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King Gnu『白日』と不可逆性

 世の中の道理というものは様々な形をなして人々を襲うが、特に「不可逆」というものは厄介である。

 そもそも人生をやり直すことはできない。輪廻転生の概念がどうあれ、ぼくたちはやがて死に、自分として生まれ変わることは不可能なのだ。そしてそのタイミングを選ぶことも。

 ただ、擬似的に真っ新な状態からやり直すタイミングは案外あったりする。これは、「大会に負けたので次の大会では必ずライバルを倒す」といった類のものではない。もっと、大きな規模。例えば、大学受験の浪人がまずそうだと思う。一から(実際そうでもないが)受験勉強を始めることになる。また僕自身が経験した就職浪人というのも同じような要素を持ち合わせている。これらは知識を得た上でもう一度同じ道を歩むことができるため、ある意味タイムトラベルに近いものがあるのかもしれない(と、最初は思う)。その他、人生を進めていくといろいろな「真っ新に生まれ変わる」方法が現れるようになるだろう。

 そうして、「新しい自分になる」と決意し生きていくわけだが、まっさらに生まれ変わることは結局不可能であることを悟らされる。成功しても、失敗しても、その過程で、またはその後の人生でそれを強く実感せざるを得ないのである。結局「自分」という存在が心の奥底に鎮座している以上は、根本的に変わりようがない。人は、自分という核を心の奥底で守りながら毎日服を着替え外へ出て、普通を装う。

 King Gnuの『白日』は、そんな浮世の不可逆性を憂う詞で構成されている。そもそも、この楽曲のタイアップ先は2019年1-3月期の日本テレビ土10ドラマ「イノセンス 冤罪弁護士」。主人公の弁護士・黒川拓は冤罪に強い弁護士で、毎回逆転無罪を目指していくのだが「冤罪」という時点で苦しんでいる誰かがいるのは確実で、たとえ逆転無罪が決まったとしても悲しみや苦しみが完全に潰えることはないという単純な刑事ドラマのその先をいく素晴らしいドラマだった。

 たとえ冤罪だったことがわかっても、真犯人が明らかになったとしても、被害者も被疑者も、「真っ新に生まれ変わる」ことはできない。それでも、そんな人生でもどう生きていくのか、何に喜びを見出し、何に感謝をすればいいのか––––それを強く感じさせられるこのドラマの主題歌としてぴったりだったことは間違いない。

 歌詞を読み解くと、「」と「」という二つの季節の流れが強く打ち出されていることがわかる。主人公が「冬」にもがき苦しみ、取り返しのつかない何かを抱えている。そしてやがて来る「春」に希望を見出し生きていこうとするさまが描かれている、のは言わずもがなだが、それだけではなく "今日だけは全てを隠してくれ" というように、ただ立ち向かうのではない、目を逸らそうとする姿も同時に描かれていて、一筋縄ではない人間の深い業すら思わせる。

 「これを乗り越えれば、何か新しいことが、いいことがあるのではないか」「一度やり直せばうまくいく、やり方は全てわかっているのだから」こういう思いは、誰もの日常に有り触れている。しかし実際、そんなにうまく行かないし、何も変わらないことの方が多い。反省を生かす?失敗を糧に?もちろんできるだろう。しかし「自分は変わらない」のである。ここにはタイムパラドクスと似た要素すら絡んで来るように思える。そんなに真っ新に生まれ変わったら、今の自分がいなくなってしまうよ。

真っ新に生まれ変わって 人生一から始めようが へばりついて離れない 地続きの今を生きていくんだ
真っ新に生まれ変わって 人生一から始めようが 首の皮一枚繋がった どうしようもない今を生きていくんだ

 こんなどうしようもない世の中で、どうしようもない人生で、どうしようもない自分で––––生きることは難しく、容易ではない。簡単に生きているような人でも、とても知り得ないような苦労をしていたりする。誰しも、なかなか思い描いた人間になることはできない。そのジレンマに苛まれもがき苦しむ。それでも、生きなければいけないのだ。そんな世の中を強く生きるための応援ソングに『白日』はなり得ると思う。だからこそ、ロングヒットを続け、次々に広く、広く聴かれる楽曲になったのだ。King Gnuはもともと「すごくオシャレ!」という触れ込みでヒットしている。『Vinyl』『It's a small world』の2曲を聴けば納得するだろう。しかし、ただオシャレでかっこいい曲は、J-POPシーンでは大ヒットするまでには至らない。日本のシーンでは、文学的な観点から音楽を嗜むことが多いためだ。あの『Lemon』はレクイエムという誰にも共通する背景を持っていた。それなら『白日』は––––生きる上で大きな障壁でありながらも愛すべき存在、「不可逆」にそっと寄り添う存在だ。これから10年、20年と聴かれていくことだろう。多くの人が人生と共に大切にする楽曲になっているはずだから。

 ともかくKing Gnu、これからとてつもなく大きくなるだろう。


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gam

文学部の大学生で、英米演劇、主にシェイクスピア演劇を専攻しています。

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