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ひどい隠語で呼ばれた女

「あの人、誰とでも・・らしいよ」
「男子の間で⚪︎⚪︎便所って言われてる」

私は高校生当時、その「⚪︎⚪︎便所」という言葉がただの比喩なのかよくわからなかったのだが、最近読んだ西加奈子さんの「わたしに会いたい」という本の中で、ようやくそういう意味の「ちゃんとした隠語」だと知った。まあ想像していた通りか。

奇しくも先日のアカデミー賞で「PERFECT DAYS」がノミネートされたこともあって、「久美子」のことを思い出さずにはいられなかった。


****************


1年間の留学を経て、高校3年生の時にクラスに編入してきた久美子は、頭がよくパワフルで社交的だったが・・・いい噂は聞かれなかった。


高校卒業30周年同窓会で再会した久美子は、昔よりもだいぶ痩せて「苦労」が見える顔をしていた。聞くとまだ幼稚園児もいる3人の子供を置いて離婚したところだと言う。なんとなく放っておけなくて、同窓会の後も時々連絡をとっていたら、友達がまた私に言ってきた。

「久美子って、昔、便所って言われてたよね」

私は久美子と仲良くなったわけでもなかったが、「今はそんなじゃないと思うよ。いろいろあって大変みたいだし」と肩を持つような気持ちが芽生えていた。

それからは、私が通っていた韓国語レッスンに久美子も参加するようになった。更にそこへ、私が唯一サシで飲める貴重な男友達である草刈さんも誘って3人で週末の金曜日に受講することになった。

草刈さんは私が勤めていた会社の先輩で、同じ出身大学ということもあってそのグループで仲良くなり、よくご飯を食べに行った。

女性にとってなんとなく「安全パイ」的な雰囲気があるからだろうか、「女性の方から積極的に誘ってくる」との本人談。実際、既婚者なのに常に複数の「彼女」がいることも知っている。でも私にとっては楽しくお酒を飲める人であって、決して恋愛対象ではなかった。


久美子と草刈さんは初対面だったが、初めて揃ったレッスンの後に飲んだ時は3人とも楽しくてベロベロになり、久美子は終電に間に合わず、方向が同じ草刈さんがタクシーで送ったようだった。後日、草刈さんはその日のことを「もう大変だったよ」と笑っていた。

しばらくレッスン終わりに飲んで帰ることが続いたのだが

ある時から、久美子の行動がおかしいと気がついた。

2回目の飲み会の時に久美子が「1000円しか持ってない」と言う。初めての飲み会の時に草刈さんが全部奢ってくれたのだが、私としては『いやあ、2回目も奢ってもらえると思ったんか?』と驚いた。草刈さんは「いいよ、出すよ」と言ったが、私は草刈さんを飲み会のスポンサーとしてレッスンに誘ったわけではなかったので失礼な久美子に腹が立った。


そして飲んだ帰りに駅へ向かうとき。
普通なら仲介者である私を真ん中にして

 <久美子> <私> <草刈さん>

と言う配列で歩くと思うのだが
なぜかいつも久美子は草刈さんの横に並ぶのだ。

なんかおかしい・・・
なんか嫌な感じ・・・

その後、草刈さんはレッスンを休みがちになり、私は久美子と2人で飲みに行くことになった。だいぶ酔いが回った頃にぶっ込んできた久美子の話は、トイレのレバーを引いて私を水の渦にゴボゴボと飲み込んでいくようだった。

「私、草刈さんとちょっとあって」

え?なに?なんて言った???

理解できないんだけど?

「草刈さんと、ちょっと・・あって」

は? いつ?

「最初に飲んで潰れた時、家まで送ってもらった」
「悪いなあと思って、家に入ってもらった」

みたいなことを
それはそれは嬉しそうに話していた。


やっぱり便所は便所だ。


ごめん、悪いけど
やっぱりそう思った。


『酔って→送って→家に入って→』

そのプロセスをどっちが強引にしたのかはわからないし、お互い盛り上がったのかもしれないし、そもそも50前後の男女のやることに正しいも間違いもおかしいもヒドいもないし、私は他人の火遊びに目くじら立てるタイプでもないけど…

嫉妬なんかでは決してない。
ただ久美子のスピード感に絶句した。

「あの日タクシーで送って大変だったよ」
と言っていた草刈さんはどうだ?
私の中では草刈さんは
「断れなかった被害者」だと思っている。
でも
断ることはできたよね、とも思ってる。


結局、便所があっても
そこで用を足す人がいるから便所なのだ。


その後、草刈さんはレッスンを退会。
私もクラスを変えたが結局退会し、
久美子と会うこともやめた。

草刈さんと飲みに行くことも無くなった。

さようなら!
私の韓国語レッスン!

さようなら!
数少ないメンズの飲み友!

久美子は最初から友達ちゃうし
さよならは言わん!




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