガティヴがないと生まれなかったポジティブ」がこの作品の中には散りばめられていて、主要なメッセージはそこなんだろうな、と感じる。で、何よりも何よりも、このドラマ1番初めの鈴愛のセリフが本当に全てで。

この傘が不格好…と思うか、変な形でちょっと面白い、と思うかはその人次第で…。例えば私、左の耳が聞こえない。小学校3年生の時におたふくかぜで。だからこうして傘をさしても左側に降る雨の音は聞こえなくて…、右側だけ雨が降ってるみたい。でもこれを悲しいと思うか、面白いと思うかは、その人次第。そして私なんかはちょっとこれ面白い、なんて思うんだ。

多分このセリフがあったから、このドラマがのちにどんな展開になっても許せたんじゃないか。好きでいられたんじゃないかな。考え方一つで人生は変わるし、変えることを教えてくれた。

「雨の音で歌を歌おう」。嫌なことも、悲しいことも全て幸福に昇華させよう––––誰もが心の奥底で望んでいる人生の理想形を体現している、彼の世界観の象徴たる『POP VIRUS』がこのご時世にCDで28万枚のセールスを記録するのは至極当然のことだろう。ああどうかドームツアー当たりますように。

 最後に、新曲『POP VIRUS』をどうぞ。なんかもう、こんな世の中になったらいいなって。

#星野源 #半分青い #日記 #エッセイ #文章 #POPVIRUS #アイデア #音楽 #ライフスタイル

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gam

文学部の大学生で、英米演劇、主にシェイクスピア演劇を専攻しています。ラジオドラマの脚本を書くことがあります。最近作詞に少し興味あり。

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